30 「カーマは気まぐれ」
『運命の人』…。
逢った瞬間…、出会った瞬間…、なにかを感じた、胸がときめいたみたいな…。
そんな出会いの相手は、きっと、これからの自分の人生をも変えてしまうんだろう…。
おとぎ話のような、幻想ではあるけれども…。
もし、それが私にもあるなら、どんな運命の出会いをするのだろう…。
そして、その人は、どんな運命の人なんだろう…。
ホコリだらけの世界で、気を失う彼女は気を失いながら、そんなことに想い更ける、夢を見た…。
「痛い!痛い…!!」
アイルの鳥村は、蹲りながら、足に突き刺さったコダチを抜いた。赤くなったスニーカーから、更に、血が吹き出した。そして、自分の血に染まったコダチを、右手に握る。
そうしている間に、シュガーレスが…、
「そのまま、おとなしくしてな…。その足じゃ、まともに動けない…。そのマスクを剥がして、戦闘不能にしたら、治療を…」
そう言いながら、もう一本のコダチを握りつつ、アイルに迫る。マスクを剥がして、ファンタジスタスーツを停止させるために。
だが…。
バサッ!バサッ!
また再び、すざましい羽音を立てて、アイルが飛翔した。
そして…。
「ふん…」
アイルは空中に浮上し、シュガーレスを睨む。足からは、ポタポタ…と、血が滴り落ちていた。
「待て!貴様!!」
滞空しているアイルを見つめながら、シュガーレスは叫ぶ。
そんなシュガーレスに狙い定め、アイルは右手に握るコダチを投げ付ける。
「っ…!」
だが、シュガーレスは、あっさり避けた。コダチはアスファルトに弾かれて、転がった。
そして、その隙に、アイルは更にはばたき、シュガーレスと距離を離した。どうやら、このまま、アイルは引き下がるようだ。
「とんだ誤算だよ…。まぁ、嬉しい誤算になりそうだけど…」
と言いながら、アイルは羽を動かし、高度を上げつつ移動して、倉庫の屋根に乗り移り、このまま、屋根の上を、脚を引きづりながらも、どこかに消えた。
どうやら、あの飛行能力は、長時間の飛翔は無理らしい。それに、足にダメージを受けた瞬間、落下したことから、たぶん、肉体、精神の影響も飛行に影響に受けるようだ。だから、去ったのは賢明なのかもしれない。
アイルが去ったのを、確認したシュガーレスはマスクを外した。夏の日差しで、顔から汗が流れていた。
「なんだ、ファンタジスタスーツ…。なにが狙いだ…」
よく解らない動きをするアイルの鳥村を不気味に感じながら、ゼファーナは、手で汗を拭き取ると、またシュガーレスのマスクを被った。
そして、倉庫に閉じ込められている人質…、織部コルテを助けに脚を動かした。
一方、その頃…。
都内某所の地下にあるディスコクラブ…。まだ、開店時間ではなく、店のドアノブには『CLOSE』の看板が、ぶら下げられている。
しかし、店内には、ミラーボールが回り、まばゆい光が放たれつつ、古いディスコミュージックが流れている。
この店のソファーに、あのセプテンバー・ミリアが居た。片手に、酒を持ち、店内に流れている80年代のディスコミュージックに耳を傾けていた。
酒を喉に流し込むセプテンバーに元に、一人の中年の髭のバーテンダーが近づく。片手には、スライスされたサラミが並べられた皿。
そして、バーテンダーは、静かに、セプテンバーの前に皿を置き…、
「元代表を発見いたしました…。とある組に隠れていましたよ…。ファンタジスタスーツ、『ランゲージ・デザイナーズ・キラー』はスタンバイ出来ました…」
と静かに告げた。
セプテンバーは、グラスをテーブルに置いた。そして、軽く笑みを浮かべる。
どういたしますと、バーテンダーが言う。丁寧な口調から、どうやら、このバーテンダーは、セプテンバーの部下であるのだろう。
すると…、
「サラミは、このまま、キープ…。一時間後には戻る…。つまみ食いは、ノーだぞ…」
セプテンバーは立ち上がった。それに合わせるように、バーテンダーの男は、頭を下げた。
カラン!とグラスの氷が音を鳴らす。
「あの…、起きて下さい!」
ホコリ臭い倉庫の一室。そこで、気を失っている織部コルテの肩を、私服に着替えたゼファーナが揺らす。栗色の長い編まれた髪の毛も揺れる。
コルテを縛っていたロープをすべてを、コダチで切った。だが、また、あの鳥のファンタジスタスーツが来るかもしれないと、ゼファーナは辺りを警戒した。
何故、この女性を誘拐したんだ…、と疑問に思いつつ、ゼファーナはコルテの顔を見つめながら揺らす。
(にしても…、美人さんだ…)
ゼファーナは、コルテの顔立ちに照れた。しかし、いかん、いかん!と自分の理性を働かせた。
すると…、
「…っ!」
彼女の目蓋が開いた。
それに気付いたゼファーナは、安心した。だが、この現状をなんと説明しようかと、考えていた…。
しかし…。
バゴッ!!
目覚めたコルテのした行動は、ゼファーナの鼻の頭に思いっきりのパンチだった。
「かぶっ!?」
鼻血を吹き出しながら、ゼファーナは眼鏡を飛ばされ、あまりの痛さで立ち上がる。予想外のパターンだった。
目覚めた彼女は立ち上がり…、
「お前か、わたしを縛り上げたのは…?」
そう言いながら、鼻血が流れているゼファーナの襟首をわしづかむ。
ひぃぃ…と、思いの外に狂暴な彼女に震え上がりながら、ゼファーナ。
「違います!あなたが、ここで気を失っていたから…、介抱しただけで…」
ガクガクブルブルと震えながらに話すゼファーナを見て、彼女は襟首を握る手の握力を緩めた。
すると、コルテは自分の髪の毛を叩きながら、周囲を見渡す。
「確かに…、わたしを襲ってきたのは、鳥みたいな奴だった…」
気丈な態度で、コルテはホコリだらけの自分の服を叩いた。
唖然とした顔で、ゼファーナは、そんな彼女を見つめた。
(なっ、なに、この人…)
彼は、この時点で気付いてはいなかった。まさか、先日、自分を魅力した歌声の持ち主が、この鼻パンチの彼女だったのに…。
そして、彼女は思う。
(こんなのが、運命の出会いであるものか…)
ゼファーナは、彼女が新たなる敵の姫君であることに…、コルテは、敵の隠し札に救われたことに…、まだ気付いてはいない。
こうして、二人の奇妙な運命の出会いは、新たなる戦いの幕を開いた。
そして、二人の互いの印象は最悪だった。
(なに、この暴力女…?)
(なに、このダサいガキ…?)
その日の夜。
夏海アルゼは、自宅のマンションに帰宅して、すぐに、ソファーに倒れ込んだ。同時に、テレビのリモコンを握り、ニュース番組を映した。
すると、ニュースキャスターが…、
『新たな情報が入りました!○○組襲撃事件の続報です!被害を受けた組員全員の鼓膜が破れていた…』
と告げていたが、興味が無かったのか、アルゼは、すぐに違うチャンネルに変え、別のニュースの報道を見た。
別のニュース番組では、『織部コルテ』の失踪事件について取り上げていた。
この報道も興味が無かったのか、アルゼはテレビを消した。そして、ソファーにあったスイカ型の抱き枕を抱えながら、額に腕を当てて、仰向けになる…。
「新しい仲間か…」
そう言って、彼女は、天井を見つめた。
夜になり、OPENの看板が掲げられたディスコクラブには、多くの若者達が、音楽に合わせて、ダンスをし、酒を楽しんでいた。
クラブの一席に、また、セプテンバー・ミリアの姿が。
あのサラミを、手で摘み、グラスの酒を飲んでいた。サラミの皿の脇には、血に染まった携帯電話があった。
「ふっ…、一仕事のあとの『Earthwind&Fire』は、ファンタジックだ…」
すると、ブルブル!と、血に染まった携帯電話が揺れた。サラミの皿をも、一緒に揺らして…。
真夜中の闇に隠れるようにして、廃墟の影に潜む、アイルのマスクを外した鳥村…。コダチが刺さった足には、包帯がグルグル巻きになっていた。
「くっ…、まだだ…、あの元代表は利用出来るんだからな…」
鳥村は、片手に携帯電話を握っていた。着信先は、あの元代表へだ。
鳥村には野望があった。
それは、この話を切り出した元代表を裏切り、コルテを人質に、セプテンバーを脅して、自分がスリーピング代表の座に就くことだ。そのために、コルテを攫った。だが、シュガーレスにより失敗した。
なので、元代表には、一応、失敗したと報告し、協力を仰ごうと携帯電話を鳴らした。
だが…、鳥村は、セプテンバー・ミリアの凶悪と巨大さを認識するだけだった…。
「グッド・イブニング…、ミスター、チキンボーイ…」
鳥村が鳴らした、元代表の携帯電話に出たのは、元代表ではなく…、セプテンバー・ミリアだった…。




