26.5 「ダイキライ」
「バカだ、真性のバカだ…。バカ世界選手権に出たら、2位だな…。1位は、秋羽隼で…」
アルゼが、ワゴン車の後部座席に横たわる、全身傷まみれのパンツ姿のゼファーナに言った。筋肉が裂けて、ズタズタの血まみれになっている彼の右足に包帯を巻きながら、アルゼは、助手席で、両腕を怪我し、気絶しているケンに目をやった。
あの戦いがあったホテルの前は、警察官や、パトカーが駆け付け、アスファルトに出来た、大きな穴と、ホテルの寝室の破壊ぶりを調査していた。
その警官たちを避けるように、ホテルの前に、車を置いたアルゼは、機嫌悪そうに、ゼファーナの傷の手当てをしていた。あのジャージに、多少、ゼファーナの血が付いた。
機嫌悪いのも、当たり前だった。深夜に、アルゼが寝ているときに、ゼファーナが、ケンを倒したと報告したからだ。
で、駆けつけてみれば、気絶したケンを抱えている、全身ボロボロのゼファーナの姿だ。
「高層ビルから、落下してから着地して、そのまま、またビルに階段で駆け上がるバカ居るか…。しかも、相手のファンタジスタスーツ、破壊しやがって…」
「いだっ!!」
と、ゼファーナの足を叩きながら、アルゼは言う。
ゼファーナから聞いた内容を、そのまま、話すのもバカらしいと思いながらも、アルゼは、彼が脱いで、足元に置いたシュガーレスの損傷具合を見た。
マスクに、ヒビが入っているし、スーツも血でベタベタで、ところどころが破れている。これは、修理が大変だと、アルゼは、ため息を吐いた。
顔は絆創膏まみれで、腕や足が包帯に巻かれているゼファーナは、あちゃー、と思いながら、傷が痛むのを堪える。
(かなり、怒ってるな…)
さすがに、今回は、辛勝で、敵よりも自分のダメージが大きかったと、ゼファーナは右足を見ながら思った。
同時に、足元にある中破のシュガーレスを見た。そして、あの戦いの途中に、右足に巻いたマフラーに、目をやる。
「ところで…」
ガラッ!と、後部座席のドアを開けて、車から降りたアルゼは、横たわっているゼファーナに、
「なんで、あの高さから、無事だった?」
と、高層ビルのホテルを見ながら、聞いてきた。
すると、ゼファーナは呆然とした。彼も、そのことについて、聞きたかったからだ。
何故、あのとき、マフラーを足に巻いただけなのに、地面に落下しても無事だったのかを。
落下したときのゼファーナは、無意識に、足にマフラーを巻いた。理由は自分でも解らなかったが、あのとき、マフラーを足に巻いただけで、落下しても無事だったし、ケンを、その足で倒せた。
一体、なにがあったのか…。
あのマフラーは、シュガーレスの右足に、何をしたのか…?
それを、ゼファーナは、アルゼに聞きたかった。
だが、彼女も知らなかった。
ブロロォォーーン!!
アルゼは、運転席に座り、キーを差し、車のエンジンを始動させ、ハンドルを握った。
「とりあえず、貴様を、研究所の医務室に送る…」
と、アルゼはシフトレバーを動かして、車を発進させた。伯父の会社、ライフコーポレーションのファンタジスタスーツ研究部の医務室に向かって。
そして、助手席で気絶しているケンに目をやり、
「こいつは、拘束だ…。あの女、共々、知ってることを徹底的に吐かせてやる」
「あの女?」
と、後部座席に横たわるゼファーナに、アルゼはアクセルを踏みながら言った。ゼファーナは、あの女に反応した。誰だと?
すると、アルゼが…。
「キック女は、カタナがやった…」
「えぇー!!」
「カタナの奴は、無傷だった…」
そう告げられ、ゼファーナは、また呆然とした。あの敗北を貰ったケリーが、カタナに敗れていたとは…。しかも、あのキック力を相手にして、無傷だったと。
辛うじて、しかも、よく解らないシュガーレスの力で、同タイプのケンに勝利したゼファーナは、同じ仲間であるカタナとの実力の差を思い知った。
自分の全身の傷を見ながら、ゼファーナは思った。まだまだ、自分は甘いと…。
そして、自分の左手を見つめた。包帯で、グルグル巻きになっていたが。
(落下した時…)
彼は、昔のことを思い出してしまったことを思い出した。あの水中で、この左手を握られた過去を。
今度は、運転席のアルゼの方に、目を向けた。
座席から、運転に集中する彼女の顔と、金色の髪の毛に、細い首筋と、横顔が見えた。
ゼファーナは、それを見て、赤くなった。
(いっ、一応、アルゼも、なんだかんだで、女性なんだよな…)
と、ゼファーナは思いながら、口を開いた。
「あの、アルゼさん…」
「ん…?」
ゼファーナから話し掛けられたが、運転に集中してるので、振り向かないで、アルゼは返事した。
ゼファーナは…、
「ありがとう…」
と照れながら、言った。
いろんな意味を込めて。
こうして、駆けつけてくれたことと、あの日、助けてくれたことに…。
それに対して、アルゼは…、
キキィ!!
いきなり、急ブレーキをした…。車を、道路の脇に停車し、そして…。
「ダメだよ、君…。スピード違反しちゃあ…」
「はい、すいませんでした!」
アルゼは、車から降りて、白バイの警察官に頭を下げた。そして、取り調べを受けていた。
どうやら、彼女は免許、取りたてで、スピード違反をしてしまい、警官に捕まったらしい。
アルゼは、いつものクールさをなくして、取り乱しながら、書類を書いていた。
ゼファーナの精一杯の、ありがとう、は聞こえてなかったようで、彼は呆然とした。
やはり、ゼファーナは、運命か、神掛かりに、彼女が苦手なんだなと、後部座席の窓から目を離し、両腕を頭の後ろに組んで、目をつぶる。
「えーと、はい、すいません!大学には、内密に!」
だが、何故か、警官に捕まって、青ざめているはずのアルゼの顔が、赤くなっていた。まるで、りんごみたいに。
警官に捕まり、顔に血液が回ったせいなのか、風邪気味だったからなのか、夏だったからなのか…。
それとも、ゼファーナのありがとう、が聞こえていたからなのだろうか…。
理由は、彼女しか知らない。
カタナ「このあと、彼女は、罰金を払いました」




