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33 「Change your life」

「はじめまして…。もちろん、偽名ですが、私の名前は、ザッパー・春雨…。地獄同盟会の新入りです。よろしくお願いします。先輩方…」


 柔らかい物腰で、その身なりの綺麗な男は、アルゼ、隼、カタナの前で頭を下げた。二十歳ぐらいの男で、長身長、着ていたジーンズと、白いワイシャツが、よく似合っていた。

 彼の名前は、ザッパー・春雨…。どこかに居る、夏海エヌアルが、急遽、日本に送った地獄同盟会の新メンバーだ。

 近くの喫茶店のテーブルに、四人は座りながら、顔合わせをしていた。


「新入りね…。ああ、夜露死苦、メカドック…」


 柔らかい物腰が気に入らないのか、隼は、彼と目を合わせないで、適当に挨拶をした。


「春雨…!旨そうな名前…」


 サンドイッチを食べながら、そう言うカタナの頭を、隣の席の隼が叩く。


「お前ら、なんだ、その態度は…。自己紹介をしないか…」

「いいえ、構いませんよ…。事前に、皆様の顔と名前は知らされておりますよ…。夏海アルゼさん…」


 二人の態度に見兼ねたアルゼが口を開いたが、その新入りは、彼女を制止させた。


「しかし…」

「そういえば、あなたのお兄様から、あなたに、これを渡すように頼まれました…」

「えっ、兄さんから…?


 そう言って、彼は自分の大きなキャリーバッグを出し、中から、なにかを取出し、アルゼの目の前に置いた。


「あなたの大好きなテディベア…」

「でっ!!」


 テーブルに置かれたのは、やけに大きなサイズのテディベアのぬいぐるみだった。それを見て、顔が赤くなったアルゼは、焦りながら、そのテディベアをテーブルに下に隠した。隼とカタナが、白けた顔をして、アルゼの顔を見た。


「見たか…、カタナ…。あの俺たちを、いつも、ゴキブリでも見るかのような目で見ていたアルゼの目が、急に違うぜ…」

「まぁまぁ、隼…。俺らは可愛くないから、仕方ないだろ…。あの熊みたいに可愛かったら、俺らにも、いつも優しかったんだろうな…」


 隼、カタナは、アルゼを見つめながら、向こうにまで聞こえる声で、ひそひそ話をした。その恥ずかしさからか、顔が真っ赤になったアルゼは、席から立ち上がり…、


「お前らな…!」

「まぁまぁ…、先輩方…」


 叫び出しそうなアルゼに、横から、ザッパーが入り込んだ。それには、隼、カタナのひそひそ話を止まった。


「アルゼさんは、レディです…。可愛い物が嫌いな訳がないじゃありませんか…。アルゼさんも、テディベアが好きなくらい、恥ずかしがらなくても…」


 そう言って、この場を落ち着かせ、アルゼを冷静にさせた。隼、カタナも沈黙した。


「そっ、それもそうだ…。彼の言うとおりだ…」


 再び、席に座ったアルゼはテーブルの下に隠したテディベアを抱きながら、また冷静な態度に戻った。

 言い分は確かだが、そのキザったらしい態度が気に入らなかったのか、隼の頭に血管が浮き出た。カタナの方は、またサンドイッチを食べ始めた。


(なんじゃあ、こいつ…)


 気を悪くした隼は、新入りザッパーに対して、睨み始めた。そして、テディベアを、いとおしそうに抱きしめるアルゼにも、睨み始めた。


(いつまでも、抱いてんじゃねぇ…、アホか…)


 イライラした隼を尻目に、ザッパーが、静かにコーヒーを口に含む。どうやら、隼の視線には気づいているようだ…。


(ああ…、この子の名前は、なににしよう…。こないだの子は、『光太郎』にしたから、この子は、『良太郎』に…)


 アルゼの方は、夢中でテディベアを抱き締め、その毛並みに惚れボレしていた。



 しばらくして、喫茶店から離れた隼は、カタナの首根っこを掴みながら、駅から出た。カタナの口は、まだサンドイッチがあり、モグモグしている。


「おたくは、どう思うよ…」


 隼は、カタナに意見を求めた。


「ああ、アルゼの奴、完全に女の顔になっていたな…。あの熊になりてぇもんだぜ…」

「ちげぇよ!バカ!エロ猿!!あの新入りのキザ野郎のことだよ!」


 隼は血管を額に浮かせながら、カタナの頬っぺたを握った。その瞬間、カタナの口から、サンドイッチが吹き出て、隼の顔にかかった。

 んなこと言われても…、と、まだ手に残っているサンドイッチを食べながら、カタナは、またモグモグし始めた。

 顔を拭きながら、隼は喋る。


「気に入らねぇ…。あのメガネのガキの代わりが、あんなんなんて、イライラすんぜ…」

「そうかー、いい奴だと思うけどなぁ…」

「ていうか、マジに、あのガキ脱退させんのかよ…。アルゼの野郎、人情って奴を知らねぇか!あの冷血女…。だから、可愛くねぇんだよ…」


 唾を吐きながら、隼が言うのを、カタナは口をモグモグさせながら、黙って、ただ見つめていた。




 その夜、ゼファーナの方は、自宅アパートの前で、また寝袋に包まれていた。まだ、あのコルテが居候をしているようだ…。


「ちくしょう…、住み着く気か…、あの女…」


 奪われた自分のアパートから聞こえるシャワーの音に憂鬱になるゼファーナは、名前も知らない女のシャワーを浴びてる姿を想像してしまう自分を情けなく感じた。

 そんな想像を掻き消すため、ゼファーナは自分の携帯を取り出した。


(そういえば、最近、他の地獄同盟会メンバーから、連絡が来ない…)


 自分の着信履歴を見つめて、メンバーからの連絡のなさを気にした。なにか、あったのかと思っていると…。


「鼻血君、石鹸買ってきてー」


 彼女が浴槽の窓を開けて、ゼファーナに買い物を頼んだ。


「自分で行きなさいよ!!」


 そう言いながら、ゼファーナが、浴槽の窓の方に首を向けると、タイミング良く、洗面器が顔面に飛んできた。




 同じ頃、アルゼと新入りのザッパーは、市内にある高級レストランで食事をしたあと、その帰り道を二人で歩いていた。アルゼは、さっきのテディベアを抱き締めながら歩き、その隣に、ザッパー・春雨が歩く。


「よっぽど、そのぬいぐるみを気に入ってくれたようで…」


 街灯と、ビルの灯りしかない暗くなった夜道で、ザッパーがアルゼに、ほほ笑みながら言う。その彼の笑顔に、アルゼはドキッ!とし、顔をはにかませた。

 まるで、若いカップルのように、良い雰囲気になっている二人の背後。柱や、建物の隙間に潜んでいる、二つの影が…。


「おい…、ハヤちゃん…。マジで、やんの…。こりゃあ、プライバシー侵害って奴だぜ…」

「黙ってろ!向こうに聞こえたら、どうすんだ!!」


 影に潜んでいるのは、ポニーポニックに着替えた隼と、いつもの私服に、かき氷を持ったカタナの二人であった。

 赤い絵の具入りの児童向けの水鉄砲を持ったポニーポニックを制止させるように、カタナは言うが、イライラが溜まり切った彼には通じない様子だった。隼がしようとしているのは、その絵の具入りの水鉄砲を、新入りの顔に掛けて、バカにしてやろうという、ポニーポニックの悪用だった。

 無理矢理、付き合わされたカタナは、やれやれ…、とかき氷を口に入れている。


「にしても、あの新入りちゃんと、アルゼちゃんは、いい感じやね」


 かき氷を救うストローのスプーンをくわえながら、カタナが言う。水鉄砲の試し打ちを、壁にしながら、隼が、だから、なんだと言う。

 カタナの言うとおりに、テディベアを抱え、ザッパーと歩く、アルゼの顔は、今まで、メンバーのみんなに見せたことのないまでに、柔らかい感じの良い笑顔だった。


「アルゼも、いくら冷静ぶっていても、女の子だし、あんな、いい男が居れば…、そりゃあ…」


 こんな感じで、カタナが、ベラベラと喋っていると、何故か、急にムキになった隼が、水鉄砲をカタナの顔に向けて放った。

 水鉄砲に驚いたカタナは、持っていたかき氷を地面に落とした。かき氷が落ちた瞬間、絵の具で赤くなったカタナの顔が、更に赤くなった。


「さっきから、うるせぇぞ!エロがっぱ!!欲求不満なら、フーゾクか、ソープ行け、万年発情期!!」

「なにするんじゃあ、ハゲ!!家帰って、その頭が真っ赤なるまで、風呂入って、蒸されて、ゆでタコなってまえ!」


 イライラがクライマックスになった隼と、かき氷を台無しにされて怒ったカタナが、互いに、首根っこの掴み合いの言い争いを始めた。

 互いに、罵詈雑言を飛ばしながら、おでこをぶつけ合い、互いの足を踏み合いながら、醜い言い合いをする二人であったが…。


「なにを、やっているのでしょうか?先輩方…」


 言い争う二人の間に、槍を刺すように、違う声が飛んできた。

 あっ!?と驚きながら、二人は、その声の方向に首を向けた。

 首が向いた方向には、アルゼと、ザッパーの二人が…。隼、カタナの罵り合いの声がデカすぎたので、気づかない方が無理なようであった。




「最初から、こーすりゃあ、良かったんだよ…」


 そう言いながら、壁にもたれ、ガリガリ君を食べるカタナに狙いを定めて、隼は水鉄砲を打った。今度のは、カタナは避けた。

 隼、カタナ、アルゼ、ザッパーは、さっきの場から移動し、廃墟が近くに立つ空き地に居た。隼はポニーポニックの姿のまま、新入りのザッパーと向かい合う。その二人を、遠くから、ガリガリ君を持ったカタナと、テディベアを抱くアルゼが見つめていた。

 どうやら、ザッパーが気に入らない隼は、見つかってしまった、その場で、一対一での対決を、彼に申し込み、このまま対決という形になったようだ。

 隼は地面に水鉄砲を試し打ちをしながら…、


「オラ…、さっさと、てめえのファンタジスタスーツ、出してみろ…、コラァ…。てめぇに、先輩に対する敬い方を教えてやる…」


 ザッパーに対して、威嚇的な言葉を投げた。

 これに対しても、ザッパーは、あくまで、笑顔を絶やさず、はい、と素直に返事をして、持っていたキャリーバッグを片手に、ファンタジスタスーツに着替えようと、廃墟の隅に向かって行った。


「なんだ、今日の隼は…、なんで、あんなにイライラしてる…」


 そう言いながら、アルゼは、テディベアを近くにある廃材に座らせて、カタナが持っていたガリガリ君を奪い、噛った。すると…。


「さぁな…、でも、男って言うのは、胸に何か引っ掛かると、行動せずにはいられないのさ…。ていうか、俺のガリガリ君、返せ」


 カタナのその言葉は聞いて、アルゼは無言になった。そんな彼女の目を、カタナは、静かに、見つめていた。


(あんな、キザなヤサの青二才が、仲間だと…)


 ポニーポニックのヘルメットの奥の瞳を横にして、アルゼを睨みながら、考え始めた。


(確かに、あのメガネのガキは、アンチヒューマンズに因縁はねぇ…。だが、エヌアル代わりで拾ってきて、今まで、働いてもらってきたのに、新しい奴が来たから、ポイ…。戦わせなくとも、他にも働いてもらうことだって、出来るだろうがよ…。あの女の血は、何色だ!?)


 そう考えながら、隼は水鉄砲を眺める。


(新しい仲間が、いい男だから、浮かれてんのか?あの女…)



 ガゴッ!!



 秋羽隼が、水鉄砲から、またアルゼに視線を変えた瞬間の一瞬の出来事だった。秋羽隼の意識が、吹っ飛んだのは…。

 それは、あまりにも、綺麗なまでに、わかりやすい不意討ちでだった。油断していた秋羽隼の頚椎を強打し、彼の意識を奪ったのは、この綺麗なまでの不意討ち…。こんな不意討ちをしたのは、誰でもない…。

 そう…、あの新入りのザッパー春雨…。


 シュガーレスと似た形状の鋭利で無機質なマスクに、その鍛え上げられた身体にボディに密着した白いボディスーツに、白い手袋、ブーツ…。この白い姿こそが、新入りのザッパー・春雨の使用するファンタジスタスーツの『リアリティ』…。接近型の格闘用のファンタジスタスーツ…。


 リアリティを纏ったザッパーは、隼の背後を決めた。

 地面に伏せる隼。それを見下すように、見つめるリアリティのザッパー。この光景を呆然と見つめる、カタナと、驚きのあまり、手からは、ガリガリ君を落としたアルゼ。


(バカな…、見えなかった…。高速移動…、俺の『神速愛』と違うみたいだが…。これは…)


 いつまにか、隼に背後に現れたザッパーに対して、驚異を感じるカタナ。額から、汗が流れる。

 地面に伏せた隼の近くに立ちながら、リアリティのザッパーは、首の向きを、隼からカタナ、アルゼの方に変えた。


「先輩方…。どうです?僕のリアリティ…。すごいでしょう…」


 相変わらずの柔らかい感じの口調で、ザッパーは話す。


「なんか勘違いしてるみたいだから、言いますが…。僕は、ゼファーナ春日の代わりでなんかありません…。ゼファーナ春日、シュガーレスは地獄同盟会に居ようが、居まいが、どっちでもいいと、エヌアルさんは言いました…。この際だから、申し上げます…。僕が来たのは…」


 固唾を飲んで、腕を組むカタナに、アルゼを近づくザッパー…。そして…。


「貴様らが、スリーピングなんぞに、モタついて、肝心のアンチヒューマンズを潰せずにいるから、スタイリーシリーズ最強の圧倒的な力を持つ、リアリティを与えられ、来ました…」


 アルゼの落としたガリガリ君が溶けて、液化し、木の棒だけが出てきた。その棒には、『ハズレ』と、大きな表記されていた。


「先輩方…。あなた方の無力さを理解下さい…。現実を受け止めてください…」


 ザッパー・春雨。

 ファンタジスタスーツ、リアリティを身に纏い、漆黒の闇の月夜に立つ。

ザッパー・春雨:20歳。大学生。アンチヒューマンズ対策に現れた地獄同盟会の新入り。 性格、表向きは、社交的な美青年ではあるが…。 使用ファンタジスタスーツ、『リアリティ』。武器不明。

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