36 「人として軸がブレている」
アイル:使用者、鳥村辰。 飛翔型ファンタジスタスーツ。 特性、背中に搭載された羽を脳波コントロールで操り、飛翔する。ただし、条件があり、長時間の飛翔は不可能で、完全に鳥になれるわけではない。ちなみに、この飛翔してる感じを書くのが難しくて困る。
秋羽隼は、イライラしていた。自分に不意打ちを仕掛け、所構わずにアンチヒューマンズに攻撃を仕掛けた、ザッパー・春雨が、どういうわけか、昨日の話し合いで、正式に地獄同盟会に迎えられたのだ。
リーダーのアルゼが、ザッパーの独断行動…、いや、暴走行為を、自分の立場で抑えつけるということで、彼を正式に仲間と認めた上に、以前の独断行動については、それなりの処分を下すとのことで済ませた。
秋羽隼は、不意打ちを受けたことに対しての怒りがあり、ザッパーを拒否し、他のメンバーにも意見を求めた。
まず、冬風カタナは不意打ちについて、おまえもしようとしてたやんけ…、今後のザッパーの動き次第と言い、彼を認めた。しかし、ゼファーナ春日は秋羽隼と同意見で、奴は子どもに手を出そうとした…、と引っ込み思案なゼファーナが、珍しく否定の意見を出した。だが、エヌアル、アルゼ、カタナが認めるとの声が多数のため、ザッパーは正式に仲間と迎えられた。
この結果に、隼、ゼファーナは苦い顔をした。
隼に至っては、アルゼのやり方、考え方に否定的になり、地獄同盟会の今後にも疑問を持ち始めた。
ゼファーナ春日の方は、ザッパーは気に入らないが、アルゼに考えがあるなら…、として、地獄同盟会の今後については、ある程度の了承をしていた。
「まだ、首いてぇし…」
首筋を抑え、いつものように、朝の職場に向かう彼。腕時計を見れば、集合時間に30分も遅刻しているが、いつものことなので、気にせずに、職場に出向いた。
すると…、その、いつもの職場に、珍しい顔が…。
「でっ!?なんで、てめぇが!?」
「おう、久しぶり…。いや、初めまして…、秋羽先輩…」
なんと、以前、スリーピングに仕え、秋羽隼と激闘をした末、現在、ライフコーポレーションで拘束されているはずの轟護の姿が…。しかも、髪型が落ち着いており、隼と同じツナギを着て、真面目に工場内で雑用の仕事をしていた。
なんで?なんで?と驚く隼の頭を、後ろから、工場長が、手に持っていた丸めた書類で叩いた。
昼食の時間になり、職場の外で、業務の女の子たちが轟を見て、キャー、キャー、と黄色い声援を送っていた。それを尻目に、隼は、轟の隣に座り、弁当を開けた。
「というわけで、俺は、ここで働くことにしたんで、そこんとこ、夜露死苦…」
そう言いながら、轟は弁当を開け、箸を割った。
「いや、説明になってねぇし!?それに、てめぇ、拘束されてんじゃねぇのかよ!?ていうか、まだ、てめぇはスリーピング配下じゃねぇのか!!」
唾を飛ばして、飛び付く隼であったが、轟は、それを無視して、職場の女の子たちからの黄色い声援に、手を振る。
「俺たちを雇った、スリーピングの代表が、新たらしい奴に代わった…」
その事実を聞いた隼は、なんだと?と驚いたが、そういえば、以前、アルゼが言ってたと思い出し、落ち着いた。
「新しい代表と、俺たちは無関係だから、自然とスリーピングは脱退…。んなわけで、あんな狭いとこから、釈放され、ライフコーポレーションから、生活の保護を受け、シャバに出た…」
ああ…、なるほどと頷く、隼。そして、落ち着いた彼はご飯を口に含むが…。
「いや、待て!!」
また、ヒートアップして叫び、口に入った米粒を、轟の顔に掛けた。
その顔の米粒を冷静に拭き取る轟に向け、容赦無く、隼は質問をぶつける。
「うるさい男だな、お前は…」
「てめぇらは、俺らと敵対してたじゃねぇか?んな簡単に、信用されるわけあるか!!」
「昔は昔、今は今…。安心しろ…。俺は、ただの一般人だ…。敵でもなきゃ、味方でもねぇ…。それに…」
急に、轟の顔つきが鋭くなり、隼は怒鳴り散らす勢いを止めた。
「ライフコーポレーションから、シャバに出してもらったのは、ある条件…、いや、あるバカの尻拭いためだ…」
鋭くなった目つきのまま、轟は弁当に箸を入れた。そんな彼の様子の変化と、言葉に茫然としながら、静まった隼も一緒に弁当に箸を入れる。
だが、一向に、轟に向ける女子たちの黄色い声援は止まる様子はなかった。
「ギャース!!」
その日の夕方…。
市内体育館には、雪乃の絶叫が響き渡る。
やっと、以前のように、藤岡剣友会には、多くの入院していた選手達が復帰し、活気が戻ってきた矢先の出来事であった。
道場には、見覚えのある胴着姿の容姿端麗な美女が正座をしていた…。その美女の姿に、道場に居る若い男たち全員が沸き上がるが…、何故か、女好きでスケベのカタナは苦い顔をしていた。
美女は、皆の前に立ち上がり、自己紹介を始めた。
「ちょりーっす!皆さん!初めまして!今日から、みなさんと汗を流すこととなりました、矢車ソウナと申し上げます!!イタリアから来ました!スリーサイズは、上から…」
なんと、ゼファーナ春日を地に伏せさせ、カタナに牙を向いた狂気と狂喜の入り交じるスリーピングの元メンバー…、ケリー・ホッパが、矢車ソウナとの偽名で、藤岡剣友会の新メンバーとなって、カタナの目の前に現れた。
以前、この偽名で現れ、いろいろと、カタナ、雪乃に波乱を起こした彼女の登場。これには、カタナだけでなく、雪乃も苦い顔をしていた。
「いや、待て!あんた、矢車ソウナとかいう、カタナの婚約者だったけど、やっぱり、違ったやろが!?」
「雪乃さん、落ち着いて!!」
中田に抑えられるが、雪乃はたまらずに、ケリー・ホッパに食って掛かるが…、オホホ…笑いであしらわれ…。
「確かに、勘違いでありましたわ…。しかし、それとこれとは、別でしてよ…。私は、純粋に剣道したくてよ…。雪乃さん…、オホホ…」
うーっ、と表情をクシャクシャにして、雪乃が唸りながら、中田の首を絞めた。
すると…、これに見兼ねたのか、カタナが前に出た。
「矢車ソウナでしたな…。以前は、いろいろとありましたな…。あんたに聞きたいことが、山ほどある…」
落ち着いた態度でのカタナの登場に、静まった雪乃は中田の首を離す。中田は泡を吹いて、床に転がり、小室から顔を叩かれた。
目の前に現れたカタナに、瞳を輝かせながら、うん!と返事をするケリー。
カタナは、なぜ、ここに彼女が現れたのか…、同時に、隼の元にも轟が現れたことについてなど…、様々な疑問があった。
しかし、それよりも、カタナが真っ先に気になっていたことについてが、口走る…。
「さっきのスリーサイズ、聞き逃したから、ワンモア!!」
真面目な表情、なおかつ、メモ用紙を片手に、カタナが言った。これに対して、他の男性陣も、右手を挙げて同意の声を上げた。
だが、中田だけ気絶して、泡を吹いた。
練習が終了し、市内体育館の外…、庭で、ケリーと顔面に生々しい傷跡の残るカタナは、二人っきりになった。雪乃から受けたカタナの傷に優しく触れようとするケリーは、片手で自分の胴着の胸元から、見え隠れする胸を寄せながら、彼の目の前に近づく…。
しかし、シリアスモードに入ったカタナは、彼女の胸元から目を離したと同時に、体ごと、ケリーから離れる。
わざと自分から目を離すカタナを見つめながら、ケリーの口が開く。
「あん…、どうしたの…、急に…、意外にシャイなの…?」
「あのな…、そろそろ、いい加減にしろ…」
シリアスな表情のカタナに、戸惑う彼女は態度を改めた。
それを見計らい、カタナが口を開く。
「あんたの弟、ケン・ホッパが脱走したのは解ったが…」
そうカタナが言うと、ケリーの顔に影が。
そして、彼女は、これまでの事情を話し始めた。
………………
それは先日のこと…。
スリーピングの元メンバー、ケリー、轟、ケンは、いつものように拘束されていた…。
しかし、以前から野望と、シュガーレスへの復讐の念で、脱走を計画していたケンは、自分の拘束室にあった、なにかの家具の金具部を変形させ、凶器にし、食事を渡しに部屋に入ってきた監視員を脅し、拘束室から出た。そのまま、ライフコーポレーションの研究室に、研究材料として保管されていた奇襲用ファンタジスタスーツを強奪。
奇襲用ファンタジスタスーツは、以前、ゼファーナ、アルゼを苦しめたほどの潜入、隠密に長けたタイプであるため、研究室内からの脱走には容易であった。
奇襲用ファンタジスタスーツは、完全に、ケン・ホッパの足跡を消し、行方を暗ませた…。
ケン・ホッパの性格を、よく知る姉のケリーは、彼を危険視した。彼の腹の底にある野心が外に解き放たれたら、今後、なんらかの問題が起きる…。
この事態に、アルゼと、ライフコーポレーションは、ケリー、轟の拘束を解除。元々、解除するはずであったが、市内のどこに潜んでいるケンの捜索に人手が足りなかったため捜索役にし、監視付きの条件で早期に。
そして、その監視役は、隼とカタナに選定。轟、ケリーに、シュガーレスの顔を晒すわけに、いかなかない。地獄同盟会のメンバーと関わりのある場所での生活をし、隼、カタナの監視下に居ることに。それで、隼の職場には轟が居て、カタナが所属する藤岡剣友会に、ケリーが現れた…。
こうして、轟、ケリーは隼、カタナの監視での行動と捜索を開始した。
ちなみに、アルゼは二人に連絡するのを忘れていたため、隼、カタナの対応が悪かった。
………………
以上の説明を、轟から飲み屋で聞いた隼は、酒で顔を赤くして、ぼやいた。
「チクショウ…、あの仏頂面女…!!ぜってぇ、マグロだぜ…」
酒のビンを片手に、ごくごくと飲む隼を、隣で静かに酒を飲みながら、轟は見ていた。
以前、酒はやめたといっていた轟だったが、今は、あの居酒屋で静かに酒を嗜む。
しばらくして、ふーっ!と息を荒げる隼に対して、轟は焼き鳥をくわえながら、自分のバッグを取り出す。中から、なにかビニールで包まれた緑色の衣類を、酔っぱらう隼の目の前に差し出す。
これを見て、隼の酔いが一気に覚めた。
「おめぇ…、これは…」
その渡された衣類を見て、隼は、轟の目を見た。
これは、以前、隼のポニーポニックと戦った際に、轟が使用したファンタジスタスーツ、『ゴッド・スピード・ユー』だ…。
轟は静かに口を開く。
「俺は、もう戦いから足を洗いたい…。だから、こいつは…、お前に…」
隼の口が閉じた。
口の中で、歯と歯がぶつかり合った。
「鳥型が!」
深夜、シュガーレスは、とある住宅街で、コルテの捜索をしていたアイルの鳥村と接触した。どこかのマンションの屋上で、二人は戦っていた。
シュガーレスが投げたナイフを、上空で避けるアイル。
「おい…、黒いの…、貴様、あの女をどこに隠した?」
外れたナイフは重力で落ち、マンションの屋上のタイルに転がり落ちる。
あの女とは、コルテのことだ…、現在、鳥村はセプテンバーの命で捜索しているのだ。以前、鳥村はシュガーレスの猛攻で、身を退いたために、人質に使うはずのコルテを放置し、結果的にシュガーレス…、ゼファーナ春日の元に。
「彼女は何者だ!?何故、彼女を狙う!」
そう叫ぶシュガーレスの様子から、鳥村は、彼がコルテの正体を知らないのと、彼がコルテを匿っているのを理解した。
「すべて、あの方のために…」
鳥村は、セプテンバーを頭に描きながら、上空で羽をはばたかせ、シュガーレスに急突進した。
来るか…!と、コダチを握り締めるシュガーレス。何故、こいつは彼女を狙っているだとの疑問を胸に、アイルの突進に迎え撃とうとした、その瞬間…。
ザクッ!
「えっ?」
鳥村のアイルは、着地した。
アイルの飛翔は、マスクからの鳥村の脳波で操られ、上空に浮くことが出来る。つまり、彼の脳波のコントロールが途切れれば、羽の動きは停止する。以前、シュガーレスから受けた激痛で、脳波が切れ、アイルは落下した。
しかし、アイルの羽の飛翔は膨大なエネルギーを使うため、鳥村の身体のカロリーを消費する。つまり、かなりの疲労が、鳥村の体に発生する。
つまり、長時間飛行は出来ないため、水泳の息継ぎのように、休み休みでなければ、飛翔は出来なかった。
アイルの飛翔が停止するのは、脳波のコントロールが切れるか、または、体力の消費により、羽が動かなくなるかでだ。
しかし、アイルが今、着地したのは、そんな理由ではない。
目の前に向かい合っていたシュガーレスの右足に、さっき、外れたナイフが突き刺さっているからだ。
明らかに、投げたのは、突進しようとした鳥村ではない。第三者が、あのナイフを拾い、シュガーレスに投げ付けたのだ。
うぐぁ…、と、左足を曲げ、足に突き刺さった自分のナイフを抜く、シュガーレス。右足から、多くの血が飛び出し、流れた。
(よりによって、ただでさえ、ダメージの激しい右足に…)
「誰だ…?」
いきなりの横槍ならぬ横ナイフに、優勢になったが、驚きを隠せない鳥村のアイルは、ナイフが飛んできた方向に首を向けた…。
すると…、そこには…。
「見つけたぁ…、シュガーレス…」
チャリッ!チャリッ!と身に付けているシルバーや、チェーンを鳴らし、『奴』がマンションの屋上に現れた…。
一瞬で、シュガーレス、アイルを沈黙させる威圧を放つ、黒い皮のブーツに、黒皮のコートにズボン…。中には、シャツなど着てなく、チェーンが、首から下の露出された強靱な胸筋、腹筋に絡み、さらには、腕も、チェーンに巻きつかれている上半身…。ズボンにも、チェーンが…。
まるで、『奴』は、アメリカのハードゲイのような姿をしていた…。
『奴』の顔には、骸骨のドクロの形をしたマスク…を被っていた。
明らかに、異質なその姿…。
しばらくすると、『奴』はマスクを外す…。
そのマスクがなくなった、『奴』の顔を見て、鳥村は驚愕する。同時に、鳥村は『奴』の名前を叫ぶ。
「貴様は、『ケン・ホッパ』!!!」
驚愕する鳥村をよそに、『奴』…、ケン・ホッパがまたドクロのマスクを被る。そして…、体に巻き付かれたチェーンやシルバーが光を放ち始める。
これは、ファンタジスタスーツの起動を顕わしている。
つまり…、ケン・ホッパは新たなファンタジスタスーツを纏い、再び…。
「ケン・ホッパ…に、鳥型…、そして、あの女…、一体、なにが…」
右足の出血を抑えながら、シュガーレスは立ち上がる。
ゼファーナ「『マグロ』って、どういう意味ですか?…、痛い!痛い!アルゼさん、首はやめて!!『マグロ』ってなに!?」




