25 「GET WILD」
「オラァ!」
カタナから場所を告げられ、雪乃を家まで送った帰りにホテルに行ったシュガーレス・ゼファーナ。そして、今、彼は、ケリーの居る個室のドアを蹴り破った。
だが…、
「ん…」
室内は、灯りがついておらず、シーン…、としており、人の気配がない。辺りには、大破したクローゼットの破片が、散らばっていた。
シュガーレスは、辺りを見渡す。マスクの暗視補正で、室内は見えるが、壊れたクローゼット以外、特に、変わった様子はなかった。
部屋を間違えたか、と思った瞬間…。
「んっ!」
シュガーレスは、あることに気付く。
寝室の壁のある一部分に、不自然な大きな穴が開けられていた。これは、なにか強力な力で、破壊され、出来た穴で、人の一人が通れるような大きさだ。
どうやら、穴の向こうは、隣の部屋に繋がっているようで、シュガーレスは…、
「しまった!逃げられた!」
と思って、穴に近づいた。
その瞬間。
バゴッ!!
「ぐっ!!」
シュガーレスは、腹部に強烈な衝撃を受けた。穴から出てきた、なにかの一撃で…。
「ぐぁ!誰だぁ!」
胃液が口の中まで、逆流したが、シュガーレスは堪えて、腹部を押さえつつ、穴を警戒した。
すると…。
スタッ、スタッ…
穴の奥から、足音が…。
そして…、
「俺の一撃、堪えるとは…。褒めてやるが、おたく、隙だらけだな…」
奥から、人の声が。男の声、いや、少年の声だ。
シュガーレスは、構えた。
すると、穴から、人の姿が現われた。
「俺、参上…」
そう言いながら、奴は姿を現した。
迷彩カラーのズボン、ブーツに、強靱な上半身の筋肉を包むようなタンクトップに、細く引き締められた強靱な両腕に、グルグルと巻かれた包帯か、テーピング。そして、さっき、シュガーレスの腹部に一撃を入れたらしい両手の拳には、金属性のメリケン付きのグローブ。最後に、虎の顔をしたマスク。
そう、これが、スリーピングからの刺客のケン・ホッパのファンタジスタスーツ、『エターナリティ』。
姉のケリー・ホッパのキャンディ・キュティは、強烈な脚部の強化に対して、弟のケンの特性は…。
エターナリティのファンタジスタスーツを着たケンは、右腕を上げ…、
「ふんっ!」
後ろへと振った。
その速さは尋常ではなく、シュガーレスの目にも止まらない。
ダン!!
ケンの拳が激突したコンクリートで出来た強固なはずの壁は、静かに、ピキピキと、ヒビが割れ始め、まるで、模様か、入れ墨かのように、亀裂が生まれた。
たったの軽い一振りで、こんな風に壁に亀裂が…。
これで、シュガーレスは、こいつの特性に気付いた。
「両腕の強力強化か…。キックの次は、パンチか…。ベタな展開だけど…」
頭の中で、キャンディ・キュティを思い浮べながら、シュガーレスは、ケンのファンタジスタスーツの両腕に注意を払った。
脚部より、普段、腕や手を使うことが多いのが、人間。だから、この両腕の強力強化は、強化は火を見るより明らかに驚異だ。
しかし…、
「だからって!!」
シュガーレスは、退くことも、怯む事もせずに、目の前に居るケン・ホッパに飛び掛かった。
ブン!!
まずは、因縁の右足ハイキックを、真正面で、向かい合っているエターナリティのマスクに向かって放つ。
しかし、ケンは、お辞儀をするように頭を下げて、かわした。
空ぶった勢いで、姿勢を崩さないようにし、シュガーレスは、右足をすぐ戻して、体勢を整える。
だが、その隙を突くように、今度は、エターナリティの右拳が、真正面のシュガーレスのマスクに向かって飛ぶ。
「そんな、パンチ防げる!」
息を思いっきり吐いて、シュガーレスは、両腕をクロスさせて、マスクを防いだ。
だが…、
バゴッ!!
「なっ!」
コンクリートに模様付け出来る右拳に対して、そんな安易なガードが通用するはずがない。
エターナリティの右拳は、シュガーレスの両腕のガードに命中した。マスクは防げた。しかし、その威力は、半端ではなく、衝撃が、シュガーレスの体を後ろに押した。
「いっ!!」
両足は床に着き、ズシャアアア!と、ブーツが音を鳴らして、後ろに飛ぶシュガーレスの体。
しかし、シュガーレスは両足を踏張り、壁に激突する前に、体が飛ぶのを停止させた。
床には、摩擦熱と、ほこりと跡が残り、シュガーレスの両腕には激しい激痛が走る。
(なんなんだよ、あのキック女といい、このパンチ男といい!!)
両腕が、ズキン!ズキン!と痛んでいるが、骨に異常はない。しかし、この敵の身体能力の異常強化に、シュガーレスは戸惑う。
同時に、自分が怪しんでいた、あの女…、ケリーの姿がないのに、シュガーレスは気付いた。
結果的に、この部屋に訪れたことで、刺客のケンが現われたことから、ケリーが刺客だとは暴けたが、そのケリーが居ないのを、妙だと感じるシュガーレス…。
(あの矢車(ケリーの偽名)って、女…、たぶん、あの女性を胸のサイズで判断する、カタナさんに近づいて…、なにかやるつもりだった…)
そう考えている間にも、ケンは容赦なく、自らの拳を振り上げて、シュガーレスに向かってくる。
「なるほど、甘くないな…。あんたも、俺も…」
もう考えるのをやめて、シュガーレスも、構え直して、ケンを真正面から迎え撃つ。
シュガーレスが現われる、数分前。
ケリーは、あの壁の穴から逃避していた。そして、この場を、ケンに任せ、キャンディ・キュティのまま、このホテルから姿を消していた。
向かう先は、自分に屈辱を味合わせたカタナの居る市内体育館。
シュガーレスを、ケンと一緒に追い詰めることは出来た。だが、彼女は、それよりも、カタナから受けた、自分の色仕掛け作戦失敗の屈辱を晴らすことを最優先にした。
ケリー・ホッパのプライドの高さは、異常であった。
暗闇の街中を、その脚力で駆け抜けるキャンディ・キュティ。
「組織の実験体のくせに、私から!私の足から!逃げやがって!!私から、私から!!」
マスクの下から、狂気に走る表情を浮かべ、口からは呪うように、怨念を吐き散らす。
あの可愛らしい可憐な女性だった彼女は、まるで、キャンディ・キュティのマスクの下に、更に般若の面を被っているように、表情を崩した。
これが、彼女、ケリー・ホッパの真の姿。
これが、猫を被った鬼の本性。
自分の容姿や、四肢を武器に、他人を見下し、思い通りにすることに、快感を感じ、その肉体を快楽で満たしていた彼女。
だが、カタナによって、快感ではなく、屈辱を感じている今は、狂気が、その肉体が支配する。
近づいてきた市内体育館前で、彼女は叫ぶ。
「冬風カタナぁぁあああ!!てめぇのハラワタ、蹴り砕いてから、この足、舐めさせてやる!!!!」
彼女が、地面を蹴り進む。
すると…。
「お前は、もうハイカラじゃない…」
!?
雪乃は、鼻歌を歌いながら、自宅の風呂に浸かっていた。
彼女は、今日は特別、なんだか湯を、暖かく感じ、ゆったりとしていた。
嬉しそうな表情を浮かべて、今日のことを思い出している。
「にしても、良かった…。カタナが、どこにも行かなくて…」
と、湯気で曇る風呂場の窓を見つめて呟く。
てっきり、カタナは、あんな美人の方に行っちゃうんじゃないかと心配していたのが、晴れたからだ。
しかし…、
「でも…、カタナの記憶は戻らないままでいいのかな…」
雪乃は、カタナの記憶が戻らないことについて、まだ晴れない気持ちでいた。
湯槽を救い、バシャバシャ!と自分の顔を、雪乃は洗った。
バリッ!バリッ!
なにかが、引き裂かれるような音がした。
市内体育館前に到着した瞬間、ケリーの肉体は、狂気から、恐怖に支配された。
市内体育館前に、サムライロジックの赤い般若の面をしたカタナの姿。いつもの木刀はない着物姿。足元には、何故か、毛布が転がっていた。
カタナは、待ち伏せしていたのだ。彼女の素性は、改めてだが、ゼファーナから聞いて知ったから。
数秒前、ケリーは市内体育館に到着した瞬間、カタナの姿を見た。
何故、待ち伏せされていたのかは、どうでも良かった。
彼女は、カタナを目の前にした瞬間、殺意が生まれた。そして、この足で、蹴り砕こうした。彼を。
ケリーは、大きく飛び、右足を突き出し、カタナの顔面を狙う。
だが…、
「えっ…」
気付いたら、カタナは消えた。目の前から。
何故か、いつのまにか、ケリーの背後には、カタナが…。
スタッ!
ケリーは着地した。手応えを感じない右足から、飛び蹴りを完全に外したと、彼女は感じた。
そして、いつのまにか、紙のように、引き裂かれていたキャンディ・キュティのチャイナドレスは、繊維が崩壊し、ただの布切れに。スーツの布すべてが、彼女の皮膚から離れ、地面にひらひらと散る。季節外れの枯葉のように落ちた。
ファンタジスタスーツのキーのマスクが、バリッ!バリッ!と引き裂かれて、地面に落ちる。
自慢の両脚のプロテクターも、引き剥がされ、ニーソックスも引き裂かれ、ブーツも剥がれた。
気付いたら、ケリーは、一糸纏わぬ、裸体になっていた。
誰が、どう見ても解るケリーの敗北の光景だった。
一体、なにが起きたのか…。
カタナは、一体、なにをしたのか…。
「俺に、だまし討ち仕掛けようとしたらしいが、女は殴りたくない…。だから、こうやって、決着させてもらった…」
一糸纏わぬ、全裸で茫然とするケリーの背後で、カタナが言う。
サムライロジックを被っているカタナの顔から、血が滴れていた。彼の体は、全身の顔や、腕、足の皮膚が裂けて、血が飛び出している。
そして、彼は…、
「皮膚や脳みそに、小型コンピュータを埋め込まれた俺だから出来る…、緊急作動プログラム、『神速愛』…。一瞬だけ、超高速で動けるようになる…。だが、全身が空気摩擦で、焼けて、裂ける最悪の緊急作動…。お前さんのファンタジスタスーツ、引き剥がすので限界だった…」
と、苦痛に耐えるように、彼女に向かって言う。
だが…、
「ひっ、ひぃ…、あああああ!!」
ケリーは、あまりの一瞬の出来事に恐怖したのと、全裸になった恥じらいのせいか、塞ぎ込むように、その場にうずくまり、混乱した頭を抑え叫んだ。
サムライロジックを被っているのに、今だに、裂けた皮膚が治らないカタナは、血を垂らしながら、身動き出来ない裸の彼女の背後に近寄り…。
そして…、
「はっ…!」
カタナは、足元に置いていた毛布を拾い、ケリーに背後から肩に掛けた。
その毛布の肌ざわりで、ケリーは思わず振り向き、後ろに立つ、全身血まみれのカタナを見た。
すると…、二人は目が合った…。
そして、カタナは…、
「やっと…、カワイイ顔になったな…」
ケリーの顔を見て、そう笑いながら言った。




