◆腐肉と蛮族は暗闇を紡ぐの巻◆
灰色がかった空はどんよりと仄暗く雨が振りそうなのに雲一つない向こう側の世界と区切られた境界線。
死の香りが漂い亡者が跋扈する、もうとっくに滅びたようなゴミ島との世界の区切り。
その遥か下の乾燥しきった岩肌からゴミが乱雑する森に向かって薄い暗闇がはりつく野獣道の角から歩いてくるゴミ島の北部に一大勢力を誇る十支族の末裔と称する蛮族の武装した愚民たちが気だるそうに行進していただろう(、、、、、、、、、)場所だ。
ただそこには頭をぶち抜かれて魂の寄り代として役にたたなくなった肉体が道に転がっていた。
数にして十八体。
しかし近くに寄ることができないとても危険な状態だ。
弱肉強食の定めというべき運命をたどるように貪欲な餓鬼が群がり鮮度の高い肉を食い漁っているからだ。
そんな現場をナルとゆきなは掩蔽物の陰に身を伏せて息を殺しながら様子を窺っていた。
「おもちゃ箱をひっくり返したように死体が転がっているわね」
「おもちゃ箱に死体が入っていたらこえーよ」
「あら、屁理屈がお上手ですわね。シロの宝物箱にはいっぱいお骨が入っているわよ、何といってもカルシウム大好きっこだから」
とぼけた言葉に似合わず生を締め括った死体と貪り喰う餓鬼を観賞しながら嗜虐的な薄ら笑いを浮かべてゆきなはめがねのふちを人差し指で持ち上げた。
そして朱色の唇を歪めると興味なさげにそっぽをむく。
「無骨ですが臆病で怯懦である北の蛮族たちはこのゆるぎ荘が統治する土地まで足を踏み入れるとは気でも狂ったのでしょうか? このゴミ山を挟んで向こうの谷までは中立地帯と取り決めがありますのに」
「ゆきなさん、北の蛮族って何者だ?」
その言葉を発した途端、ナルの視界に入るゆきなは決して穏やかではない表情だ。
ニヤリと上がる口角を見るとぞぞーっと背筋が寒くなりそうな雰囲気をかもしだしている。
「ナル、何者だ? とは目上の者に対して口の利き方がなっていません。人にものを尋ねるときはそれなりの礼儀があるでしょう」
その指摘は至極当然なことだが何処か胡散臭い臭いがただよう。
「親しき仲にも礼儀ありと言うでしょう。そんな尋ねられ方をされては怖くて今晩、私は枕を濡らして泣かなければいけません。無論、ナルの夜這いを待ってお股も濡らす予定ですが」
「えっと、ゆきなさんお股は濡らさなくてよいので北の蛮族のことを教えていただけますか?」
「本心では私とおむつプレイがしたいくせに、そんなに薄情な言い方をするとシロが帰ってくることを見計らって嘘偽りをたっぷり込めた同棲の噂をゆるぎ荘の広報に載せるわよ。題名は新婚翌日のシスコンに溺れる浮気、ゴミ山にて後ろから前からあっはんうっふんのめがね巨乳の姉と肉体合体でお仕事に決定ね」
「ゆきなお姉さま、もう勘弁してください」
「ナル、どうしたの! 歯をくいしばって顔をあげなさい。私はこんなことで挫けるような子を育てた覚えはありません」
「育てられた覚えもないわーっ!」
「ふふっ、そんなに声を張り上げて、リビドーに忠実な青い果実の朝立ちぐらい元気な声なんだから。もっと自分の意思と節度を大切にして話しなさい。私に生足膝枕の一つもリクエストしないなんてデリカシーがないですよ」
「ゆきなさんは僕の話を聞くつもりがないのですかーっ!?」
「ほらシロがいなくて無限に沸き起こる性欲が変態レベルまで溜まっていることの発散に大きな声をだして、場所がここでなければ推奨しますが大きな声すぎて気づかれましたよ」
うぉー、なんてこったーっ!
驚きと悪臭で呼吸が詰まって数秒後、ナルは肺から空気を一気に噴射するように大きく息を吐いた。
周囲に生きた生者は二人だけ、その二人を取り囲む餓鬼の群れ。
その総数二百はくだらない。
餓鬼たちから発せられる短く鋭いうめき声、それは能の働きが停止して食欲の赴くままに貪欲に貪り食う本能のみで動く亡者だ。
その口から吐き出す息やその醜い肉体から鼻にこびりつきそうな悪臭を散布している。
「うわぁ、うじゃうじゃいやがる」
「六道の一つ餓鬼道から流れてきたようですわ」
そうゆきなはつぶやくとゆったりと歩みよってくる餓鬼の群れを鋭い視線で睨みつける。
その左右の手には愛銃が握られており指がトリガーにかかった刹那、前列で無警戒だった餓鬼二十体の眉間が吹っ飛び、脳や眼球が腐敗した大地に散乱する。
一瞬の沈黙……それが合図になったように一気に戦闘が始まった。
「ナルーっ、ゴミ山探索に武器を不携帯なんてコンドームに穴があいて相手が孕んだぐらいビックリだわ。邪魔だから私の後ろでパンツを脱いで隠れてなさい!」
野獣道が崩れかかるほどの餓鬼の群れがいっせいに飛び上がった。
その行動は餓鬼たちの生きた肉を骨まで食いちぎるというあくなき食欲の表れでもあったが……ただその直後。
愛銃が火を噴く。
次々と眉間をぶち抜かれる餓鬼たちがゴミの散乱する腐敗した大地に転がっていく。
その積み重ねられていく凄惨な死体の山を見て茫然と立ち尽くすしかないナル。
やがてゆきなの愛銃の咆哮がなりやむ。
二度と蘇生ができないほど正確に急所を狙い撃ちされた餓鬼たちはピクリとも動かない。
冷たく頬を叩くような静寂がおとずれるはずだった……。
「う、うわーっ、やってしまいましたわぁーっ、調子に乗ってこんなところで愛銃を撃ちまくってしまうなんてとんでもない出費ですわ。ううっ、ドケチで根暗すぎる緋影姉さまから今月のお小遣いを戴くまで家系は火の車になりました……」
「えっ? 出費ですか!?」
「そうですのぉーっ、私の愛銃の弾はゆるぎ荘で製造している通貨。それが弾ですのよ……とっても金食い虫ですが私はこの愛銃とは一心同体なので愛銃以外の武器なんて使えるはずありませんわ」
茫然と立ち尽くすナルに向かって鼻をぐずっと鳴らしながら唇を噛み締めて振り返ったゆきなはめがねの奥の碧眼にこぼれでそうな涙をいっぱい溜めて懇願するようにすがりつく。
そしてナルの顔をウルウルとした上目遣いで伺うように視線をあげて
「ナル……今夜はシロのかわりに私がいっぱいご奉仕するから……緋影姉さまにお願いしてほしいですわ」
「え、えっと、うん、わかった。何だかよくわからないけど僕に甲斐性がないばかりにゆきなさんに助けてもらったし」
その言葉を聞いた途端、ゆきなは大きく目を見開き喉を鳴らして感激を爆発させた。
「ありがとーっ! 大変に恩にきますわ、今は尊大に誇ってもよろしいですよ。私のお願い事に素直に快く応じることは尊敬に値する行為なのです。姉としてこれほど嬉しいことはありません。手付金としてこの場で今着用している縦縞パンティを脱ぎたてほかほかで差し上げますわ!」
「そんな不穏なものいらないですーっ! 緋影さんにはちゃんと頭を下げてお願いしますから安心してください」
「その言葉を信じるわ。しっかりとレコーダーに録音しましたし。ただし、頭を下げるよりチンコを上げていったほうが良いですよ。姉としては不徳の致すところですがお尻の菊様に不当な弾劾が加えられないことを裏の慰霊石でお祈りしておきますわ」
「そ、そんなにヤバイのですか!?」
「………………」
「ゆきなさーん! 何か言ってくださいよーっ!」
瞳を潤ませて頬を上気させながら「行為の後、悪夢の余韻が残りませんように心から祈っています」と言ってゆきなはナルを強く抱きしめた。