32 「ドミノ」
「いいか、ゼファーナ春日…。部屋のドアをあけたら、彼女に、ここは俺の部屋だ!出ていけ!と言ってやるんだ…。言える…、俺なら言える…、俺は、シュガーレス・ゼファーナだ…」
全然、安眠出来なかった寝袋から出てきたゼファーナは、コルテに奪われた部屋のドアに手を当てて、ぶつぶつと、なにかを言っていた。どうやら、部屋を奪い返そうとしているようだ。
しかし、部屋を開けた瞬間、ただでさえ、散らかっている自分の部屋が、あの傍若無人な女のせいで、さらに、メチャクチャになっていたらどうしょう…、と心配していた。同時に、ベッドの下に隠している、秋羽隼と、冬風カタナから、(無理矢理)渡されたエロ本が見つかったら、どうしょう…。
そう考えてると、彼の胃がキリキリ…、と締め上げられて行った。
それどころか、このドアを開けた瞬間、エッチな漫画のように、全裸の彼女の姿が出てきたら、どうしょうかとも悩んでいる…。
すると…、ガチャッ!といきなり、ドアが内側から開いた。
「ぎゃっ!!!」
驚く、ゼファーナ。
そして、ドアの向こうは…。
「意外だ…」
ゼファーナは、前よりも広く感じる部屋の真ん中で、テーブルの前に置かれた、焼き魚と、味噌汁、ご飯を用意したエプロン姿のコルテを見つめながら、そう言った。
昨日まで、散らかっていた自分の部屋が、嘘みたいに綺麗になっていた。カビで悩んでいたキッチン、風呂場が綺麗さっぱりになっており、脱ぎっぱなしにしていた自分の服は見事にたたまれており、ゴミで溢れ返っていた場所の壁の日焼けを見ながら、あんな真っ白だったんだと、思っていた。
なにより、この何年ぶりかに見た朝食…。
これらをすべて、あの傍若無人な彼女がやったのか…?と目を疑う、ゼファーナ…。
「汚い部屋の男ほど、モテないって本当ね…」
そう言いながら、勝手にゼファーナの私服を着た彼女は、エプロンを取った。
自分の部屋の掃除といい、窓に干されている服といい、この朝食を作ったのが、彼女だと信じられないゼファーナは、ポカーンとしながら、味噌汁を啜る。人は見た目や、態度だけじゃわからないもんだと、ゼファーナは思いながら、インスタントじゃない味噌汁の旨さを感じる。
彼女は、テーブルに正座で座り…。
「ところで、大事そうにしてた『アレ』は捨てておいた…」
「アレ?」
焼き魚を食べているゼファーナに向かいながら、彼女は言った。
「ベッドの下にあった、『反逆のエッチなお姉さん』、『エロエロトランザム』…」
ゼファーナの喉の奥に魚の骨が突き刺さった。
「にしても、なんて、殺風景な街…」
朝食を終え、テーブルの食器をそのままにし、いきなりに街中に飛び出してきた彼女を追う、ゼファーナ。家事が出来るのは意外だったが、相変わらずの傍若無人ぷりが鼻に付いているゼファーナだったが、肝心の彼女は何者なんだと思っていた。そして、どこから来て、何故、ファンタジスタスーツに襲われたのか…。
「あんた、名前…」
ぶらぶらと街中を歩き、そこら辺の街並や、自動販売機や、店を見渡している彼女に、ゼファーナは名前を訪ねてみたが…。
「なぁ、鼻血君。この自動販売機に売られてるのって…、もしかして…、コン…」
「だぁ!!それに、ツッコむなぁ!!」
彼女の目に、たまたま入った、ある特殊な中身の箱が並べられた自動販売機を、ゼファーナが身体すべてを使って隠した。これでは、名前を聞くどころじゃないと…、ゼファーナは思った。
「鼻血君は、お堅いな…。このぐらい、ギャグだろ…」
「下ネタが嫌いなんですよ!」
自動販売機を身体全体で抱きつくようにして、隠しているゼファーナを見て、彼女が笑う。
「それに、僕は…、鼻血君じゃなく、ゼファーナ春日だ…」
このタイミングで、自己紹介をしたゼファーナ。
だが…。
「だから、なに?はなぢ君」
あしらうように、彼女は、ゼファーナの名前を聞き流した。
マジで、何者だよ…、この女…。と、自動販売機に抱きつきながら、ゼファーナは血の気が引いた。
そして、更に血の気が引く出来事が発生してしまった。
ざわざわ…と、街中のアーケードにある銀行の前。そこに、警官たち、パトカーが並び、多くの野次馬たちの輪が出来ていた。その野次馬たちと一緒に立ち並ぶゼファーナは、唖然と口を開けて、放心状態になっていた。
なにが、どうなれば、こうなるのだろうか…。本気で、ゼファーナは考えた。
それは、彼女が、トイレに行くと言ったので、数分ぐらい、目を離した瞬間だった。
「車を用意しやがれ!」
「その女性を離しなさい!!」
「おー、こんなテレビドラマみたいなことがあるんだなー」
なんと、彼女は、たまたま、通りがかった道で、パンストを被った一人の銀行強盗に運悪く掴まり、包丁を背中に突き付けられ、人質となっていた。しかも、ヒートアップする犯人をよそに、何故か、冷静だ。
「ギャース!なんだ、この展開は!?」
パニックになるゼファーナは、頭を抑えた。
百歩譲って、この現状を理解するとして、どう対応するかだった。一応、自分の部屋を掃除してくれた、あの女に、もしものことがあったら…。そう思うと、ゼファーナは、すぐにでも、シュガーレスで駆けたかった…。
しかし、こんな公衆の面前で、ファンタジスタスーツを公開するわけには…。
だから、ゼファーナは動きたくとも動けなかった…。
(どうするよ…、このまま、傍若女を見殺しに…)
心配するゼファーナはよそに、彼女は…。
「すごい人盛りだなー」
「動くんじゃねぇ!!!本当に刺すぞ!!」
あの冷静な態度が、逆に、パンスト被りの犯人を刺激した。刃物が、キラッと光を放った。いまにでも、刺しかねない犯人の刃が、彼女の背中に迫る。
(やばいよ、これー!うわー、なんか、泣きたくなってきたー!!)
取り乱して、頭を振り回すゼファーナ。
そんな彼を神は見捨てなかったのか、ゼファーナの目に、ある物が入り込んだ。
「なっ、あれは!?」
ゼファーナは、思わず、駆け出した。
(こーいうときって、アレだよね…)
包丁を突き付けられながら、コルテは物想いに更けていた。後ろのパンストの強盗の叫び声が雑音にもなっていないくらいに、物想いに更けていた。
(格好良く、運命の王子様が出てたりして…。この後ろのパンストを、あっという間に打ちのめして、私を助けてくれたりするんだよね…)
そんなことを考えているコルテの後ろ、パンストの強盗が、急に取り乱し始めた。
「なんだ、てめぇー!!?」
「ん?」
正面の何かに対して、急に態度が変わった強盗。それに気づいたコルテは、意識を現実に戻して、正面を見た。
そこには…。
「俺、参上…」
パンダが居た。
その場に居た警官たち、野次馬たち、強盗が唖然とした。
コルテは、目を丸くした。
皆を沈黙させたパンダ…、いや、正確には、なんかのイベント用のぬいぐるみを、街中で見つけ、それをシュガーレススーツの上にして着たゼファーナが、強盗の近寄る。
(それにしても、シュガーレスの上に、パンダはキツい…)
猛暑の中、シュガーレスパンダは、強盗に近寄りながら、足元から拾った石を投げつけた。
カツン…
シュガーレスの力で投げ付けられた石は、パンスト頭に命中し、気絶させた。刃物が地面に落ちた。
「今だ!」
強盗が地に伏せた瞬間、シュガーレスパンダは、呆然としたコルテの手を握る。
その瞬間…。
(あっ…)
コルテは、シュガーレスパンダのゼファーナから、手を握られた瞬間、妙なときめきを胸に感じた。
(これって、もしかして…、運命の…)
コルテの手を引いて、この場から離脱するシュガーレスパンダ。
その手に、運命を感じた、コルテ…。
「あなた、何者…?まっ、待って!!」
警察や野次馬を巻いた、シュガーレスパンダと、コルテは、どこかの建物の影に隠れていた。だが、シュガーレスパンダは、なにも言わず、彼女に背中を向け、静かに立ち去る。
あの状況から、一瞬で、自分を救ったパンダ…。そのパンダに運命を感じ、去って行く後ろ姿を、コルテは、ただ見つめる。
そして、彼女は…。
「もしかして、私の運命の王子様…?」
顔を赤くして、去って行くパンダを見つめるコルテ…。
だが、そのパンダの中身が、あの鼻血君なのを、彼女は知る由もなかった。
(なんだ…、今日は…。僕のキャラが…)
このあと、シュガーレスは丁寧に、パンダを元の場所に返しました。
織部コルテ:23歳。歌手。 性格、我が道を往く。 セプテンバー・ミリアの義娘。




