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34 「LEVEL4」

 グチャ!!


 リアリティの拳が、安価型のファンタジスタスーツを身に付けた暴力団員の顔面に鋭くめり込む。そして、トドメと言わんばかりに、ブーツの踵で、顔面を踏み付ける。白いリアリティのスーツに、血飛沫で赤くなる。

 リアリティは、今、スリーピングから、ファンタジスタスーツを仕入れた暴力団組織のアジトに、一人で攻撃を仕掛けていた。アンチヒューマンズ開発のファンタジスタスーツ撲滅のために…。

 たった一人で数名のファンタジスタスーツを相手にするリアリティのザッパー・春雨…。その左手には、鞭…。

 鞭は、向かってくる暴力団員のファンタジスタスーツたちを叩き伏せ、その肉をはぎ取り、地面に、肉片と血が飛び散る。

 暴力団員たちは、まさに、悪夢を見ているようだった。いつの間にか、現れた白いファンタジスタスーツは、いきなり、アジトの入り口前のアスファルトの地面を裂いて、組員の前に現われ、数分もせずに、あの鞭で肉を削がれた。

 惨事と化したアジトの前…、リアリティは片手に鞭を握り…、


「この圧倒的な現実を思い知れ…、アンチヒューマンズ…」


 と言い、向かい合った、ファンタジスタスーツを着用していない暴力団員の耳にめがけ、鞭をしならせた。




「アイツのファンタジスタスーツの特性は、地面に潜り込むことだ…」


 翌日の朝、市内体育館の給湯室の畳に寝転がりながら、カタナが、隼に言う。隼は自分の首筋に手を当てながら、カタナの話を壁に背中を預けながら聞く。二人が居る給湯室の空気は、やけに重苦い感じだった。


「先日のは、俺の神速愛と同じように超高速で、いきなり現れたように見えたが、ただ単に地面を潜って、貴様の後ろの位置で、もぐら叩きのように、頭を出したわけだ…。証拠として、貴様が倒れた地面に、穴があった…」


 カタナは先日のザッパー・春雨の不意討ちを見て、そのファンタジスタスーツ、リアリティの特性に気付いた。


 それは、単純に地面に潜り込むという穴堀り能力だ。リアリティのブーツは、スコップか、鍬のように、地面を削り取ることが出来、その手袋も、地面を砕く特殊がある。たとえ、アスファルトの地面であろうが、高速で地面を堀り進むことが可能。恐ろしいのは、そのアスファルトを砕ける手袋、ブーツで攻撃されたらのことだ…。ひとたまりもない…。



「んなこたぁ、どうでもいい…。俺が言いてぇのは…」


 カタナが話し終わると、今度は、隼が口を開いた。首筋を抑えていた手を離して、隼はカタナを見つめる。

 すると、カタナは起き上がり…、


「ああ、わかってる…。ザッパー・春雨は危険…。あんな奴を送ってきたエヌアルは、相当、俺達にイラついている…」


 と言いながら、背伸びをした。




 同じ頃、アルゼの携帯電話が、彼女の部屋に鳴り響く。アルゼは、携帯電話を取ると、着信は、ザッパー・春雨からだ。


「はい、私だ、夏海アルゼだ…」

『スリーピングの息が掛かった暴力団を、一つ、沈黙させました…。もちろん、ファンタジスタスーツはすべて排除しておきました…』


 受話器からの、その冷徹なザッパーの声に、アルゼは、なにぃ!?と声を上げて驚いた。


『詳しくは、テレビのニュースで報道されていますので…。次は、その暴力団に関わったと見られる人物たちとコンタクトをとり、アンチヒューマンズの情報を…』


 アルゼは、携帯電話を片手に、テレビのリモコンを握ろうとした瞬間に、向こうから、電話が切られた。トゥー、トゥーと着信が切れたのを、受話器が知らせる。その携帯を握るアルゼの手が震えていた。


「これが、兄さんの本気…」


 携帯電話、テレビのリモコンをテーブルに置き、アルゼは窓を見た。



 兄、夏海エヌアルは、現在、留学で海外に居るが、実は向こうから、アルゼや、ライフコーポレーションに連絡をし、地獄同盟会の指揮をしていた。地獄同盟会のチームリーダーを、妹のアルゼに任せ、彼女からの報告で、アンチヒューマンズに対する地獄同盟会の動きの指揮していたのは、エヌアル。実質的なリーダーは彼だ。

 今回、ザッパー・春雨が来るのは、ゼファーナ春日を除名させるため、その代打としてだ。このゼファーナ春日を除名させる意見を投げたのは、アルゼの意見だ。

 理由は…、元々、人手不足の地獄同盟会に、急遽入ったゼファーナ春日を、これ以上、この戦いに巻き込ませないためだからだ…。

 ゼファーナ春日の今までの戦いでの失態と、エヌアルが新たな新入りを見つけたことを理由に、彼を除名させるつもりだった。

 それに、ゼファーナ春日の身体は、シュガーレスの負荷と、監視役達、ケリー、ケンとの戦いのせいか、傷だらけだった。未熟な戦い方もあって、これ以上、ゼファーナ春日を戦わせると、彼の肉体は…。

 だから、アルゼはゼファーナを除名させるつもりであったが…。



「彼の代わりが、ザッパー・春雨…。そう、これでいいんだ…。ゼファーナ春日は、もうボロボロなんだ…。彼は、ただの少年なんだ…」


 アルゼは、そう言う。

 彼女の眺めた窓の景色は、曇り空だ。




 曇り空から、次第に、強い雨が降り、ついには、雷すら鳴り始めた。

 それでも、あのザッパー・春雨の猛攻は終わらない。次々と、スリーピングと関わりを持った裏の組織や、組に攻撃を仕掛ける。アンチヒューマンズの情報が得られなくとも…、相手がファンタジスタスーツを着用しなくとも…、ザッパー・春雨のリアリティは次々と、その力で、多くの組員たち、多くのファンタジスタスーツ達の血の雨を降らせて行く。

 その血と、空から降る雨が混ざって、アスファルトや地面を赤く染めていく。

 ザッパー・春雨が降らせる真っ赤な血の雨は、数日の間、続いた…。



 この雨は、ついに…、スリーピングのあの男の耳にも入った。


「ファーイ…?まだ、娘が見つからないのに…、今度は、地獄同盟会が派手な追込みをしている?」


 都内某所の闇に隠れているスリーピングのアジト。そのトップのみが座るのを許されている椅子に、セプテンバー・ミリアが爪を磨ぎながら、体重を預けていた。

 報告してきた部下の焦る表情を尻目に、爪を息をかけるセプテンバー。


「コルテ様は、現在、あの鳥村が捜索…」

「あんなチェリーなんか、信用しておらんよ…。ウォッシュレットの水にもならない…。それに、腐ったチェリーは種しかない…」


 綺麗に研いた爪を見つめながら、セプテンバーは、部下に言い放つ。


「しかし…」


 この不遜な態度に不安を抱く、若いリクルートの部下は額から、大量の汗を流して焦る。

 そんな部下の様子に気付いたセプテンバーは、爪を見つめるのを止め、今度は、部下の方に首を向けた。今更ながらに、セプテンバーは、その部下が新顔なのに気付いた。


「おまえ、ニューフェイスだな…?名前は?よければ、君の履歴もティーチしてくれ」

「えっ、はい…!坂本佳祐さかもと けいすけです…。大学に失敗し、適当なヤクザ組に入りましたが、この組織の噂を聞き…、『あのルート』で試験に合格し、アンチヒューマンズのスリーピングに…」


 言われるがままに、自己紹介をする坂本青年の見つめながら、セプテンバーは椅子から立ち上がり、スタスタ…、と歩き始めた。

 そして、互いの鼻息がぶつかる位置まで、セプテンバーは坂本青年に近づいた。目の前に、自分より大きい背丈の筋肉質な男が、目と鼻の先に居て、どう動くべきが悩む坂本は、ただ直立不動になって、セプテンバーの鼻息を感じた。

 セプテンバーは、自分の鼻息を浴びる坂本を、じろじろと見つめる。

 そして…。


「君に聞きたいことがある…?」

「はっ、はい…」


 今度は、セプテンバーの口臭が、坂本に掛かる。


「君は、チェリーか?」

「ええっ!?」


 突拍子のないセプテンバーの質問に、坂本は、息を吸うのも苦しくなってきた。


「勘違いするな…。女性経験のことを聞いているんじゃない…。君の心のことを聞いているんだ…」


 言っている意味が解らないと思いながら、坂本は、急に足が震えてきた。ガタガタ…、と床に音を鳴らすまでに。

 自分より大きい男が、目の前に立つのだ、恐怖しないわけが無い…。


「要するに、君は、自分のことを大人だと思うか?」


 セプテンバーは、震える坂本の肩に手を置き、そう言った。

 すると…、どういうわけか、坂本の足の震えが止まった。しかも、不思議と、彼の心は、今まで、味わったことの無い安らかな平穏な気持ちとなった。

 そして、坂本は口を開き…、


「はっ、はい…、私はチェリーです…。さっきも、地獄同盟会の進撃に焦っているだけで、私はなにもしませんでした…」


 と言った。

 すると…、セプテンバーは微笑んだ。


「そうか…、気に入った!!」


 いきなり、セプテンバーは華奢な坂本の身体を強く抱き締めた。

 抱き締められた坂本には、恐怖はない。むしろ、快楽以上のエクスタシーを感じていた。

 坂本を抱き締めながら、セプテンバーは…。


「君は、大学を落ち…、ヤクザに落ち、この組織に落ちた…。つまり、君は、大学に行き、社会に貢献するのをやめ、ヤクザの世界で成り上がるのもやめ…、このアンチヒューマンズという、より巨大な物に身を任せた…」


 今日、初めて逢ったばかりの坂本の履歴について、まるで、優しい父親か、教師のように語り始めた。

 そのセプテンバーの語り口のせいか、坂本の目には涙が流れ始めた。彼にも、涙が流れた理由は解らない。だが、このセプテンバーに抱かれているということが、涙するのに値すると、坂本は思った。


「流されるだけ、流されて生きてきた君は、チェリーボーイだ…。だが、もう違う…、この私と出会ったことによって、君は、新たな人生を切り開いたのだ…。そう、この私、セプテンバー・ミリアに抱かれた瞬間、君は、チェリーを喪失したのだ!」


 そう言って、セプテンバーは、坂本の身体から離れた。

 坂本は、ボロボロと涙をこぼして、流れるだけ流れる自分の涙を拭いた。しかし、流しても流しても、涙が止まらなかった。

 小一時間、涙が止まらなかった。

 そして…、涙が止まった瞬間…。


「君には、新開発したファンタジスタスーツ、『灑淑女ヴィーナス』を与える…。この力で、派手な追込みをしている地獄同盟会の息の根を止めろ…。そして、その力で、新たな人生を切り開くのだ!!」


 セプテンバーは、涙が止まり、袖で目を拭いている坂本に、そう言った。

 袖で涙を拭くのをやめた坂本の目は、たった数時間前の弱々しく泳いでいるだけの目ではなくなっていた。まるで、百戦錬磨の空手の達人か、多くの観客を目の前にし覚悟を決めたスーパースターのような、激しいオーラを放つ両眼になった。

 もう数時間前の坂本ではなくなった。ただの弱々しい青年ではなくなったのだ。


「はっ!この坂本佳祐!『灑淑女』により、地獄同盟会の息の根どころか、その生首を、セプテンバー・ミリア様に捧げます!!」


 力強く、男らしい太い声で、坂本はセプテンバー・ミリアに誓った。




 まだ、雨が激しく降り続く頃…。

 少年は、いつものように、同級生のイジメを受け、傘をなくし、雨を浴びながら、小学校から下校していただけだった。自分しか知らない秘密の寄り道を、1人で通っただけだった。

 その時に、その光景を見てしまった。

 場所は、とあるビルの間の道。その光景は、多くの大人たちが血を吐き、顔や腕の肉が剥がれ、血に塗られ、激痛に叫ぶ姿だった。

 少年は、声を出さずに腰を抜かした。服が、雨でグシャグシャになった地面の泥で汚れた。


「本当だ!!本当に知らない!!だから、やめてくれ!!」


 安価型ファンタジスタスーツを身に纏うチンピラが叫ぶ。

 そのチンピラの首を握りながら持ち上げ、身体を宙に浮かせているのは、赤い色に染まったリアリティ…。

 その白い悪魔の姿に、少年は、思わず叫んだ。


「!?」


 背後からの少年の叫びに気付いたリアリティは、握っていた男の身体を地面に投げ、振り返った。

 ひぃいー!!と恐怖で泣き叫ぶ少年を黙視したリアリティは、静かに、少年に近づく。

 白いマスクに付いた血を手で拭いながら、リアリティは一歩一歩、歩く。


「なんということだ…。一般人の子どもに、見られてしまった…。まぁいい…」


 そう言いながら、腰が抜けて、動けない少年に徐々に迫りながら、リアリティは武器の鞭を右手に握る。


「排除」


 そして、その右手を振り上げ…。



 ザクッ!!!



「えっ!?」


 リアリティの白いマスクに、赤い血が降り掛かった。

 同時に、リアリティの右手から、鞭と、血が地面に落ちた。さっき、拭いたばかりの白いマスクには、さっき、振り上げた自分の右手から流れる血を浴びた。

 右手には、小型のナイフが深々と突き刺さり、思わず、リアリティは右手を抑え、激痛に耐えた。この見た覚えのあるナイフを右手から抜いて、地面に投げ捨てた。

 そして、再び、少年の方に、リアリティが首を向けると、そこには…、黒いマスク、黒いスーツ、黒い手袋、黒いブーツ。そして、赤いマフラーを身につけた男の姿が…。

 そう、リアリティが写真で何度か見た、あの姿…。あのファンタジスタスーツ…。

 いつのまにか、少年の前に現われた、そのファンタジスタスーツに向かい、リアリティは叫んだ。



「ゼファーナ春日…。いや、シュガァァアー、レェェェエエス!!!!」



 ギャン!と、リアリティを睨み付けながら、シュガーレスは、少年の前に立つ。そして、さっき、ナイフを投げたばかりの右手には、自分の武器、コダチを握っている。

 少年は、目の前に、いきなり現れた、その黒い姿に驚きながら、なんとか、立ち上がり、この場から、せっせと逃げて行く。

 それを見計らいながら、コダチを両手に持ち、シュガーレスは、血が飛び出す手を抑えているリアリティに迫る。


「地獄同盟会…、リアリティのザッパー・春雨に告げる…。先輩の俺に対する挨拶がなかったことから、チームの軋みを生み、チームワークを乱しているため、今から、制裁を加える…」


 リアリティは、再び、地面に落とした鞭を右手に握った。シュガーレスは、コダチを構え…、


「関係ない人まで巻き込む後輩なら、なおさら、俺は甘くない!!」


 と叫び、リアリティに向かって行った。

 コダチが雨を弾いて、光を放つ。

「あれ、もしかして、俺、このまま、やられっぱなし…」

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