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31 「Toyboy」

 さぁ、掛けたまえ…。


 セプテンバーは、目の前に立つ鳥村を向かう席に座らせる。見慣れぬミラーボールの光に熱狂する若者たちと、聞き慣れぬ音楽…。すべてに、注意を払いながら、鳥村は座る。

 元代表を沈黙させたセプテンバーから呼び出された鳥村は、細心の注意だった。私服と変わらない、アイルのファンタジスタスーツのパーカーの中には、起動のマスクが隠されていた。


「元代表は、私が始末した…。君には、コルテを返してもらいたかったが、さっきの君の話が本当なら、我々の敵は…」


 片手にグラスを持ちながら、鳥村の目の前に、あの血の付いた元代表の携帯電話を差し出す。

 彼の元代表始末は、嘘ではない…。

 鳥村が、そう思うのは、血の携帯電話が証拠になってるからではなく、セプテンバー・ミリアの肉体から放たれるオーラ…、その存在感が、元代表の始末を雄弁していた。

 鳥村は、こんな圧倒的ななにかを持つ男、セプテンバー・ミリアに反逆した。今、この場で殺されても、自然な流れだとも言いたくなる行為をした。だから、鳥村は死を覚悟していた…、はずだった…。

 このセプテンバー・ミリアは不思議だった。携帯電話で、彼の声を聞いた瞬間、鳥村は恐怖した。なのに、何故だか、すぐに恐怖は消えた…。この場に来いと言われた時、逃げることが出来たはずなのに…。

 鳥村は、このセプテンバー・ミリアと、敵対するはずだった…。

 なのに、今は違う…。

 鳥村は安心してしまうのだ…、このセプテンバー・ミリアの近くに居ると…。それを恐怖に思うことなのか、なんなのか、複雑に入り交じる気持ちが生まれていた。

 鳥村は、どうするばいいのか解らなかった。このまま、コルテを攫ったことに対しての罰を受けるべきなのか…、それとも、逃げるべきなのか…。

 しばらくすると、また、セプテンバーは口を開いた。


「君の話では、コルテは、組織に戦いを挑んでいる哀れな地獄同盟会とかいう、ネーミングの可哀想なチームに奪われたとか…」

「ああ、元代表にはぐらかされたとは言え、あなたの大事なコルテを攫ったのは、僕の犯した罪だ…、殺すなら、殺してくれ…」


 鳥村は、思わず、ごく自然に自分の反逆を認めた。彼は、勝ち目を感じない戦いはしない。だが、死に場を求めたりもしない。一瞬の隙をついて、マスクを被り、逃げる…。

 つもりだった…。


「気に入った!」


 それは、予想外の行動だった。鳥村は、セプテンバーからの一撃を待つはずだった。

 しかし…、セプテンバーは、ソファーから立ち上がった。


「自分の過ちを認める…。当たり前だが、最近の青二才共のソウルチェリーボーイたちは、それが出来ない…。素直な人間こそが、この現在社会に生き残ればいいのだ…!!」


 そう両腕を上げて、セプテンバーが力説する。それを、鳥村が唖然とした顔で見つめる。


「しかし…!謝罪なら、誰にでも出来る…。重要なのは、自らの罪を、自らの力で拭い去ることだ…。それが出来る人間こそが、選ばれし人間…。そう、この私、セプテンバー・ミリアのような…」


 セプテンバーは上げた右腕を、鳥村の目の前に差し出し…、こう言った…。


「ミスター、鳥村…。男は度胸!大きな物には…、逆らわなくてはな…。この私にならないか!?」


 鳥村は、この世のすべての時間が止まったような…、登ったことはないが、あの富士の山、いや、エベレストの頂きに立ったような…、不思議にして、単純ななにかを手に入れた、エクスタシーにも似た感覚に襲われた。

 その感覚は、鳥村の脳が判断する暇も与えずに、自分の両手を、セプテンバーの右手に握らせた。




「今日の仕事が終わったら、バカンスのつもりだったけど、少し早まったってことでいいや…」


 鳥村が、セプテンバーの手を握る数時間前…。倉庫から出たコルテは、自分の身体を伸ばしながら、ほこりではなく、夕陽を浴びた。

 鼻血が止まったゼファーナは、一応、彼女の近くに居た。また、あの鳥のファンタジスタスーツが襲ってこないようにと、何故、拉致されたのかを訊ねるために…。しかし、いきなり鼻を殴られたのだ、印象が悪かった。


「鼻血君…。あんたよ、あんた…。あんた以外、この場に居ないだろ…」


 コルテが、ゼファーナに指を差して呼ぶ。気弱なゼファーナだが、さすがに、ムキになった。


「誰が、鼻血君ですか!?」

「じゃあ、ノーズブラッド君…」

「英約すな!」

「うっさい…」

「うるさい?殴った相手に、うるさいと言うのか、あんた…!?」

「うっさい…、うっさいのパパだけにしてよ…」


 コルテは、髪の毛を叩いて、まだ残っているほこりを出しながら、口を開き。


「この近くに、銭湯とかないか…?身体が、ほこりまみれで、あんたみたいに気持ち悪い…」


 これを聞いたゼファーナの鼻の穴が、怒りで広がる。同時に、鼻の穴の傷も広がり、また鼻血が出てきた。

 カタナじゃ、あるまいし、と思いながら、ゼファーナは鼻血を手で抑える。




 その翌日の朝…。

 通勤ラッシュが去り、人気が少なくなった、某市内の駅改札口前には、あの着物姿のカタナ、つなぎを着た隼に、いつものジャージ姿ではなく、リクルートスーツを着たアルゼたちの姿が。そして、この場には、ゼファーナの姿はなかった。

 こんな朝早くから、収集をかけやがって…、隼はベンチに座りながら、タバコを口にくわえながら、アルゼに文句をぶつけていた。

 すると、ベンチの近くに立っていたカタナが、隼が口にくわえたタバコを手で奪い、クシャクシャに握り潰した。

 隼が、そんな彼を睨み付ける…。


「なにすんだ…、てめぇ…」

「ここは禁煙だ…。それに、俺は、タバコの煙は嫌いだ…」


 文句ばかりの隼の前で、カタナは壁に貼られている禁煙のポスターを叩く。けっ!と床に唾を吐いて、隼はカタナを睨んだ。

 何故か、珍しく、二人はイライラしていた。隼は、別に愛煙家ではない。なのに、この日に限ってはタバコを口にした。

 そんな二人を横目で見ながら、アルゼが口を開く。


「ゼファーナ春日は…、ケリー・ホッパ時に苦戦…。さらに、ケン・ホッパ時には辛勝したとはいえ、ホテル、道路を器物破損し、シュガーレススーツを半壊させた…。未熟な彼と、不完全で能力が解明されていないシュガーレスのスーツを知った兄、エヌアルの判断なら、彼の代わりを送るのは、当然だ…」


 眉をしかめて話すアルゼの背中を睨みながら、今度は、隼が口を開く。


「そういや、誰だっけ?犬が来なかったら、確実に、襲われてた、ファンタジスタスーツを用意してなかったマヌケは?」


 ぶちっ!と頭の血管を鳴らしながら、アルゼは、隼の方を振り向いた。わなわなと拳を震わせて、アルゼが隼を睨む。


「貴様…、侮辱もいいかげんにしろ…」

「なんで、あのメガネのガキを除名して、いまさら、新しい奴と仲良くならなきゃなんねぇんだよ!」


 飛びつかんとばかりに吠える隼の胸を片手で抑えながら、今度は、カタナが口を開いた。


「アルゼ…、正直、このハゲ頭と同意見だと言いたいが、元々、ゼファーナ春日は…、彼は無関係だ…。俺たちと違い、組織に因縁はない…。彼を除名する、君の判断は正しい…」


 カタナの意見を聞いて、少し冷静になったアルゼは、また振り向いた。

 同様に、隼の方も少し冷静になり、ベンチに座って、また口を開く。


「それは解ってんだよ…、だがな…」


 隼はベンチの上で、両手を握りながら震わせた。そんな彼の様子を、カタナは静かに見つめた。

 すると、また隼が立ち上がり、カタナの着物の襟首を乱暴にわしづかんだ。


「誰が、ハゲだ!!てめー!?」

「ハゲにハゲ言って、わりーか、ばーか!!」

「ハゲじゃねぇ、スキンヘッドだ!!この、エロガッパ!!」


 イライラのピークが来たのか、カタナと隼の二人が互いに襟首の掴み合いの口喧嘩が開始された。

 そんな大人げのない二人を相手にせずに、アルゼが静かに口を開いた。


「おい、来たぞ…。スタイリーシリーズ1号のファンタジスタスーツ、『リアリティー』の使い、『ザッパー・春雨(はるさめ)』が…」


 えっ!?と、互いの襟首を掴み合いながら、二人はアルゼの方に首を向けた。

 改札口から出てきた、新たなるメンバーを見つめるアルゼの目は揺れていた。




 同じ頃、自宅のアパートの入り口前で、寝袋に包まれながら、眼鏡の奥の目の下が真っ黒になったゼファーナの姿があった。

 呟くように、なんだ…、あの女…、なんなんだ、あの女…、と繰り返す、ゼファーナ。

 そんな彼から、部屋を奪い捕った織部コルテは、毎晩、ゼファーナが倒れこんでいるベッドの上で、寝息を立て、一糸纏わぬ姿で毛布に包まっていた。

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