38 「アイスクリーム」
だいぶ、間を空けてしまいすみませんでした…。不定期になりがちですが、今後も、よろしくお願いします。
チャリッ…、チャリッ…、と鎖を鳴らしながら、ドクロの仮面、クレイジースカイホッパーの二人は闇夜を駆け抜ける。その跡には、アンチヒューマンズに関与をした人間の血に汚ごれた骸、ファンタジスタスーツの残骸が転がる。
ザッパー春雨の時と同じく、このアンチヒューマンズの足元を揺るがす行動は、様々な場所で波紋を広げる。
組織の被害報告の書類をパラパラとめくり終え、適当に投げ捨てると、ソファーに横たわりながら愛人を枕代わりに抱き、セプテンバーは傍に立つ坂本に首を向ける。
「ミスター、坂本…。ユーは、鳥村を逃がしたらしいな…。カゴから逃げた鳥は戻って来ない…」
セプテンバーは愛人の唇に触れながら、ギンッ!と鋭い視線を坂本に浴びせると、ギクッ、と彼の背中はまっすぐに伸びた。
ガクガク…、と足を震わせながら、坂本はセプテンバーの視線を逸らして、口を開く。
「申し訳ござい…」
「謝らなくて、構わん…。私が怒るのは、食べたチェリーが不味かった時だけだ…」
セプテンバーのサングラス越しの視線は、坂本から愛人のドレスから覗く胸の谷間に向けられた。
坂本は安心したのか、足の震えは止まった。だが、まだ背筋は、まっすぐに固定されたままだった。
改まって、坂本はセプテンバーに目を向ける。
「セプテンバー様…。報告にあるように、被害はすべて鎖による攻撃…。同じく、鳥村を救ったのも鎖による攻撃…。つまり、以前盗まれた鎖の新型が使われているかと…」
この報告から、セプテンバーは頭に、数ヵ月前の地獄同盟会の攻撃の際に、新型のファンタジスタスーツ二着を盗まれたことが過った。もちろん、その新型は、ケン、鳥村のクレイジースカイホッパー。
坂本の話を聞き流しながら、新型を盗んだファンタジスタスーツ(リアリティ)は鞭のような物による攻撃だとセプテンバーは思い出す。
急に撫でる手を止めた彼を見つめ、愛人は、いつものセプテンバーが考え癖が始まったと笑う。
(どうも…、ここ最近の地獄同盟会の動きには、波がある…。過去にスタイリーシリーズと『実験体』を盗んだ奴らは慎重で表沙汰にならないような動きだったが…、新型を盗んだ奴と、新型を使用した奴の動きは大胆だ…。地獄同盟会は、二つに分かれているのか…。だとしたら、何故…?)
急に考え込み、静かになったセプテンバーに、坂本はどうしたんだ…、と話すのをやめて彼の顔をジロジロと見つめる。
すると、愛人はクスッ…、と笑いながら、自分の口元に指を当てて、静かにするように促した。
それを見た坂本は、ハッ…として、姿勢を正し、口を堅く結んだ。
ゼファーナ春日は、最近、少し情緒が安定しなかった。右足の痛みと、過去のフラッシュバックの痛みが彼の神経を尖らせていた。
桜花とシフトが重なることが少なくなったレストラン、クリッパーでの皿洗いをしながら、ケンが新たなファンタジスタスーツを得て現れたことを思い出して、どうすべきか考えていた。
(なに、イライラしてんだよ…、僕は…)
皿洗いの際に、額に飛び散った洗剤を拭いながら、ゼファーナは目の前の仕事をこなす。
そして、生ゴミが入った袋を捨てに、スタッフルームのドアの前を通る。苦手なバイト先の先輩のダイゴや、彼の仲間たちの声が聞こえた。
「いやー、マジで、こないだの合コン最高だったねー」
立ち聞きするつもりはなかったが、ドアの前で、ゼファーナの足が止まった。
「ところで、ダイゴさん。今度の合コンに、桜花ちゃんは?」
「いいねー。んでもって…」
そのダイゴ達の言葉に、ゼファーナは背筋に冷えきった鉄の棒でも突っ込まれたかのようなショックを受けた。
思わず、ゴミ袋を足元に置いて、ドア越しに彼らの会話を盗み聞きした。
聞きたくもないような卑猥な単語が飛び、汚らしい下品な笑い声が耳に入るばかり。桜花を、まるで、その対象でしかないように語るダイゴの欲望がドア越しから滲み出て、ゼファーナは吐き気がした。
(こいつら…。桜花さんをなんだと…、思ってんだ…。ちくしょう…)
ドンッ!と壁を殴ってから、ゼファーナはゴミ袋を、また両手に抱えた。
「おかえりー、鼻血少年ー」
夜の11時に帰宅したアパートには、何故か、居候している名も知らない女のコルテがアイスクリームを食べながら、パジャマ姿でテレビを見ていた。
(この女も…、なんなんだよ…。いい歳して、家出か…)
おかえりの言葉を無視して、ゼファーナは黙ったまま、バイトの制服が入ったカバンを乱暴に投げて、そのまま、浴室へ向かう。
その行動がカチン!と来たのか、眉をしかめながら、コルテがアイスクリームをスプーンを握る。
「おい…、ジャリ…。おかえりーと言ったら、ただいまだろ…。なんだ、その態度、反抗期か?まったく、最近の教育は…」
「うるさい!」
ベチャッ…。
イライラが募り過ぎたゼファーナが彼女に対して、爆発したが…、コルテにアイスクリームを投げられ、顔面にヒットした。
顔中、甘い香りに包まれ、冷たくなった。なにか言おうとしたゼファーナの口が、アイスクリームで冷やされたせいか止まった。
「私に、そんな口を聞いていいと思ってのか…?バカが…、顔洗って、出直してこい…。ったく…」
アイスクリームの箱が床に落ちた。
浴室でシャンプーしながら、ゼファーナは自分の髪の毛を鏡で見る。髪の毛は、さっきのアイスクリームでベタベタしていた。
(アイスクリーム投げることないだろ…、あの女…)
そう思いながら、ゼファーナは鏡に映る顔を見た。見慣れたはずの自分の目つきが、前より鋭くなっているに気づいた。
ここ最近、こんな感じの顔つきで過ごしていたのか…、と思いながら、シャンプーを泡立てた。
こないだ、ケンに受けた右足の傷は縫ってもらい、しばらく経ったが、まだシャワーが染みる。 傷の痛みと、シャワーの勢い、そして、アイスクリームで少し沸騰していた頭が冷えたのゼファーナの張り詰めていた目つきは緩くなった。
「さっきは、ごめんなさいでした…」
髪の毛をタオルで拭きながら、パジャマのスエット姿のゼファーナはテレビを見つめているコルテに謝った。
ムッとした顔をしながら、コルテはゼファーナの方に顔を向ける。
タオルを被りながら、ゼファーナはアイスクリームまみれの眼鏡を拭く。
すると…。
「まぁ、素直に許すのは素晴らしい…、世の中、素直じゃないとな…」
コルテは立ち上がって、テレビを消し、自分のコートを羽織った。
なんだ?と思いながら、ゼファーナは綺麗になった眼鏡を掛けて、彼女が玄関に向かうの見つめる。
「コンビニで、さっきのアイスの弁償してもらうからな…、さっさと、準備しろ…」
「えっ、今から…」
「当たり前だ」
ギンッ!とした視線をゼファーナに向けて、靴を履くコルテ。
(許してもらえたが…、やれやれ…、この女…)
ため息を吐きゼファーナは、仕方なく自分のコートを羽織い、財布を握り、このまま、彼女と一緒に近くのコンビニに向かうことにした。
コンビニで買い物を終えると、彼女の機嫌はすっかり良くなった。だが、ゼファーナは思いの外、弁償の額が大きかったため、凹んでいた。
「いやー、冬に食べるアイスは最高だよなー」
大量のアイスクリーム、お菓子類が入った袋をゼファーナに持たせ、ルンルン気分で、コルテは外の冷たい空気の中で笑う。
さっき、緩くなったはずのゼファーナの目は、今度は疲れた目の色に変わった。
(本当に、なんなんだ…、この女…)
すると…、
「なにしてる、ゼファーナ春日…、早く帰るぞ」
と催促する彼女に、ゼファーナは、ハイハイ!と投げやり気味で返事をする。
(…?)
ゼファーナは、なにか変な違和感を感じた。さっき、彼女は鼻血と呼ばずに、名前で呼んだ。ゼファーナ春日と。
えっ?と思いながら、ゼファーナは寒空の中、変な暖かさを胸の奥で感じた。
チャリッ…、チャリッ…。
「見つけた…」
「ああ、見つけた…」
そんなゼファーナ、コルテの背後…。コンビニの建物の影に潜むなにかが、口を開いた。鎖の音を響かせて…。
ゼファーナ「ハー○○ダッツ、高ぇ…」




