◆シロと想いとお墓参りの巻◆
そこは仄かな宵闇に包まれた世界。
大掛かりで精緻な意匠が施された大きな慰霊石の周りには沢山の花束や遺品がつみかさなり、外ふちに沿ってヒカリゴケが元気よく生殖して淡く輝く蛍光色をふりまいてとても幻想的だ。
シロは慰霊石の前にくると途中で摘んだ花を供えて瞼を閉じ黙って手を合わせている。
緋影と対面した部屋を出た後シロが真っ先にナルの手を握って連れ出した場所はゆるぎ荘の裏手にそびえる小高い丘の上にある共同墓地。
ゆるぎ荘にて天寿をまっとうした者やゴミ島にて志半ばで息絶えた者……ゆるぎ荘に籍を置く神や妖怪が共同で祀られている神聖な場所。
「もう少しだけまっていてくださいですぅ」
ナルにかけられたその声色は少し震えていた。
シロが慰霊石に手を合わせてからかなりの時間が経っている。
一心不乱に祈る姿。
まるで自分の心を救ってほしいと祈るように真剣な表情だ。
「……シロが結婚をするので弟につたえにきたのですぅ」
突然シロがぽつりとこぼした言葉にシロを睥睨したナルは息を呑んだ。
ナルに向かって振り返ったシロの頬には涙が滲んでいて潤みきった瞳はぶれることなくナルをじっと見つめた。
そして色濃く焼き付くような笑顔をふりまいた。
「シロと弟の二人は一族最後の生き残りですぅ。現世で住んでいた山を追われて神狩りに捕まって、そしてゴミ島にぽいすてされたのですぅ」
「神狩り?」
聞きなれない言葉にナルは顎に手を当てて小首をかしげるとシロはあらたまった雰囲気で語りはじめた。
「そうですぅ。人の世界が進歩するとそれにあった神が産まれますぅ。そして古くニーズにあわなくなった神や妖怪は死神に回収されてゴミ島に捨てられるのですぅ」
いつも馬鹿なことばかり口にするシロがこのときばかりはとても神妙な口ぶりでナルに語りかけた。
少し呼吸が荒くなり胸の奥で溜まっていた苦しい過去を吐露するために興奮しているようにも見えた。
「このゴミ島は子供の神なんかではとても生きていけないような過酷な環境なのですぅ。食べ物や飲み水どころか食べれそうな葉っぱもはえていないのですぅ。その上、北には蛮族の愚民、ゴミ島全域に餓鬼や亡者や理性のない野良神や野良妖怪が徘徊していますぅ。お空は一日中宵闇で太陽がないのですぅ。それでも弟と二人で死体をあさってゴミ山のゴミに隠れて生き抜いていたのですぅ」
シロの唇が悔しそうにぎゅっと噛まれると黒色の薄汚く見窄らしい貫頭着姿のままその場にペタンと座り込んだ。
いつもの天真爛漫さの欠片もないシロの悄然とした姿を目の当たりにしてナルは孤独と孤立が二律背反ですがりついていた幼いころの自分を見ているようでその場を動けなかった。
それはナル自身の記憶と感情が重なり合って共感してしまっているからだ。
「だけどシロの不注意で……御飯につられて……あんなに弟はシロを止めたのにシロはお腹が空きすぎてのこのこと愚民たちの罠に飛び込んでしまったのですぅ。奴らは奴隷商人でしたぁ。適当な野良神や野良妖怪を捕まえて家畜のエサにしたり、奴隷の烙印を押して家畜以下で危険な場所で働かせたり……綺麗で若い女を性のはけ口として売ったり……兎に角酷いやつらなのですぅ」
シロのその瞳は遠くを見つめるような光を宿してナルを見ると忸怩たる想いが乗せられた痛々しい笑みを相貌に浮かべた。
その笑みは自らを糾弾しているような煩悶懊悩する心と寂寥感が湧き出る心が交差して慟哭の叫びをあげているようだった。
「愚民に生け捕られたシロのことを助けようと弟は命を投げ打って懸命に愚民と戦いましたが無力で子供の犬神には打つ手もなくボロ切れを握りつぶすように一方的な酷い扱いで殺されてしまいましたぁ……その時ですぅ、たまたまゴミ漁りに来ていた緋影姉ちゃんが満身創痍のシロを愚民から救ってくれたのですぅ」
少しだけシロは息継ぎをした。
喉を鳴らして嗚咽をこらえるように。
「そしてもう行き場所のないシロと弟の亡骸をゆるぎ荘で引き取ってくれたのですぅ。死に際での弟との約束で子孫を増やして繁栄させるためにつがいになる片方と出逢えたら絶対に連れてくるようにと……心配性だった弟の最後の言葉でしたぁ。棺に寝ていたナルを見たときにシロの本能や感情がうったえてきたのですぅ、この生者と結婚して子を宿せと。そんな気持ちになったのははじめてですぅ。それに何だかはじめてあった気がしないのですぅ。ナルを一目見ただけでシロは惚れてしまったのですぅ」
心の中で悲しい記憶を思い出しながら言葉を紡いでいたシロはもう一度慰霊石に手を合わせた。
するとシロの隣に並びゆっくりとかがんだナルも瞼を閉じて慰霊石に向かって手を合わせる。
その仕草はとても真摯的であった。
「シロ、僕も手を合わせてもいいよね」
「当たり前ですぅ。シロのダーリンなのですから」
ダーリン……ありがとうなのですぅ。
大きく頷いたシロは嬉しそうにギュっと目をつぶると墓石に向かって頭をたれた。
それに習うようにナルも頭をさげる。
静かに時間が流れる中で二人して黙り込みただただ祈っていた。
どれぐらい時間がたっただろう悠久にも思えたそんな沈黙を破るようにナルが身体を丸めて瞼を閉じて手を合わせているシロに問いかけた。
「シロ、弟さんの名前はなんていうんだ?」
「ダーリン……名前は生みの親か育ての親がつけるものなのですぅ。シロと弟には親はいなかったのですぅ。なので弟は名無しなのですぅ。シロは緋影姉ちゃんが名付け親ですぅ」
ペタンと腰を落ち着かせていたシロがゆっくり立ち上がると薄暗がりでもはっきりとわかるほど恋愛感情が膨れ上がった想いが内から吹き出た笑顔でかがんでいたナルに抱きついた。
小さな肉体をめいっぱいひっつけて頬をたどっていた涙も哀しみから感涙に変わって。
「なので、シロはナルとの子供の名付けがとっても楽しみなのですぅ。百匹は産むのですぅ。シロとナルの子供に弟が生まれ変わってきても恥ずかしくないような名前をつけるのですぅ」
その声色はいつものシロの声色にもどっていた。
「ナルの名付け親はお父さんとお母さんなのですかぁ?」
「いいや……シロと一緒さ。僕には親はいないよ。鈴賀研究所の試験管から遺伝子操作と特殊な石の調合で産まれた試験管ベビーだから……」
「ふえぇーっ、試験管と石がお父さんとお母さんなのですかぁ」
驚くシロをよそにナルは何かを噛み締めるように言葉を濁した。
その想いと憎しみが薄暗い闇夜に溶け込んでいくように。