27 「愛しさと、切なさと、心強さと」
登場人物 ・夏海アルゼ:地獄同盟会のリーダー的役割をする少女。 ・秋羽隼:ヤンキー気質の筋のある男。 ・冬風カタナ:謎が多い女好き。 ・ラッキーラブ:情報屋の犬。 ・ゼファーナ春日:何故か、登場回数が多い少年。
「はぁああああーー!!」
修繕したばかりのシュガーレスを着たゼファーナ春日。深夜、街に点在しているスリーピングからの監視の奇襲型のファンタジスタスーツとの戦闘をしていた。
最近は、だいぶ監視の数が少なくなってきており、敵の勢力が減ったように感じた。
バン!バン!
相手のファンタジスタスーツが、シュガーレスに狙いを定めて銃を撃ち、銃弾2発を放つ。
しかし、シュガーレスは、片手にコダチを握り、飛んできた銃弾を、まるで、卓球のラケットが球を打ち返すかのように、切り払う。
キン!キン!
コダチに弾かれた銃弾は、住宅地の公園の地面に、突き刺さって行く。銃弾は、二つに裂けて、公園の砂に混じる。
「オラァ!!」
バギッ!
銃弾を放ち、隙が出来た奇襲型のマスクに向かい、シュガーレスは右拳を撃ち込んだ。
鼻血を吹き出し、奇襲型は意識を失う。そして、砂を撒き散らしながら、地面に伏せた。片手に握っていた拳銃が、ボトッ!と落ちた。
どうやら、勝敗は決したようだ。
「俺、銃弾なんて、切れたっけ…?」
と、シュガーレスは銃弾を切り捨てたコダチの刃を見つめながら、呟いた。
シュガーレスは、コダチをスーツの胸元に入れている鞘に納めながら、相手が気を失ったのを確認し終わると、マスクを外した。
顔には、まだ、絆創膏と傷が残っている。
「だいぶ、監視も減ってきたな…」
と、今まで、相手にしてきた監視役の数を頭に浮かべながら、ゼファーナは周囲を見渡す。
スリーピングからの監視達が、以前よりも、細かな位置に点在しなくなり、だんだん、包囲網が荒くなってきたのを感じた。
そして、先日のケリー、ケンの二人を拘束したことから、スリーピングの戦力は徐々に薄れつつあると、ゼファーナは思った。
この調子なら…。
同じ頃…。
オフィス街の高層ビル、マンションの最上階の部屋。あのシュガーレスと、エターナリティが戦ったホテルの近くに立ち、どのビルよりも、高くそびえていた。
それ故に、市街の夜景の輝きすべてを見渡せるほどの位置にあるマンションの最上階個室は、さっきから、80年代の洋楽のディスコソングを、巨大スピーカーで流し、BGMにしている。
この部屋にある、大きなガラスで作られた窓の近くで、夜景を眺めながら、片手にワイングラスを持ち、バスローブ姿で立つ男の姿があった。
肌は、陽に焼けて黒く、体は細いが、引き締まった筋肉で包まれていた。顔は、顎を髭が綺麗に手入れされており、逞しい顔つきだ。
そして、なによりも、最大の特徴だったのは、ポップコーンが爆発したか、ブロッコリーか、鳥の巣のように、髪の毛をグルグルと巻いて膨らませた、大きなアフロヘアー。
見るからに、只者ではない姿と、とてつもない、オーラを放つ。
彼の背後には、白い大きなベッドがある。そこに、綺麗な外国人女性二人が、白い肌の美しい裸体をシーツに包みながら、すやすやと眠っていた。
そんな美女二人を背景に、アフロの男はワイングラスをテーブルに置いて、携帯電話を片手に取り、耳に当てる…。
男は、口を開いた。
「スリーピングは、もうエンドだ…。今後は、本部にダイレクトのミー、『セプテンバー・ミリア』達が動く…。ドゥー・ユー・アンダースタン?」
携帯から、そんな!待ってくれ!との誰かの叫びが聞こえたが、アフロのセプテンバーと名乗る男は、遮るように携帯を切った。
彼は、確かに、スリーピングと言った。
ふー!と息を吐いて、彼は、バスローブを脱ぎ捨て、窓から放たれる夜景に向かい、その褐色肌の光る輝く筋肉に包まれた裸体を曝け出す。
「ふぅー、これからは、エンジョイなナイトになりそうだ…」
中途半端な英語混じりの言葉を言う、この男の正体とは…。
市街の夜景が、彼を祝福するかのように、光り輝いていた。
「あー、まだ体が痛む…」
と、私服のシャツとズボンに着替えたゼファーナは、シュガーレスの入ったカバンを持ち、公園から出た。
監視役の片付けを終えて、コキコキと肩を鳴らしながら、ゼファーナは、夜の住宅街を歩く。
そして、一軒の牛丼屋を見つけた。
「いらっしゃいませー」
と、牛丼屋の店員が、自動ドアが開き入ってきたゼファーナに、お冷やを出した。
ゼファーナは椅子に座りながら、店員に、牛丼の並み盛りを注文した。
戦闘が終わって、腹が減ったゼファーナは、水を口に入れながら、店内を見渡すと、柄の悪そうな男二人が席に座っていた。
水を飲むと、先日のケンとの戦いで受けた唇の傷に染みる。
(っ…)
唇の傷に触れながら、ゼファーナは、あることを思い出す。
それは、2ヵ月前くらい、一文字事件の時に、桜花から、傷の手当てをしてもらったことをだ。
(あんときは、ドキドキしたよな…)
桜花の柔らかい手が、傷だらけだった顔に触れてもらった時、暖かかったのを、ゼファーナは思い出した。あの時、彼女の顔が、近かったのも思い出すと、ゼファーナは、自然と顔が、にやけた。
しかし、最近は、アルバイト先で、彼女と会っていないのを思い出して、ガックリした…。
(そうだよ、会ってないよな…、はぁー)
落ち込んでいると、店員が、ゼファーナの席に注文してた牛丼の並み盛りを置いて、ごゆっくりー、と言った。
ゼファーナは、箸を取り出し、どんぶりを持った。
「っ!」
店内のBGMの有線放送が、さっきまで流れていたロック系の歌から、違う曲に切り替わる。可愛らしい感じの女の子の声の歌だ。
音楽の興味がないはずのゼファーナの箸を動かそうとする手が止まった。
思わず、その曲に聴き入ってしまったのだ。
有線放送から響く、テクノ調のピコピコした機械音の音楽に合わさっている、誰か、女の子の柔らかい感じの歌声が、流れるように、ゼファーナの耳に入って行く。
牛丼を食べようとしているはずのゼファーナは固まる。
まるで、一目惚れしたかのような感情で、その歌に聞き入ってしまった。
(なんだ、こっ、この歌…)
と、思っていると、同じく店内に居た、別の席に座る柄の悪そうな男二人の内の一人、ボンテージ姿のモヒカン男が、牛丼を食べながら…、
「ウホッ、これ、あれじゃないの。最近、デビューしたテクノ系のアイドルの、『織部・コルテ』だ」
と、連れのスーツ姿の男に話していた。
それを、ゼファーナは思わず、盗み聞きして反応した。
「しきべ・こるて…?」
ゼファーナは口の中で、その名前を呟いた。
連れのスーツの男が、誰だよと、モヒカンの彼に訊ていた。
すると、
「知らないのか、あのディスコミュージックシーンに伝説を残した男、『セプテンバー・ミリア』が、最近、活動の拠点を日本に移した際に、プロデュースしたアイドルだよ」
と、モヒカンの男が解説を始めた。ゼファーナは、黙って、その話に聞き耳を立てて聞いていた。
「誰だよ、セプテンバー・ミリアってよ…」
スーツの男が、今度は、その男について聞き始めた。
すると、鼻息を荒くして、モヒカンが、急に熱弁し始めた。
「貴様、伝説の男だぞ!テクノによる機械音と、男らしい、セクシーな声色が合わさった曲調に定評があり、デビューアルバム、『ワビサビ』以来、大ヒットを飛ばし、全米が(涙で)濡れたと言わしめた、ディスコソングの帝王だぜ。貴様、セプテンバー・ミリアは知らなくても、彼の男らしさと、宇宙を表現するかのようなアフロは知ってるだろ」
「いや、そいつを知らないんだから、そいつの男らしさと、アフロなんか、知らねぇよ…」
連れが引くほどに、ヒートアップしたモヒカンは、ついには立ち上がり…、
「毎晩、女を抱き枕代わりにするエロスの化身、セプテンバー・ミリアがプロデュースしたアイドルの『織部・コルテ』なんて、考えただけでも、興奮もんだぜ!ガソリン値上がりも、許せちまうぜ!」
「なんで、そんなに、詳しいんだよ、てめぇ…」
と、すざましく、モヒカンが熱弁しているのを見て、少し冷静になったゼファーナは、やっと、牛丼に箸を入れた。
食べてみると、少し、冷めていた。
「織部・コルテ…、か…」
牛丼を口に含みながら、名前を繰り返した。
このときのゼファーナ春日は、『セプテンバー・ミリア』と、『織部コルテ』の名前を、別世界に居る人間達として、考えていた。
だが…。
「ファアイ!!!」
翌日の朝、あの高層ビルのマンションの最上階から、すざましい叫び声がした。
あのモヒカンを興奮させた張本人である、音楽プロデューサー、セプテンバー・ミリアが携帯電話を片手に、裸のまま、ベッドから立ち上がる。それによって、彼と一緒のベッドで眠っていた美女二人の目が覚めた。
アフロを整えながら、セプテンバー・ミリアは、携帯電話に向かって叫ぶ。
「コルテが、連れ去られた!?」
かなり混乱した様子のセプテンバーが、携帯電話の向こうに居る部下、あるいは、そのコルテと言う名前のアイドルのマネージャーから、状況を聞いた。
内容は、こんなことだ。
この日は、午後に、某大手レコード販売店前にて、彼女の新曲CD発売イベントのサイン会と、生ライブが行われる予定であった。
マネージャーは、彼女を現場に向かわせるため、約束の時間、彼女が宿泊しているビジネスホテル前まで、運転手を使い、車で迎えに行かせた。
そして、彼女が、ホテルから出て、車に乗り、移動を開始した瞬間…。
何者かが、走り出した車の前、道路に飛び出してきた…。
それに驚いた運転手が車を急ブレーキ。その瞬間、飛び出してきた何者かが、運転席窓を壊して、運転手を殴り、気絶させた。気絶した運転手を車から、放り出し、そのまま、車を奪い、何者かは、彼女を連れたまま逃走した。
との内容を、運転手本人から聞いたマネージャーは、セプテンバーに、携帯電話越しに、以上の内容を話す。
セプテンバーは、わなわな…、と手を震わせる。
そして、マネージャーは、運転手から聞いた犯人の特徴を話し始めた。
フードのコート、首に金色のネックレス、だらっとしたズボン…。そして、背中には、なにか変な物が付いており…、最大の特徴が、鳥の頭のような覆面…。
セプテンバーは、それを聞いて、思わず、叫んだ。
「それは、組織が、スリーピングに渡したファンタジスタスーツだ!」
激怒の様子を晒しながら、セプテンバーは、携帯電話を床にたたき投げた。
音楽プロデューサーである彼、セプテンバー・ミリア。
だが、その正体は…。
そう、アンチヒューマンズの組織の人間…。
都内某所。
昼間なのに、日光が入らない、薄暗い、狭い空間。ほこりが舞い、なにかの箱が山積みになっている部屋。
そこに、ロープで体をグルグル巻きにされて、口をタオルで縛られている女性が横に倒れていた。
長い栗色で、綺麗に編まれている髪の毛に、大きなグリーンの瞳だった。ロープで巻かれている華奢な身体。
彼女の名前は、『織部コルテ』…、23歳。
そう、セプテンバーがプロデュースしたアイドル。音楽に興味がないはずのゼファーナを魅了した歌声の…。
口をタオルで縛られ、うー、うー、唸っていた。
「ふふん…、アイドルねぇ…。でも、僕のタイプじゃないね…」
コルテが唸る部屋の外で、腕を組みながら、呟く影が会った。
その影は、あのセプテンバーが聞いた特徴そのままだった。
影は、組んでた腕を解いて、鳥の頭のような覆面を片手で脱ぎ取る。
覆面が剥がれた顔は、幼い童顔の鋭い目付きだった。切れ長い目を光らせて、彼は笑う。
「ゲームスタート…」
彼の名前は、鳥村辰…。そうスリーピングの刺客、最後の一人…。
そして、彼が着ているのは、ファンタジスタスーツ、『アイル』…。これが、織部コルテを拉致させるのを成功させた理由だ…。
果たして、彼が所属するスリーピングの親組織である、アンチヒューマンズの人間、セプテンバーから、アイドルの織部コルテを拉致した理由とは…。
そして、最後の刺客である彼の計画とは…。
どうやら、一筋縄でなくなってきた組織の内部と、新たに現れたセプテンバー・ミリアと、織部コルテ…。
どうやら、地獄同盟会の戦いは、より激化し始めた。
一方、その頃…。
自宅マンションで、いつものジャージ姿のアルゼが、テーブルにショートケーキを置いていた。
ケーキには、ろうそくが、火を灯して立っている。
彼女は、ケーキを見つめながら、こう言った。
「今日から、僕は二十歳か…、ハァ…」
と呟いた。
実は、この日は、誕生日だったらしく、彼女は虚しくも、一人で自分の誕生日を祝っていた。
そして、ケーキのろうそくの火を決して、ケーキにフォークを入れた。
鳥村辰:17歳。スリーピングの最後の刺客。 性格、若輩であるが、犯罪暦があり、何事も、ゲーム感覚で行う少年。 使用ファンタジスタスーツ、『アイル』 使用武器、不明。




