39 「the Time is now」
………………
男は少年時代、スラム街で生まれ育った。毎日、ゴミを漁った。飢えをしのぐためなら、なにかを奪い、傷つけた。
そんな少年時代に出会ったのは、一人の少女の澄んだ歌声。
ゴミを漁るために来た街の角にある暖かな家。その窓から響く、天使のような歌声と笑顔。栗色の長いウェーブの髪の毛と、キラキラとした宝石のような瞳を輝かせて歌い、頬笑む。存在すべてが、天使のようだった。
この日、男には夢が生まれた。
大人になり、夢を叶えた男は、日本で一人の少女と出会う。
スラム街と似た街の隅で、ゴミ箱を漁る少女の姿は、少年時代の自分が重なった。
だから、男は少女に手を差し伸べる。
男の手にすがる少女の姿は、あの日、自分に夢を与えてくれた少女と同じ、栗色の髪の毛。そして、キラキラと宝石のように輝く大きな瞳。
男は少女を抱き締めた。
これが、セプテンバー・ミリアと、織部コルテの出会いだった。
………………
チャリッ…、チャリッ…。
「セプテンバーは敵…」
「敵の義理の娘は敵…」
冬空の最中でも、防寒をしない革のコートを纏うケン、鳥村は、コンビニから出て行く織部コルテを影から睨んで、鎖を鳴らす。二人は、ここのコンビニで買ったらしい肉まんを一口に放る。
コルテの隣には、ゼファーナが両手に買い物袋を持たされていた。
白い息を吐いて、ケン、鳥村は、寒さに手足を震わせながら笑う。
「ははは…、あの女…、呑気に男とデートか…」
歯をガチガチさせながら、ケンは言う。
鳥村はゼファーナを睨みながら、手で両腕をこする。
「あの眼鏡のガキ…」
「ザッパーから渡された写真の通り…、あいつが、シュガーレスの中身…」
ガタガタと寒さに耐えながら、ケンは目の前に居る自分に屈辱を味あわせた存在を見つめる。
鳥村はシュガーレスの正体であり、今まで、何度も妨害してきたゼファーナを睨む。
寒さの中、二人は闘志をたぎらせ、その手にクレイジースカイホッパーのマスクを握った。
「さて、鳥村くん…。背中が、ガラアキリンのシュガーレスを…」
「うん、ケン…。背中が、ガラアキリンのシュガーレスを…」
二人はマスクを被り、ファンタジスタスーツを起動させた。ブァン!とマスクから光が飛ぶ。身体中に巻き着けられた鎖が、チャリッ!と蛇のように唸る。
そして、コンビニから去ろうとするゼファーナ、コルテの背後に飛び掛かろうとした…、その時…。
予期せぬ事態ことが、二人に現れる。
夏海アルゼは暖房で暖かい部屋の中で、パソコンをカチカチと鳴らし、スクリーンと睨み合う。
紅茶を口に含みながら、スクリーンに映るアンチヒューマンズ配下の組織や団体が壊滅したニュースを見つめる。これらは、ケンの鎖攻撃による被害と思われる事件の詳細。ケンの鎖のことは、すでに、ゼファーナからの連絡があった。
彼女は眉をしかめる。
ケンの行動は、かって所属した組織に対しての暴挙。何故、こんなことをするのか…、ファンタジスタスーツはどこで手に入れたのかと、アルゼは思う。
今は、沈黙しているザッパーの行動と同じことについても、疑問に感じていた。
「わたしの知らないところで、なにかが起きている…」
デスクの上に置かれている幼き頃の自分と、亡き父と兄が映る写真を手にとって、アルゼは見つめた。
「兄さん…」
加勢を理由に、ザッパーという凶暴な男を送った兄の真意が解らない彼女は、ただ、その写真を胸に抱き締めた。
彼女は、兄を信じたいだけだ。
コンビニの影に潜んでいたクレイジースカイホッパーの二人の目の前に、予期せぬ人物が現れた。
「よぉ、噂のSM趣味のファンタジスタスーツさんは、貴様らか?」
雑誌とペットボトル、弁当が入った袋を片手に、冬風カタナが二人の目の前に。いつもの着物に、冬用の革ジャンを羽織う。
いきなりの出現に、二人は動揺した。要注意人物とされている男、冬風カタナに、猛っていた二人の鎖は静まる。
袋の中から、ペットボトルのお茶を取出し、口に含むカタナ。
「いつの間に…!」
ケンを寒さからではない、違う震えが襲う。
「もう一人居るのは、知らなかったが…、もう一人は、ケン・ホッパだよな?」
お茶を飲み干したカタナは、コンビニの前のゴミ箱まで歩き、ペットボトルをキャップとボトルを分けて放った。
三人は、このまま場所を移し、電車が通る陸橋の下で睨み合う。
買い物袋を適当な場所な起き、カタナはクレイジースカイホッパーの二人と向かい合ったまま、サムライロジックの仮面を被る。
この日は、木刀を持ち合わせず、コートを羽織ったまま素手をポケットに突っ込む。
この余裕とも感じられる態度が、二人の逆鱗に触れる。
「舐められたものだな…」
「我々を相手に、素手とは…」
クレイジースカイホッパーの二人は、鎖を両手に構えた。チャリッ…、チャリッ…、と鎖が音を鳴らす。
ケン、鳥村には、ある『目的』があった。その目的のために、セプテンバー・ミリアを攻略する。だから、セプテンバーが溺愛する、コルテを拉致し、弱味を握る。
それを邪魔するなら、ケン、鳥村は冬風カタナを敵とみなした。
「さすがは、組織の『実験体』になった人間は違うって、ところかな…」
ケンは挑発した。
カタナは、挑発には乗らなかったが口を開き、ポケットから右手を出す。鳥村は警戒したが、その右手は、ただ、ブラブラしていた。
そして…、同じマスクを被り、同じく服装で、誰が誰だか解らない二人を前に…、
「てめぇらの狙いは、なんなのか…、どっちがケン・ホッパか知らないが…」
カタナは右足を前に出して近づく。
二人の破壊工作の模様は、カタナは知っている。そして、偶然、通ったコンビニで、ゼファーナの背後に潜んでいた二人の様子から、悪意のオーラを感じた。
だから、カタナは二人を敵とみなした。
そして、カタナはケンを挑発する。
「あの胸のデカイ、ケリーの姉ちゃんが心配してたぞ…」
「だから、なんだ!!」
それを合図に、ケンがクレイジースカイホッパーの鎖をカタナに向けて飛ばした。
蛇のように噛み付いてきた鎖を、カタナは右手で蝿叩きのようにしてはらう。そのまま、鎖を飛ばしたケンに向かって駆ける。
だが…、なにもしていない鳥村ではなかった。
「っ!?」
カタナの右足首には、いつの間にか、鎖が巻き付かれている。鎖は、カタナの背後に回った鳥村の方からだ。
背後からの鳥村は、足首に絡ませた鎖を握り、思いっきり引く。
バタン!とカタナは、姿勢を崩して、転倒した。
「ざまぁないなぁ!」
鳥村は笑う。
そして、ケンは鎖を自分の腕に巻き付かせ、転倒したカタナの頭上に狙いを定め、拳を構える。
カタナのファンタジスタスーツ、サムライロジックは肉体を修復させる不死身の能力であるが、仮面が破壊されてしまえば、そんな能力は無くなる。それが、唯一のサムライロジックの弱点であった。
「脳ミソ、飛び散らせ!」
ケンが叫ぶ。
だが、カタナは怯む事なく、襲い掛かる拳を冷静に見つめ、身体を転がし避けた。
バコッ!とケンの拳が、アスファルトにめり込む。
そして、ケンがアスファルトにから手を抜こうとしている隙に、カタナは脚に絡み付く鳥村の鎖を外そうとした。だが、思いの外、鎖は力強く右足首に食い込む。しかも、じわじわと圧迫している。
「そんな暇は与えん!」
鳥村は鎖を握ったまま、鎖を解こうとするカタナに向けて、蹴りを飛ばそうと近づく。
だが、カタナは避けようとせずに、右脚を解放しようと鎖を握っていた。
「やむを得ない!」
なにかを覚悟したカタナは右脚に絡む鎖を握り…、思いっきりに力を込めた。
そして…、この辺り一面に不快な音が響いた。
「ばっ!?」
「なっ!?」
驚いたケン、鳥村の動きが止まった。
カタナは絡まった鎖を握り、思いっきりに力を込めて、自らの右足首を引きちぎった。
「バカか!貴様は!!」
叫ぶ鳥村の鎖には、生々しく血を垂らすカタナの下駄付きの右足が絡むが、しばらくすると、鎖から外れ、アスファルトに転がり、辺り一面を血に広げた。
右足首を失い、ドバドバと血を流す右脚を宙に浮かせ、カタナは左足だけでバランスを取って、跳ね、二人と距離を離す。
「いってぇ…」
サムライロジックがあれば引きちぎった右足首は、くっつく。だから、このような、その名の通りに身を削っての離脱が出来た。
思ってた以上に、強敵の二人を相手に、右足首を失うのは不利になるだけだった。しかし、ケン、鳥村は、このカタナのクレイジーすぎる行動に、敵ながらに感服した。
「まさか…」
「右足首を捨てるとな…」
二人は鎖を鳴らしながら、カタナに向かって構える。
カタナは、アスファルトに転がる自分の右足首を見つめた。
「ハイカラに危険だな…、こりゃあ…」
そう言って、カタナは右足から血を流す。
「この写真の女性を見ませんでしたか?」
「ああ、その女性なら…、さっき…」
さっきまで、カタナ、ケン、鳥村が居たコンビニで、若い男性店員に一枚の写真を見せて、訊ねる男の姿があった。仕事帰りのサラリーマンのような風貌の男であった。
写真には、コルテの顔写真が映っている。
店員は、さっき訪れた客で、彼女は美人だったんで、よく覚えていたので、どっちの方向に行ったかまで、指で示して男に教えた。
男は礼を店員に告げて、コンビニにから出た。
そして、懐から携帯を握り…、
「もしもし…、セプテンバー様配下の坂本様でしようか…」
そう言った。
この日の夜の寒空は、月の光もなく、ただ寒かった。
急ではありますが、作者がジャンルについての見方を誤ったことと、作品の方向性と内容から、勝手ではありますが、作品のジャンルを『戦記』から『ファンタジー』に変更させて頂きます。検索などでの混乱を招いた場合、ここで謝罪をさせていただきます。




