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05 「NEXT LEVEL」

「本当に、びっくりしたわ。いきなり、うちの大学に迷惑かけてた盗撮犯が逮捕されるんだもん」


 と、翌日のバイト先の閉店作業で、桜花蘭が、ダイゴたちが話していた。

 それを、横目に、ゼファーナは窓ガラスを拭いていた。

 やはり、先日の盗撮犯のことで、話題になっていた。


「あたしは、下着とか盗まれなかったから、良かったけど…」


 と、彼女が言った。

 それに、ゼファーナは…。


(桜花さんの下着…。って、何考えてる僕は…)


 変な妄想が、膨らんでしまった自分に罪悪感を感じてしまった。


「盗まれた子たちとか、すごいショックだっただろうね…。本当に、可哀想だった…。あたしも、きっと、立ち直れないかも…」


 と、彼女がポツリ…、と言った。

 それを聞いて、ゼファーナは、昨日の様子を思い出す。


(確かに、昨日の犯人は許せなかった…。あれで、良かったことなんだよな…)


 と、必死に窓を拭いた。

 すると…、近くに居たヤヨイから…。


「春日君、そこの窓、さっき、あたしが拭いたわ…」


 と言われた。

 あっ、と自分の気が抜けていたことを、ゼファーナは恥じた。




 ゼファーナか、バイトで閉店作業をしていた頃…。 市内の国道沿いは、大きく荒れていた。

 信号などを無視して走るランサーエヴォリューションが一台。

 そして、この車の後を、ピーポ、ピーポとサイレンを大きく鳴らして走るパトカー達。


 パトカーを後ろに、前を走っている車たちを縫うようにして、駆け抜けているランエボの運転席と、助手席に、男たち、二人がそれぞれ座っている。


「やべぇよ!兄貴!」


 と、助手席の男は、大きなカバンを抱えながら、ガクガクと震えて、後ろから迫ってくるパトカー達にビビッていた。


「うるせぇ!安心しろ!あんなパーカーぐらい、俺のスペシャル仕様のチューニングがされたランエボが超されるわきゃあねぇだろ!!」


 と、ハンドルを握る男は、隣の席の男に叫ぶ。

 そう、この二人は、見て解るように、さっき、高級宝石店から、多くの宝石を盗み出した強盗犯である。

 宝石を、カバンにありったけ積め、そして、今ハンドルを握る男の愛車、ランエボを駆り、現在、逃走中。

 ハンドルを握る男は、かなりのドライビングテクニックで、前方を走っている車と車の間を縫うようにして走り、迫ってくるパトカー達を振り切って行く。


「ふははははは!!ぶっちぎりだぜ!!」


 と、ドライバーの犯人は笑って言う。

 ちなみに、彼らは、ファンタジスタスーツの着用者ではないようだ。




 バイトが終わり、いつものように、スーツを下に着て、私服に着替えたゼファーナは、軽く挨拶をして、レストランから出た。

 やはり、いつものように、みんなでカラオケに行く話をしていた。

 今回、ダイゴは、あの桜花も誘っていたが、ゼファーナは、気にしないように心掛けた。


(あの人たちは、どうせ、またカラオケにでも行くんだろうな…。桜花さんも行くのかな…)


 最近のヒットチャートにしても、邦楽、洋楽にしても知らない曲ばかりで、音楽そのものに興味が無い、ゼファーナだったが、あの桜花は何を歌うのかは、何故か、気になっていた。


(まぁ、知ってたとしても、僕が居れば、空気が悪くなるさ…)


 と、思いながら、レストランの駐車場を歩いていると…。

 その近くの駐輪所にある一台のバイクに、ゼファーナの目が止まった。

 思わず、ゼファーナは、そのバイクに駆け寄る。


「すごい。これ、NSR250Rだ…」


 と、バイクの名前を言い当てた。



 余談だが、1986年にHONDAより発売された水冷2サイクルV型2気筒の排気量、250ccのレーサーレプリカタイプのバイクである。

 80年代、レーサーレプリカブームの流れから生まれた。

 峠族、レーサーファンなどが、ご用達にしたと言われた名車である。


 同じ、『地獄同盟会』の隼が、バイク好きだったので、その影響から、ゼファーナも少しだけだが、詳しかった。

 しかも、状態が綺麗だったので、余計に魅力的なバイクだと、彼は感じた。


「しかし…」


 誰のバイクだと、彼は思った。

 レストランのアルバイトのメンバーで、バイクを乗用してるのは、心当たりが無かった。

 客の誰かが、ここに置いて行ったのだろうか…、などと考えていると…。


「えっ…」




 一方、場面は変わって、またランエボ逃走劇が、まだ国道沿いで続いていた。

 パトカーも、かなりの数で、彼を追うが、やはり、追いつけない。

 ランエボのドライバーのテクニックは、相当な物であり、このまま、首都高速に突っ込んで行った。

 バキッ!と、料金所の遮断棒を割りながら。

 それで、フロントのフェンダーが凹んでしまったのを、しまったーと、ドライバーは頭を叩いた。


 しかし、首都高速に入ってから、異常自体が発生した。


「なぁ、兄貴…」


 サイドミラーを見ながら、助手席に座る弟分が、ランエボのドライバーをやる兄貴分に話し掛けた。

 ハンドルを巧みに操る兄貴分は、うるさい!と一喝し、運転に集中していた。

 だが、それでも、弟分は話を続ける。


「単車のことだけど、ZZ-R1100っての、知ってる?」


 何度も聞いてくるので、兄貴分は折れた。


「ああ、単車は興味ねぇが、知ってる。カワサキの大型バイク。最高速が、300キロ超えるらしいが、俺のランエボの敵じゃねぇ」


 と、兄貴分が答えた。

 弟分は、まだサイドミラーを見ている。


「なんで、んなこと聞いてんだ?ポリの白バイ、来たか?確か、白バイは、ホンダのVTR1300だ。間違えんなよ…」


 と、兄貴分が言った。

 すると、弟分が震え始めた…。

 兄貴分の彼は、その弟分の様子の変化に気付いた。


「どうした?車酔い?吐くなら、窓から…」


 と言って、兄貴分が弟分の方に首を向けた…。

 そして、彼は自分の目を疑う。


「えっ…」




「それ、あたしのバイクだけど…」


 レストランの駐輪場に停められてあったNSR250Rに、桜花は人さし指を示す。

 いきなり、後ろから、現れた彼女に、ゼファーナは心臓が爆散したかと思った。


「んっ!!」


 奇声を出してしまいそうだったが、ゼファーナは舌を噛んで、我慢した。

 とりあえず、ペコリと、頭を下げて…。


「すいません…。別に、盗もうとか、そんなつもりでなく…。ただ、ちょっと、珍しかったんで…」


 と、ゼファーナは自分を落ち着かせながら、彼女に、ベラベラと謝罪をした。

 別に謝ることじゃないが、自然と、こうなってしまった。

 それにしても、あのバイクが、桜花の物だなんて…、意外中の意外だ。

 と、ゼファーナは思った。


「あっ、別に、謝らなくても…」


 と、彼女は恐縮した。

 ただ、なにやってるんだ…、とツッコミを入れただけなのに…。


「えっと、本当に、すいませんでした…」


 そう言い残し、ゼファーナは駆け抜けて、その場から去って行った。

 そんな逃げるように、去って行く、彼を見て…。


「本当に、変な子…」


 と、彼女は呟きながら、バイクのキーを取り出した。

 これから、ダイゴ達と、カラオケに行くので、彼女はバイクで、カラオケボックスに向おうとしていたのだ。

 バイクにキーを入れ、エンジンを始動させ、ヘルメットを被りながら…。


(あの春日って子は、カラオケに誘われなかった…)


 と、彼女は思った。




 兄貴分は目を疑った。

 自慢のランサーエヴォリューション。

 借金をして購入し、自分で手を加え、より速く走れるように、チューニングをした自慢のランサーエヴォリューション。

 峠で鍛えたドライビングテクニック。

 なにより、命を賭けて、チューニングした大切なランサーエヴォリューション。

 マフラーの音より、優れた音楽ないと豪語した日々に居たランサーエヴォリューション。

 そのランサーエヴォリューションの助手席側に、いつのまにか、追いついてきて、ピッタリと並んで走っているZZ-R1100。

 この光景だけで、屈辱的だったのに、ZZ-R1100に乗っている男が、走りながら、左手をアクセルを握る右腕の下から、弟分の頭に、拳銃を突き付けていることが、比例して鰻登りに、屈辱的だった。


「ポリ公のサイレンがうるさくて、眠れねぇんだよ…」


 助手席の側の灰色の高速道路の壁を背景に、バイクに乗るのは、青いライダースーツを着て、ヘルメットを被る秋羽隼。

 そして、このヘルメットと、ライダースーツこそが、彼の追撃用ファンタジスタスーツ、『ポニー・ポニック』である。


「頭に、風穴あけるか、ブレーキ踏むか…」


 と、弟分の頭に拳銃を押しつけながら、隼は言う。

 兄貴分は泣きながら、迷う事無く、ブレーキを踏んだ。

 おとなしく、ランサーエヴォリューションは後ろにズレていき、ZZ-Rから離れ、後方に待ち構えるパトカー達に飲み込まれて行く。


「あー、ガス代の無駄したー」


 と言いながら、隼は、左手をクラッチに起き、アクセルを更に捻り、バイクを飛ばして行った。

桜花蘭:21歳。大学生。一般人。 性格、明るく、思いやりのあるアネキ気質。 愛車、『HONDA NSR250R』。

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