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08 「あゝ無情」

ザクッ!


 謎の三つの影達の1メートル半の裏口ドア近くに、シュガーレスのコダチが地面に刺ささる。

 コダチに驚いた黒の全身タイツの3人は、足を止めた。

 そして、コダチが降ってきた上空を見上げると、落下してるシュガーレスの姿が。


「なんだ!こいつは!?」


 黒いタイツの一人が、声を上げて驚いた。

 スタッ!と、3人の目の前にシュガーレスは降り、地面に刺したコダチを回収し、黒の3人に体を向けた。


「剣道するなら、ファンタジスタスーツじゃなく、胴着に着替えろ…」


 と、シュガーレスは3人にコダチを向けて言う。

 やはり、奴らが着ている全身タイツは、強盗犯と同じタイプの安価型の肉体強化のファンタジスタスーツである。


「くっ、なんだ!こいつ?」

「おい、聞いてた話と違う!剣友会の雪乃とかって、女以外のメンバーをブチのめせって話じゃなかったのかよ!」


 と、コダチを構える異様な姿のシュガーレスに怯えた二人は、駆け足で、別々の進路で森林に逃げた。


「あっ、おい!」


 反応が遅れた一人は、さっきの二人に続いて、逃げようとしたが遅かった。

 もう背後に、シュガーレスが迫り、首元に、コダチの刃を近付けられている。


「あの二人…、仲間の貴様を置いて逃げて行くなんてな…」


 と、刃に怯える黒の男に、シュガーレスは言う。


「教えてやるが…、友達は、ガムみたいに噛み続けて味が無くなったら、さっさと捨てろ…。噛んでる時だけ、甘いのは…、ガムだけでいいんだよ…」


 そう言って、シュガーレスはコダチで脅しながら、男から、事のすべてを吐かせた。




 捕らえた男のファンタジスタスーツを脱がし、その場で燃やす作業をしたあと、シュガーレスは、吐かせるだけ吐かせ、下着だけになった男を解放した。

 ゼファーナは、顔を見られるわけにはならないので、逃げて行く男の姿が見えなくなってから、シュガーレスマスクを外して、眼鏡をつけた。


「それにしても、なんて事情だ…」


 体育館裏で、私服を上に着ながら、ゼファーナは呟いた。



 藤岡剣友会が、市内一般参加の大会で連続で優勝を飾り始めたのは、三年ほど前から。

 それまでは、とある大企業の取締役が、道楽で経営しているスポーツクラブ、一文字クラブの剣道部が、毎年、優勝を飾っていた。

 この一文字クラブの剣道部は、実力とレベルの高い選手が多いが、試合での反則ギリギリの行為や、マナーがなってなってない選手が多く、藤岡剣友会は、彼らを不快に思っていた。

 さらには、一文字クラブの社長の息子が、この剣道部に所属し、団体の選手にしていた。

 そのため、社長は、息子可愛さから、大会の審査員、審判に金を握らせ、軽い面や、胴でも、一本と判断させ、彼らを、優勝へと導かせた。

 しかし、この不正に、一部審査員達は反抗。

 大会委員会は、論議を交わした結果、賄賂を受け取った審査員達を追放し、公正な審査員達を導入。

 一文字クラブは、経営者の問題であり、選手に罪はないとされ、試合の参加は許されたが、審判への不正が通用しなくなり、大会での優勝は、真面目に稽古を重ね、実力をつけていた藤岡剣友会に譲られた。

 この賄賂事件は、そのヤクザにも通じているらしい企業の圧力から、公には流れなかったが、優勝出来なくなった一文字クラブは会員が減り、経営難となっている。



 さっき、ファンタジスタスーツを着ていた男から、以上のことを吐かせたゼファーナは、道場に入り、正座しながら、稽古の休憩中のカタナに話した。

 カタナは正座して、防具を外して、汗を拭く。


「で、最近のファンタジスタスーツ流失から、奴ら、一文字クラブは、裏から、これを手に入れ、藤岡剣友会の選手に負傷を負わせ、弱体化させ…、一文字クラブの有利な状況に…」

「なるほど、それで、今年は、また優勝に返り咲いて、イメージアップし、会員を増やして、ガッポガッポか…」


 と、汗を拭きながら、カタナは事の成り行きを理解した。

 ちなみに、さっき、忍び込んできた男たち3人は、一文字クラブの会員達であった。

 汗を拭きながら、カタナは微笑んだ。


「しかし、運の悪い奴らだ…。この俺を、敵に回した時点で、敗北が決まったのに…」


 と、目だけが笑っていない、ククク…と言う不気味なカタナの笑いが、仲間であるゼファーナを、ビビらせる…。


「あなたや、隼さんは、まだ優しい人だ…。アルゼに、この件を話しても、勝手にやれ…、と言われました…。しかし、彼女が絡まなくて、良かったと思っています…。じゃないと、確実に…」


 なにかを言い掛けながら、額に汗を浮かべ、ゼファーナは言う。

 また、カタナは、ククク…、と笑う。

 遠くから、リーダーの雪乃が休憩は終了と、みんなに言った。


「よく言うぜ…。秋羽より、あの女より、この俺より、一番危険なのは、貴様だ…。シュガーレスのゼファーナ・春日…」


 と、カタナは口に笑いを浮かべながら、ゼファーナに言い掛けていた、その時…。


バチン!バチン!


「ゴマッ!!」

「アブラッ!!」


 ゼファーナ、カタナは竹刀で、いつのまにか、正面に立つ雪乃から頭を叩かれて、苦痛の声を出した。

 雪乃は、鬼のような顔で…。


「休憩は終わりだって!さっきから、何回も言ってるでしょ!!試合まで、時間ないんだから!!」


 頭を抑え、悶える二人に説教をした。


「僕は、関係ないのに…」

 ゼファーナは、涙目で言った。

 そんな二人の様子を、遠くから、雪乃の尻追っかけ3人の選手達は、防具を着けながら見ていた。


「出たー!雪乃さんの鬼コーチフォーム!」

「あのフォームは、雪乃さんが、本気になったという証拠だ!」

「うっひょー!今夜の稽古は、血尿覚悟だ!!」


 3人は変なテーションになって、叫んでいた。

 そんな彼らの隣で、雪乃の弟の大樹は、ため息を吐いた。

 ちなみに、何故か、カタナに報告してきただけのゼファーナは、マネージャーに担当された。




 一方、場面は変わり、『一文字クラブ』の道場に、さっき、シュガーレスからファンタジスタスーツを剥がされ、胴着に着替えてきた、あの男が戻っていた。

 道場に居るのは、その男と、礼服を着たオールバックの髪型のキザったらしい感じの男。

 オールバックの男の名前は、一文字剣丸。

 そう、あの問題の一文字クラブの会長の息子である。

 シュガーレスに脅されたことを話す男に、聞き耳を立てながら、自分の爪を見つめる一文字剣丸。


「なるほどね…。あのうら若き美しい雪乃さんも、手を打って出たわけだ…。やはり、美しい薔薇には、刺があるんだね」


 と、一文字剣丸は笑った。




 翌日の夕方も、藤岡剣友会は練習をしていた。

 道場からは、選手達の激しい稽古の様子が見える。

 マネージャーになったゼファーナも、一応、胴着に着替え、業務員室で、みんなの分のスポーツドリンクを作っていた。

 胴着が体のサイズより、小さいのしかなかったため、下に、シュガーレススーツは着れなかった。


「なんで、僕が…」


 と、スポーツドリンクの粉末が入っていた袋を、ごみ箱に捨てる。

 すると、ごみ箱から、妙な物が目に入った。

 ゼファーナは、それを手にとって見た。

 それは、血の付いた包帯と、たくさんのテーピング。

 しかも、ゴミ箱にいっぱい。


「誰のだ…」


 そして、ゼファーナは、体育館外から、車のブレーキの音が聞こえたのに、気付く。



 稽古は、みんなが防具を外し、休憩に入る前になっていた。

 皆、正座して雪乃の前に集まる。

 弟の大樹も、選手ではないが、防具を着けて稽古に参加していたから、同じく、防具を外し、正座して、姉の元へ。


「あなた達、3人も、だいぶ上達したわね…」


 と、雪乃は汗を拭きながら、珍しく3人を誉めていた。

 それを聞いて、デレデレになる3人を見て、大樹は、ため息を吐いた。


「カタナさんも、初心者とは…」


 と、息を切らしながら、汗まみれのカタナに、雪乃はアドバイスをしようとした時…。


「いやー、無駄な努力してますねー。どうせ、優勝できないのにー」


 その嫌味たらしい声に、皆が一斉に振り向いた。

 振り向いた先には、あの一文字剣丸と、その他の選手達四人が、道場の戸を開けて立っていた。

 皆、スーツ姿で、土足で道場に立ち入る。

 その様子に、藤岡剣友会は立ち上がり、怒りを露に。

 特に、大樹は怒り心頭になった。


「おまえら、靴脱げよ!!」


 と叫んだが、一文字達は無視した。


「…」


 ゼファーナは、遠くから、その光景を見た。

 片手に、血の付いた包帯を握りながら、着替えを置いているロッカールームに向かう。


 互いに、顔見知りである雪乃達と、一文字達の間に、不穏な空気が流れる。

 あの3人組は、ガタガタと震え上がるが、雪乃と、カタナは黙って、彼らを見つめる。


「君かー、新しく来たのは?夜道に襲われないことだなー」


 一文字は、カタナに指を差して笑う。

 カタナは、こいつが事の原因かと黙認した。

 大樹は、悔しそうな顔をして、一文字を睨んで、殴りかからんばかりに迫ったが、雪乃の包帯が巻かれた細い手で抑えられ…。


「すみません…」


 と、彼女は一文字に向かい、膝と手を着いて、頭を下げた。

 これには、藤岡剣友会全員が、驚愕した。


「なにやってんだ!」

「雪乃さん!」

「頭を上げて!」


 と、気弱なはずの3人が、声を荒げて叫ぶ。

 大樹は泣きながら、頭を下げている姉に近づき…。

「姉ちゃん!なんで、こんな奴らに頭下げるんだよ!!」


 と、彼女の胴着をひっぱりながら泣き叫ぶ。

 この彼女の様子に、カタナは、なにかが自分の中で、弾けてしまいそうな感覚に襲われた。


「なんの用かは、知りませんが、お引き取りを…」


 と、雪乃は頭を下げて言う。

 藤岡剣友会の皆が、怒りと涙を抑え切れずにいた。

 大樹は泣きながら、何度も叫ぶ。

 その様子を見て、一文字以外の選手も動じていたが、一文字本人は笑っていた。


「ははは!いや、我々は、同じ剣道仲間である、あなた方の練習を見学に来ただけです!しかし、頭を下げて帰れと言われましても…」


 との言葉で、カタナの中で怒りが殺意に変わった瞬間。



ブァアアアアアアアアアアアン!!!



 外から、強力な爆破音が響く。

 その音に、皆が驚き、雪乃も思わず、立ち上がる。

 大樹も泣き叫ぶのを、やめた。

 爆破音に、殺意が薄れたカタナは、周囲を見渡した。

 皆が、爆発音がした外に向かうのが、目に入るが、ゼファーナの姿だけが見えない。

 まさか…、とカタナは血の気が引いた。


「だから、言ったんだ…。ゼファーナ・春日…。貴様が、一番、危険だと…」




 それは、悲惨な状況だった。

 一文字達が、乗ってきて、体育館入り口に、停めていた3台のセダン車がすべて、爆発しており、炎上。

 車の中で待機していた運転手達は、炎上する車の5メートル近くの道路に、泡を吹き、失禁しながらの気絶で倒れていた。

 無傷だが、運転手達は何者かに、腹を殴られての気絶だ。

 そして、最後に、道路に赤いペンキで書かれた…。


『キ・エ・ロ』


 の3文字…。

 一文字達は、自分達が乗ってきた車の炎上する光景を足を震わせながら、見ていた。

 炎上する車は、黒い煙を吐きながら、暗い夜空を更に真っ黒くし、暗くした。 雪乃は、その光景を、手を震わせながら、黙って、見ていた。

 彼女の細く、か弱い手には、血の滲んだ包帯が巻かれている。



 この光景をやったのは、もちろん、胴着から着替えたシュガーレス・ゼファーナ…。

 彼は、体育館の屋根に腕を組んで立っていた。

 片手には、血の滲んだ包帯が握られ…。


「土足で、道場と他人の心に踏み込む客人には、甘くない茶菓子を出さないと失礼だな…」


 屋根から、炎上する車を、煙よりも、夜空よりも、漆黒な瞳で、シュガーレス・ゼファーナは見ていた。

 まるで、可燃ゴミを燃やすような表情で…。

シュガーレス・ゼファーナ:正体、ゼファーナ・春日(偽名)。 タイプ、近距離、接近戦用戦闘服。 武器、コダチ。 特徴、スピードを武器にした格闘戦を得意とする。ちなみに、この名前が、本作のタイトルにする予定だった。

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