半年ぶりの外出
任命式から半年後。
ルシウスはパラディンとして多忙な日々を過ごしていた。
「北辺境の騎士公から魔物発生の報告です。今月でもう20回目です。」
「東辺境の騎士公からも同様に。こちらは32回目です。」
魔物の発生データの集積、分析による出現予測。
発生頻度が多い地域には自らも出向き、魔物の討滅と部隊の指揮鼓舞。
新人騎士の配置任命や採用試験の考案、実施。
数え切れないほどの仕事が彼を襲ってはいたが、不思議と彼は辛そうな素振りさえ見せずに、淡々と仕事をこなしていた。
魔物。
正体は不明で、形は様々な個体がいるが、共通点は体が全て漆黒であり、眼部のみ白色、もしくは金色をしている。
大きく分けて獣型、昆虫型、魚型の3種類にルシウスは分類を行った。
これからの時代はただ闇雲に討伐を繰り返すのではなく、相手の生態や出没傾向に合わせた予測対策を立てる事が必要だと考えたからだ。
1000年もの間、唯一この謎の生命体との争いだけは続いていた。
「……俺が。」
執務室の中で机に向かうルシウスは、ふと顔を上げて小さく呟いた。
再び顔を机に向けようとしたその時、部屋にノックの音が飛び込んできた。
「お疲れ様、義兄さん。」
扉の隙間から笑顔でひょっこりと顔を出したのは義兄弟のサン・セコンドだ。
サンとルシウスは王国の辺境付近にある北のスラム地域で幼い頃に出会った幼馴染でもある。
「サン、どうした?何か急用か?」
ルシウスは作業を中断し、机から立ち上がりながらサンに声をかける。
「ううん!僕の遊撃部隊トライフォースはさっき南から戻って、下位騎士の疲労を回復させるために今から明後日までは休憩なんだ。」
くるくると回りながら部屋の中へと楽しそうに入ってくるサン。
旅や移動の疲れは心配ないようだ。
「そ・れ・で!」
ぴたっと回転を止めたサンが、顔の横で人差し指を掲げてルシウス見上げてくる。
僅かに、身長はルシウスの方が高い。
「どうせ義兄さんの事だから休んでないだろうと思って。」
「ん?休まないと何か不都合でもあるのか?」
「あります!義兄さんの体は今や僕の物だけではなく、みんなの物なんですから!」
「……その言い方には語弊を感じるが。」
「だから義兄さん。一日、とはいきませんがしばらくの間、私がこの部屋を預かります。たまには息抜きしてきてください。」
優しく、笑顔で提案するサン。
その時。
「キューッ♪」
サンの胸元が怪しく蠢き、何かがルシウスの顔めがけて飛びついてきた。
「……サン。シルフを剥がしてくれ。」
「あー、ごめんなさい義兄さん。こら、シルフ!こっち来なさい!」
それはサンの長年のペットであるシルフだった。
シルフは「キュゥー……。」と不服そうな鳴き声をあげながら、大人しくサンの肩へと飛び移った。
昔から何故かシルフには好かれている。
解せない。
しかし、思えばルシウスはここ半年ほどまともに眠っておらず、サンの提案は非常に魅力的に見えた。
だが、やはり今は休んでいる場合ではない。
何故ならば、こうしている間にも魔物は出現するかもしれない。
傾向を早く掴まねば。
「あー……さっきの話だが、」
「ダメです。どうしても仕事を続ける、と義兄さんが言うのなら……ここでシルフと一緒に暴れちゃいますよ?」
「キュキューッ!!」
ユリウスが断ろうとする言葉を遮り、有無を言わさぬ笑顔で圧力と脅しをかけてきたサン。
その肩で何故かシルフもやる気に満ち溢れたように鳴いている。
いつの間にかサンの手には箒が握られており、まるで得意の槍を扱うかのように一回だけ回して見せた。
思わずため息をつくルシウス。
だが、すぐに顔を上げて薄い笑みを浮かべる。
「……全く。強引に自分の思う様に物事を進めようとするのは相変わらずだな。」
ルシウスはサンに歩み寄り、そっと頭を撫でる。
「へへ。義兄さんこそ、相変わらず自分一人で抱え込もうとしすぎなんですよ。たまには肩の力を抜いてください。」
「ありがとう。では、2時間程……」
「ダメです。せめて……そうですね、8時間程は休んでください。」
「キュキュキュ!」
「……わかった。だが何かあればすぐ俺に言うんだぞ。」
1人と1匹に根負けする形でルシウスは数時間の休憩を取る事にする。
笑顔のサンとシルフを尻目にルシウスは渋々執務室を後にし、王宮内をゆっくりと歩き始める。
「休め、と言われてもなかなか難しいものだな。……そういえば、最近王宮から出ていないな。」
少し遠いがたまには、あそこに行くか。
ルシウスは思い立ち、とある場所へと足を運ぶ事にする。
執務以外では実に半年ぶりに、ルシウスは王宮から外へと足を踏み出した。