◆それはトレジャーハンターですが? いいえ、単なるゴミ漁りですの巻◆
ゆるぎ荘より西南に位置するゴミ山の一角。
昔は多くの人を先導しただろう錆びた信号が山の斜面に刺さっており、それに吊り下がるように誰も座らなくなったパイプ椅子が引っかかっていた。
お洒落なものは何一つない。
野垂れ死んだ亡者の死肉が発酵した悪臭と不衛生なガラクタの山が大小永遠に続いている錯覚がおこる風景が滑稽と無念を詰めこんだように寂しく続いていた。
「――ナル、貴様はいきなり結婚などと酔狂なものを押し付けられたが馬鹿犬神のシロを泣かせることだけはしないでくださいね」
その声音は前触れもなくナルかけられた。
大きな麻袋にひっそりとくたびれているめぼしい物を見つけて回収していたナルに横転していたクロスバイクに腰をかけたゆきなが神妙な雰囲気で薄く朱色ががった唇を開いた。
「ああっ、肝に命じるよ。シロ……あの子に命を救われたしね……それに僕には帰る場所もなければ待っている人もいない。孤独だから」
「孤独ですか……まぁ、シロとともに暮らせばそれも晴れるでしょう」
何か悟ったようなゆきなの言い回しにナルは小さく苦笑した。
「それにしてもどれぐらい眠っていたのか見当もつかないが目覚めたらゴミ山で気が付いたら結婚だからな……まだ、少し頭が混乱しているよ」
「そうでしょう。緋影姉さまからうかがいました。あれは長期の眠りにつかせるための棺だと。しかし、なぜナルは眠っていたのです? とても昼寝好きの怠け者には見えませんもの。無論、話したくなければ話さなくても良いです。ただ、好きや嫌いにかかわらず変態へっぽこ義妹と結婚した以上、気高く崇高な私はナルの義姉になります。私たちにとってゆるぎ荘は最後の砦であり家族は絆……なにも隔てるものがない信頼と愛情で結びつかなくてはならないのです」
その言葉にナルは少しだけ胸の内があたたかくなった。
そういう風に考えることはこの世界を生きぬくノウハウなのだろう。
素朴ながらも雄弁に語られたような奥深さがある。
しばらく灰色がかった空を眺めていたナルは肩をすぼめて髪をかきあげると声を潜めつつ心と記憶の闇を発露させるようにぽつりと語り始めた。
「僕が住んでいた世界は青い空、緑豊かな大地……そして進歩した科学技術と魔法が支配する太陽系第三惑星地球というんだ」
「青い空ですか……私はこの世界に誕生してから灰色の空しか見たことがないので興味があります」
「とても綺麗だよ……僕が弱音を吐きそうなときは決まって都市公園の芝生に寝転がって青い空を眺めていたから」
「それはさぞ心を癒してくれる美しい空なのでしょうね」
遠目から遠慮がちに語るナルは今にも儚く消えてしまいそうな寂寥感がただよい……そんなナルの想いがゆきなの属性たる闇の意識を媒体にして思考に流れ込んでくる。
「僕が居た世界を宇宙からやってきた異種族である侵略者が蹂躙してね。僕は人類のために政府や軍の言われるがまま過酷な戦地に赴いて……血反吐を吐いて踏ん張ってやっとの思いでやりきって……そして僕は一部の人間の保身や欲望のために路傍の石のように捨てられた」
唇を噛み締めながら語るナルの表裏のない言葉は哀しみや苦痛よりも虚しさが滲んでいた。
「僕は石だった……捨て駒……戸惑いも焦りも許されない捨て駒。身も心もボロボロになるまで……人類を守ることこそが正義と信じて……揺るがない信念をもって侵略者と戦って……捨てられた弱者らしい答えだけど大切な仲間に裏切られて……最愛の人を奪われて……汚名をきせられて……あっ、ごめん、僕の言っていること支離滅裂でわからないよね」
「わかるわよ……私はナルの胸の内に巣食う闇の色や生者が死してなお増大させる憎悪や怨嗟が凝り固まって出来た化身だから。それは生者にとってとても辛いことだったね。ただ、ゆるぎ荘に籍をおいたからには過去はもうないの……昨日、ナルは目覚めてシロと出逢った、それが生まれ変わった貴方のスタートだから」
軽く共感したようにゆきなは小さく頷き得心しながらもその手は錆び付いた針金でくくりつけられた朽ち果てた木箱を破壊して針金を外すとポイッと麻袋に入れる。
酷く不公平に見える生き方の本質から生まれでた物の怪にとって仲間を得たことは無邪気な喜びでしかなかった。
たとえそれが堅物なゆきなでも例外ではない。
「ところで話をかえて悪いのですが」
どこか虚ろで酷薄な笑みを浮かべたゆきなは足元で蠢いた黒き蟲を踏みつけると人差し指を朱色の唇に当てて好奇の色を宿した興味津々な言葉を投げかけた。
「少し危惧していることがあります。ですので単刀直入に問いますが馬鹿犬神で義妹のシロのことをナルはどう思っています?」
「どう思うとは……その、結婚にたいしてか?」
「うむ、それも含めてです。今、一番大切なことはナル……あなたがロリコンであれば万事解決するということです。身長が百三五センチの絶壁な胸板にお豆が二つの貧弱すぎるシロに対して性的興奮を持てるかどうかという子孫繁栄の観点からみれば崇高な質問です」
「ちょっと待てーっ!」
ゴミ山に響きわたった『ロリコン』という声色にナルは顔を真っ赤にして慌てふためく。
無論そうだろう、ナルにはロリコンの趣味はまったくないのだから。
しかしナルは心の闇をはじめて人前で吐露したあとの奇天烈な不意打ちだったため感情が揺れていてその衝撃をうまくコントロールしきれないようだ。
「顔を真っ赤にして照れることなくてよ。恥じることではないのです、ロリコンは変態思考だが罪ではありません。犯罪に触れそうな思考ですが無辜な想いでもある。私はその精神疾患的な想いを否定するつもりはない。それに胸をはって喜びなさいシロの貧乳は天然ものですわ」
「こらまてーっ! 天然ってなんやねん、養殖があるんかいーっ! それにいったい何を基準に僕がロリコン扱いされやなあかんねん!」
「そんなに否定すると余計にあやしいですよ。夫婦に遠慮はなしです。男女七歳にして同衾せずですがシロはお子ちゃまなので大いに同衾でも夜伽でも初夜でも変態ゴボウプレイな夜の営みでもむかえてください。姉としてその大仕事を果たす弟の勇姿……何だかそそられます……じゅるるる」
「ひぃーっ! そのあふれこぼれるよだれはなんですかーっ、否定が怪しいってー!? 否定しなきゃ潔いほどにロリコンを認めることになるだろうがーっ」
「うふふ、一癖ある性癖を正直におっしゃってください。いまのナルは前門の虎、肛門の浣腸ぐらい逃げ道がないですね」
「その浣腸ってなんやねん!」
いったん作業を中断したゆきなは小首を傾げて朱色の唇をニンマリと歪める。
そして困ったように肩を竦めるナルをさも楽しそうに眺めていた。
「その発想は卑猥すぎるぞ」
「卑猥? 当たり前ではありませんか! そんなふうに私を見ていたなんて心外のうえに青天の霹靂です。私の仕事ぶりは生真面目と言われていますが緋影姉さまの妹なのですよ。こんな弄りたい放題の面白いことをだまって見過ごすわけにはいきません……それに今は二人っきりですし……」
「ちょっとストップ、参りました、ゆきなさん、そのギラギラした眼光はマジで怖いぞ……その珍しいものを目にしていますみたいな眼差しはーっ」
「ふふっ、貴方は自分に対して嘘つきですわ、ヤリたいざかりの思春期童貞のくせに、ほら、もし魅力があふれすぎる私をこの場で変態的エロロリコン本能をむきだしにして襲えば禁断の姉弟関係が成立いたしますよ。新婚早々にして興奮するエロの権化である弟の抑えきれぬ性欲によって犯される姉……背徳ですわ。そして、ロリコン属性ではなくシスコン属性という輝かしい栄誉が受けられますよ。ほら、私のメガネっ娘ぶりに情欲がそそられて軍服の五つあるボタンを外していただければ大きな生おっぱいがまろびでて触りたい放題ですよ」
言葉とは裏腹にかぁーっと耳まで真っ赤に染めて恥じらいをみせるゆきな。
ぴしっと整った軍服の上からでもメリハリのある膨らみがはっきりと視認できる。
ぽすっと柔らかなお尻を乗せていたクロスバイクから立ち上がると劣情をそそるように朱色の唇が艶めき温もりが伝わるほどの距離までゆきなはナルに豊満な肉体を寄せた。
そしてゆきなはナルの視界の死角に肉体を押し付けると耳元で甘い声を囁く。
「ふーっ、本当にナルは運がよろしいですわ……ほら……見て……ゆるぎ荘から警戒をうながす狼煙があがっています」
宵闇の空に上がる狼煙。
まだ見ぬ危機がすぐそこまで迫っていることを示している。
神から魑魅魍魎も蠢くこの世界、生きることの難しさ……そして、特別養護神様ホームゆるぎ荘の意味と意義をナルは身をもって知ることになるのだった。