03 「I Should Be So Lucky」
「てめぇ、また遅刻か!!」
五十代前後のつなぎを着た男性が、スキンヘッド頭の秋羽隼の顔を見て叫んだ。
スキンヘッドを撫でながら、彼は、工場の壁にある時計を見てみた。
時計の針は、午前9時15分を示していた。
「自動車を直す輩が、35分以上も遅刻してんじゃねぇ!!」
と、工場長である示しとして、男性は叫ぶ。
すると、秋羽隼は…。
「いや、45分の遅刻だよ、工場長。10分も間違えないでよー、はははー」
「わかってんなら、早く来い!!」
と、もう若くない工場長の血圧を上げる真似しかしなかった。
「あっ、阿部さん、おはようー!昨日、公園に居なかった?」
血圧が上がっている工場長をよそ目に、隼は、もう車の修理をやっている他の整備士に軽めな挨拶を投げていた。
「あいつは、本当に、調子が狂う…」
と言いながら、工場長は、呼吸を落ち着かせ、自分の血圧を下げる努力をした。
「今日、バイク事故があったらしいぜ。ひったくり犯のらしいが」
「ああっ、さっき、来たお客さんが言ってたなー」
昼休みになり、同じく、工場で働く仲間達の会話から、そんなことを隼は聞いた。
配達で届いた弁当を、バクバク食べながら、彼は、ふーん…、と言った。
(しかし、昨日、真夜中にアルゼの奴、長々とした内容の連絡よこしやがって…。今、ファンタジスタスーツが流失している…、どんな細かい事件にも、細心でチェックしろ…、だと、偉そうに…。AHに恨みがあるのは、てめぇだけじゃあねぇんだよ…)
と、梅干しを口に含みつつ、隼は回想する。
(昨日の強盗事件をやったのは、あの金を貸せって言ったら貸さねぇ、融通の効かない眼鏡小僧…)
『こないだ、貸した2万円、早く返して下さい…。生活費が苦しいんです。定職に就いているあなたと違い、こっちは、フリーターで、未成年だから、いろいろ厳しいのです。お願いですから、早く、お金を返して下さい。ていうか、貸したお金で、アダルティなビデオや、パチンコに使わないで下さい…。 by ゼファーナ・春日。 ps.来週まで、返してくれないのなら、あなたを返す気なしとみなし、駆逐する…』
数時間後、こんな内容のゼファーナのメールが携帯に届くのに、まだ秋羽隼は気付いていなかった。
(アンチヒューマンズ(AH)を、ぶっ潰すのは、この俺の『ポニー・ポニック』だ…)
と、食べ終わった後の弁当の割り箸を、ベキッ!と片手で割った。
それから、しばらくした夕日が沈み始めた午後…。
気のせいか、どこからか、香るカレーの匂いと、遊び疲れ、夕日が沈み始めたので、家に帰ろうとする子供たちの声。
それらを、緩やかに流れる川を遠めで見つめながら、耳に入れている男が居た。
その男は、明らかに妙な姿をしていた。
頭に、まるでバンダナのように包帯をグルグルと、髪の毛が少しはみ出るくらいに巻き付け…。
服装は時代遅れで、今時、私服で着る人は居ないと言えるような着物。
しかも、腹帯を巻き、左の腰には木刀が一本あった。
足には、草履で、明らかに、タイムスリップでもしてきたような見た目の男であった。
しかし、顔立ちは端正だ。
男は、ぼんやりと、川の流れを見つめていた。
そして、一言…。
「さすがに、一週間も、飯を食わないと、体が辛くなるものだ…」
と言った…。
彼の名は、『冬風カタナ』…。
そう、地獄同盟会の一人である。
「…」
キッチン用の作業服のゼファーナは、思わず、目を見開いたまま、ボーッ、としてしまった。
バイトが始まり、開店前の挨拶でだ。
「初めまして」
と、店長の隣で凛とした表情で、目の前で並んでいるアルバイトのみんなに、挨拶をする女性に、ゼファーナは視線を奪われた。
「桜花蘭と言います。南東華女子大学に通っています。どうか、お見知りおきを」
と、その女性は自己紹介した。
以前、ダイゴが言っていた新しくバイトに入った彼女の美しさに、バイト先の男たちは、騒ぎ始めた。
ゼファーナに限っては、何故か、身動きできないほどに、凍りついていた。
「おう!よろしくね!」
と、真っ先に挨拶を返したのは、やはり、ダイゴであった。
彼のたるんだ表情に、隣で並ぶヤヨイは軽蔑の視線を送っている。
彼を筆頭に、他の男共も、一気に挨拶をしている。
「なにか、わからないことがあったら、聞いてください!」
「僕、こう見えて、(通信)空手やってるんで、よろしくお願いします!」
「俺、1号から、Blackまでの変身ポーズ出来るのが自慢ですから、よろしく!」
「なんの自慢だ!」
と、男たちの虚しい自己アピールが彼女に投げつけているのを、他の女性陣は引いていた。
この男たちの慌てぶりに、彼女は…。
「皆さん、賑やかですね」
と、笑顔で一言言う。
(おうか、らん…)
ゼファーナに至っては、彼女を見つめて、名前を心の中で復唱していた。
「ん…」
その彼女が、ゼファーナの方に視線を向けた。
居眠り中に起きるような体のビクッ!とした動きを、思わず、ゼファーナはしてしまった。
そして、彼女から、目を逸らした。
「はいはい!自己紹介は、後にして、開店するぞー!」
と、呆れた態度で、店長は髭を撫でながら、みんなに呼び掛けた。
そして、皆、開店の準備に向けて、それぞれのポジションへ向かって行った。
(おうか らん…)
ゼファーナは、頭で何度も復唱して、作業へ向かいつつ、視線を彼女に向けた。
「お疲れさまですー」
と、ゼファーナは閉店前に、今日のバイトを上がった。
明日は、朝から、別の日雇いのバイトが入っているため、少しでも、部屋で寝ておきたいからだ。
「いいかげん、秋羽さん、二万返してくれよ…」
と、愚痴り、スタッフルームに誰も居ないのを確認しつつ、自分のロッカールームを開け、カバンを取り出し、男女兼用の脱衣所に入った。
チラッと、ゼファーナは自分のカバンを開き、あの仮面とスーツがなくなってないかを確認した。
バイトの時は、シュガーレススーツを脱いでいる。 作業着の上から着たら、隠せないからである。
彼は、昨日の件から、バイト終わり、脱衣所で着替える時は、普段着の下にスーツを着るようにした。
普段着を、長袖にしているのと、スーツが薄いため、見た目では、中にスーツを着ているのが解らない。
これからは、忙しくなると感じた彼は、普段から、スーツを下に着ておき、緊急時に、普段着を脱ぎ、マスクと手袋、ブーツ、マフラーを着けるだけになるように、心がけ始めた。
ちなみに、夏場は、半袖になるため、スーツを下に着れないから、そのときになったらで、スーツに着替えるしかない。
このように、スーツを下に着てから、普段着に着替え終わったゼファーナは、カバンを持って脱衣所から出た。
(それにしても、おうか、らんって女性…)
と、今日から入った彼女のことを、頭に浮かべていた。
そして、チラッ…、と彼女のロッカールームに目を向けた。
(桜花蘭って、書くのか…)
と、思っていると…。
ガチャッ!
!?
いきなり、スタッフルームのドアが開いた。
ゼファーナの心臓が、止まりそうになった。
「あっ、お疲れ様です!」
と、現れたのは、桜花蘭本人であった。
彼女の名前を確認した途端に、その彼女本人が現れてしまい、ゼファーナは、思わず、舌を噛んでしまう。
しかし、おかげで、少し冷静になった。
「お疲れ様です…」
と挨拶したが、無愛想なアルゼとしか、女性と話したことがないゼファーナは緊張した。
早く帰ろうと、スタッフルームのドアに向かって行くが…。
「そういえば、あなただけ、名前聞いてなかったけど…」
と、彼女が聞いてきた。
これにより、ゼファーナの足が止まった。
女性から、名前を聞かれるのは、本当に、あの可愛げのないアルゼ以来だからだ。
「ゼファーナ・春日…」
と、舌の痛さに耐えながら、名前を言った。
「変わった名前ね。今日は、もう終わりなの?」
そう彼女は返した。
「はい…」
「あたしも。なんか、こういう接客ていうの、初めてだから、緊張するわ」
と彼女は、ヘアバンドを外して、まとめていた長い髪の毛を解きながら言った。
その仕草に、ゼファーナはドキッ!した。
そんな精神状態を抑えつつ…。
「そのうち、慣れますよ…。それじゃあ、失礼します…」
「あっ…」
と、ゼファーナは逃げるように、挨拶をし、そそくさと、スタッフルームから出た。
彼女は、そんな彼を目を見開いて、ぽかん…、としていた。
ヘアバンドを口でくわえつつ、髪の毛を指で撫でながら…。
「変な子…」
と、彼女は呟いた。
「なにを、慌てているんだ!俺は、僕は、私は!!」
まるで、万引きした中学生のような状態の駆け足で、ゼファーナは店から出て行った。
こんな風になるのは、初めてだと感じながら、ゼファーナは駆け足で街中を走る。
「あの女性は、僕と違ってて、人当たり良くって、笑顔が素敵で、綺麗で美人で、学校にも通って…」
と、無我夢中で自分を落ち着かせていると…。
「学校、大学…?」
急に、ゼファーナの足が止まった。
「彼女、確か、南東華大学って…」
その大学の名前が、ゼファーナの頭を急に冷却させた。
「確か、最近、ニュースで…」
すると、ゼファーナは、ハッ!とした。
翌日の昼下がり。
女子大学の南東華大学の木陰に、シュガーレススーツのゼファーナ・春日が潜んでいた。
そして…、携帯電話を片手に…。
「夏海アルゼに告げる…。盗撮、盗難事件現場、南東華大学に到着。メディアでの被害者の証言などから、加害者はファンタジスタスーツ使用者の可能性があり。ゼファーナ・春日、シュガーレス、犯行現場を目撃次第、加害者を、手加減、容赦なく蹴散らす。僕は甘くない…」
夏海アルゼ:19歳。大学生。性格、可愛げなし、無愛想、業務的、心のオブラートが破れているような喋り方、怖い(ゼファーナ談)以外、不明。使用ファンタジスタスーツ、不明。武器、不明。




