◆犬と小判とめがねと巨乳の巻◆
「むむーっ、新婚生活二日目にして意地悪な緋影姉ちゃんのお題をちゃちゃとすましてくるですぅ。二・三日は帰ってこれないのでダーリンはゆっくりと特別養護神様ホームゆるぎ荘を見学しておくのですぅ。寂しくなったらシロの服をクンクンしながらだっこしてオナニーしてもよいのですぅ。シロは寛大なのでエッチな汁だしてパリパリにしても特別にゆるしてあげてもかまわないのですぅ」
そう言い残してシロは颯爽と住処を飛び出していった。
ナルはシロと共に暮らし始めて二日目。
今はゆるぎ荘敷地内の南側にあるシロの住処……マンホールの下にある地下道の一角にあるスペースで寝泊りしていた。
シロの部屋は八畳ほどの空間に藁が敷かれた睡眠スペースと小さなちゃぶ台。
そしてお手製タンスが一つ……とても質素な生活が垣間見ることができる。
ナルが住処の扉を開けるとそこは地下道。
地下道のわきには飲料水となる綺麗な地下水が豊富に流れており出口があるマンホールまで地下道にそって延々と続いている。
今、地下道では腰痛持ちのこなきじじいが身を屈めて顔と赤いふんどしを洗っていたり、小豆とぎがぴちゃぴちゃと音を立てて朝食用の小豆を洗っている。
それぞれが朝ののどかな時間を過ごしているように思えるがナルは多少居心地が悪かった。
それは皆がいちようにナルに対して好奇な視線で眺めていたからだ。
「ほほー、あの者がシロの婿かぁ」
「うむ、かなりの美形じゃのぉ。シロも案外面食いじゃのぉ」
「黒い瞳に黒い髪……エキゾチックじゃの」
などと日の当たらない薄暗闇でもはっきりと聞こえる井戸端会議の雑談と衆目というものがヒシヒシとナルに伝わっていた。
「さがしましたわ、ぺちゃぱい好きの変態ナルはこんな所で油を売っていたの」
その口調はとても刺々しい。
好奇心が固まった巷の噂に負けずに地下水で顔を洗っていたナルにめがねの奥でキラリンと輝く美しい碧眼を真っ直ぐ見据えたゆきなの蔑んだ声が地下道に響いた。
振り返ったナルの眼中に凛々しい軍服姿のゆきなが柳眉をあげて猛然と抗議でもしそうな剣幕で仁王立ちしている。
ゆきなは端整な顔立ちの少女にも関わらず乙女らしい装飾品の一つもつけていない、お洒落? なアクセサリーといえばかろうじて胸元に掲げている階級章ぐらいのものだろう。
むしろ階級章がオシャレといえるアクセサリーなのかやや疑問が残るところだ。
「貴様は何故ゴミ山探索の集合時間に遅れる。私を待たせるとは良いご身分だな」
「待たせる?」
少し困惑したナルが不思議そうに軽く首をかしげた様子を見てゆきなは目を三角に釣り上げて殺意を撒き散らしかねないほどツンケンしながらも愛銃には手を添えることなく表面的には冷静を装っている。
――あれれ? こなきじじいが同情した目でこちらをみているぞーっ!――
「そうだとも、ナルは馬鹿犬神の旦那だろう、そうなればシロが何らかの不都合で出れぬ時は代理を務めることが役目。……というかシロから毎日の業務を聞いていないのか!?」
「いや、全く聞いていない」
「グググッ、シロの奴婚姻の儀に柄にもなく浮かれておるな。なら私自らが教えてしんぜよう。よいか、ゆるぎ荘に籍を置くいじょうは各々の役割というものが与えられる。シロの旦那であるナルは必然としてシロと同じくゴミ山探査の起動組だ。我ら起動組の仕事はゴミ山から金品漁りだ。兎に角すぐに支度をしろ、シロがいない間はロリコンのナルが代役だ」
「なるほど、話は理解できたが……僕はロリコンではない」
「そう拒むな……二つのピンクのお豆付き平べったい胸が大好きなくせに」
「こらーっ、卑猥すぎるぞ! それに僕はロリコンじゃないっていっているだろーっ!」
「嘘をつけ、あのシロほどの童顔系貧乳属性を持つものに一緒に眠るときはスクール水着を寝巻代わりにしてなどと変態チックなお願いをしていると私の耳にもはいっているぞ」
「それは嘘だーっ、昨日の夫婦の触れ合いだって僕は部屋の端っこで寝ていたらシロが寝ぼけてお尻を噛んできたぐらいだぞ」
「ほほーっ、貴様はロリコンのマゾなのか……初夜でお尻を噛むなどのハードプレイ……ハ、ハレンチすぎる」
「なんでそうなるねんーっ!」
ナルは血相をかえて真実を訴えるように思わず叫んでしまった。
そして素早い動きで踏み込み、猛然とゆきなに抗議する。
しかしゆきなはその表情に邪悪な笑みがはりついたままだ。
完全に悪戯チックでナルをからかっているような雰囲気をまとってといる。
そんな二人を眺めている妖怪たちも
「な、なんじゃ、いきなり浮気かぁ」
「これではシロが不憫じゃ」
「巨乳のゆきなと密会、ぐぅーっ、貧乳好きはカモフラージュかぁ!」
こらーっ、信じるなよーっ!
地下道であらぬ噂が一気に芽を吹く! すぐにも満開になりそうな勢いだ!!
ふぅーっと嘆息して頭を抱えるナルの姿を見てゆきなは噂に拍車をかけるように
「新婚ホヤホヤなのにシロに夜伽の相手もされぬ孤独を抱えたナルは他人のおっぱいの温もりを求める浮気者だ。今夜も私のおっぱいを求めるか?」
「ゆきなさんーっ! シロから仕事の引き継ぎも聞かずに怠慢してすみませんでしたーっ。もう、勘弁してください」
「ふふん、わかればよいのだ。良いか探し出すものは金だ。大判小判や希少金属だ……といってもわからんだろう。手とり足とり懇切丁寧にしっかり教え込んでやる……じるゅゅゅ」
「ゆきな……さん。ヨダレが垂れ流し状態ですよ……」
「気にするな、乙女の嗜みだ」
そして地下道で噂が一気に開花した。
「やはり嫁の居ぬまのアバンチュールだ」
「新婚早々にのぉ、シロが不憫すぎるのじゃ」
「ゆきなも色気むんむんじゃ、あのチチにころりといったのじゃ」
こらーっ、ヒソヒソ話がまるきこえだぞーっ!
「ふふん、天罰です。さて、気を取り直して仕事に行きます」
ゆきなはフフンっと鼻を鳴らして踵を返すと真っ黒いブーツの先をこんこんと響かせながらマンホールに向かって悠然と歩いて行った。
その歩きかたは真っ直ぐな性格が存分にはっきされているようにぶれることもなく突き進んでいくのであった。