◆飢える緋影と家族の定義の巻◆
「どうしてそうなるのですかーっ!」
「清々しいほどの慌てっぷりだな。この状況はご明察どおり。効率の悪い回避などはやめで野獣の本能をぶちまけなさい……クククッ」
「僕はただ……」
「うちを抱きにきたのであろう。その本性をあらわせ……うちの妹のシロと結婚しながら翌日にゆきなに手をだすとは見事な鬼畜道……クククッ、最後の仕上げは長女のうちだろう。うちだけ仲間はずれにすることは許さぬ。ただ、抱かれるにしても紛い物の愛人としてではなく正式な嫁……正室……いや建前は妾としてでもよい。このやる気あふれる姿で座ってMっぽい受けの姿勢をとっていることは許してくれ」
「全て誤解ですーっ! ってその目に余る悪戯もう僕を許してください。そんな涼しい顔で言い寄らないでくださいーっ」
ナルは頬をヒクつかせながらとてつもなく戸惑いあせっていた。
視界に飛び込んでくる光景が悪戯の度を超えていたからだ。
一言でいえば『突然のプロポーズ』。
薄暗がりの緋影の私室。
牢獄にも似た澱んだ空気が立ち込める部屋の上座に敷かれた少し大きめの布団の上に緋影が鎮座している。
銀色の髪を文金高島田に縫い上げて、シルクで仕立てられた純白の花嫁衣装にその身を包み奥ゆかしきことこの上ない佇まいで三つ指をついて深々と頭を下げてナルを待ち構えていたのだ。
「クククッ……正装に身を包み結婚の決意を決めた汚れまくりの乙女を前にしてなかなか薄情なことをいうではないか……広報に嘘偽りを流しておこう」
「やめてーっ! もう僕をまきこまないでくださいーっ」
「案ずるに及ばず、ナルを巻き込むつもりは毛頭ない。ただ……つもりがないだけだがね……クククッ。若い肉体同士が淫靡に前から後ろから数多のプレイで繋がるだけだ。娯楽もなく飢えていたからタイムリーだったぞ」
「僕を捕食しないでくださいーっ!」
ナルの胸の内に湧き上がる後悔。
今となってゆきなが危惧していた意味を体感することになった。
その身を翻して素早く部屋から出ようとした途端、勝手に扉がスライドしてバシャンと閉まる。
この部屋は自動ドアだったのですかーっ!?
「クククッ……ナル……ここはうちと二人っきりの愛の巣……邪魔建てする者はいない……いったい何を怯えているのだ?」
「緋影さんの行動に怯えているのですよーっ!」
「クククッ……なるほど、そう怖がるな。半分だけは冗談だ。相手が鈴賀ナルだからな」
「それってどう言う意味ですか!?」
部屋を照らすために壁に備え付けられた燭台の火が一瞬だけ大きく燃えた。
それは緋影の気配の色が転換したことと示し合わせたように。
死んだような濁った瞳でぼんやりとナルを見つめる緋影。
皮肉めいた口調だが悪意はまったくない。
むしろ好意が見え隠れしている。
「あんまり焦るな……ということだ。このゴミ島は危険で混沌とした秩序が厳然として存在する。その対価として自由がある世界だ。ノスタルジックになることをとめるつもりはないが無意味だぞ。ナルはシロの婿であり、うちの義弟になった。今はそれが全てだ」
ナルの視線が宙を泳ぐ。記憶の中の過去をひき晒されたような感覚がナルを襲っていた。
どんなに拒否の意を示してもかえられない過去。
緋影はその過去を変える必要はない……ただ、捨て去れといっているのだ。
「僕の過去……いえ、僕がいた世界のことを緋影さんはご存知なのですか!?」
ナルの強い視線に貫かれて緋影は小さく嘆息すると残念そうに目を伏せた。
そして興奮の色で訴えるナルに一瞬どう説明すれば良いものかとためらった緋影だが浮かない表情のままゆっくりと語りはじめた。
「ナルが危惧しているそのままだ。既に地球という惑星は侵略者の占領下におかれている。かつて侵略者を退けた英雄たちも奮闘したみたいだがキーパーソンである我が弟がいないのであればどうしようもあるまい。因果応報なことだ……ナルの冤罪がはれたのも侵略者の提示した講和条約のないようからだ」
「………………」
ナルは押し黙り口をつむぐ、喉まで込上がっていた言葉が出なかった。いや出せなかった。だからといって悲哀や慟哭は込み上げてこない。ただ淡々と事実を咀嚼するだけだ。
「ナルよ、そんなことよりうちに何か用事があるのだろう? どっぷりと時間をかけて話をきいてやる、しっかり心を込めて愛情いっぱいで勃起したチンコを見せつけながら正座して伝えよ」
「何故チンコをださねばならぬーっ!」
「クククッ、反抗的だな、乙女の口から卑猥な言葉を白状させて快楽と悦にひたるか……要するにうちのいやらしい響きの声を聞いてさらに勃起したいのか……このエロ鬼畜大王よ」
「違いますーっ、あの、実はゆきなさんの代役できたのです」
「場を和ませるための冗談にしてはセンスを感じないぞ」
こりゃ、信じてもらえてないぞーっ!
緋影はうっそりと笑った。
そしてナルの言葉をぼかすように呆れ混じりの言葉をかけると薄くリップの引いた唇が弧をかいて開く。
「ならばうちの頼みごとを一つ聞いてはくれぬか? おっとそんな心配そうな顔をするな……たわいもないことだ、そこに吊るしてある生ごぼうをお尻に刺して嬌声をあげながら裸で寝ろと言っているわけではない。今、北の蛮族の動きが怪しくうちはゆるぎ荘を動けぬのでな、信頼できる男にしか頼めぬこと。無論今から頼むことは他言無用だ」
一瞬、視線を遠くにやった緋影は地の表情が現れたように相好が酷く幽暗な陰りが見えたがすぐに純白の花嫁衣装に似合う笑顔をとりつくろった。
その刹那だけは深淵なる想いが込められた混沌と破壊を憐れむ淀みのようだった。