02 「the fourth avenue cafe」
ファンタジスタスーツの原理は、簡単だ。
指のつま先に置かれても解らないくらいに、小型のコンピュータが繊維に埋め込まれ、その繊維が編まれ、作られた衣類。
原理は、それだけだ。
それを着ると、人の肉体は、コンピュータから放たれる電気刺激により、筋肉や血液の流れが強化され、超人的な肉体の力を得ることが出来る。
さらに、このコンピュータがマスクに埋め込まれれば、顔面から頭脳に刺激が与えられ、人間の隠された未知なる力を引き出す…。
しかし、頭脳を刺激し、未知なる力を引き出すのは、そのコンピュータが高性能だったらの場合だ。
コンピュータにも、性能さがある。
低性能であれば、肉体を強化するだけで終わるのだ。
超高性能のコンピュータが埋め込まれたマスクを被ってしまえ、人間は人間を超えてしまうのかもしれない…
これが、謎の組織、『アンチヒューマンズ』が作り上げた最新鋭の兵器、『ファンタジスタスーツ』だ。
そして、ゼファーナ・春日は、超高性能ファンタジスタスーツ、『シュガーレス』を着こなし、先日、強盗が着ていたファンタジスタスーツを圧倒した。
「で、強盗のファンタジスタスーツは…」
アルゼの冷たい視線が、ゼファーナを刺す。
「燃やしました…。犯人は、ネットの裏サイトだかの怪しいオークションで、ファンタジスタスーツを手に入れたそうです…。『AH』も名前聞いた程度でしたよ…。で、以上の内容を吐かせた後、丁寧に警察署の前に、金と一緒に置いてきました…」
アルゼの口調に合わせたように、ゼファーナは喋る。
かけ直した眼鏡が、ズレたので、ゼファーナは指で直した。
さっき、戦いが終わり、疲れているのに、彼女が居るファミレスまで来たのに、気を使わなければならないので、ゼファーナはうんざりだった。 あの黒のファンタジスタスーツだって、仮面、手袋はバッグに入れたが、スーツの上に、私服のカーディガン、ズボンを着ている。
だから、少し室内が暑く感じていた。
ゼファーナの着ているファンタジスタスーツは、妙な名前で、『シュガーレス』。
このシュガーレスのファンタジスタスーツは、マスクが車で言うキーのような物で、マスクを被らないと、ファンタジスタスーツのコンピュータが始動しない。
だから、あの目に映らないような速度で動くような超人的な力を、今は発揮しない。
「警察の手伝いしただけの無駄だったか」
このアルゼの言葉に、少し、ゼファーナはカチン!と来た。
確かに、『AH』を調べるために、強盗を捕まえたわけだったのに、無駄になった。
しかし、もう少し、オブラートに包んで言えないのかと、ゼファーナは思っていた。
「まぁ、君が、この『シュガーレス』に慣れ始めたから、良かったが、これじゃあ、AH潰すのに時間が掛かる…」
と、アルゼが言う。
その言葉に、ゼファーナは初めて、このスーツを着た時の疲労感を思い出して、また疲れた。
初めてだと、筋肉に刺激が効きすぎての激痛と、動きの負担からの筋肉痛に、妙な頭痛で体が辛かったのだ。
ぐぅ…
「ん…」
「あっ…」
ゼファーナは、思わず、鳴ってしまった腹の虫を手で押さえた。
そう言えば、全然、なにも食べていなかった。
苦笑いするゼファーナを、冷めた目でアルゼは見つめた。
「どういう形であれ、ファンタジスタスーツが漏れ始めている今…、もっと、忙しくなるな…」
と言いながら、アルゼは右手を挙げて、ウィトレスを呼び寄せた。
「だから、あの馬鹿二人にも動いてもらうかな…」
そう言いつつ、ファミレスのメニュー表を、アルゼはゼファーナに渡した。
それを受け取りながら、ゼファーナは…。
「秋羽隼さんと、冬風カタナさんの二人ですね…」
と、アルゼの言う馬鹿二人を言い当てる。
それにしても、業務的で冷徹なアルゼが、腹が減っている自分を気に掛けてくれたのが、ゼファーナは微妙に嬉しかった。
「代金は、自分持ちな」
その一言で、ゼファーナは、さっきの嬉しさを取り消した。
翌日のテレビ、新聞では、昨夜の強盗の逮捕が報道されていた。
逮捕された強盗は、訳の解らないことを言っていると報道が伝えた。
たぶん、ファンタジスタスーツのことであろう。
この報道を、一般の人々は耳で聞き流しているが、一部の人間達は、この報道を見逃してはいなかった…。
この事件が、なにかの引き金になった予感を、マンションで、早朝のテレビを観ながら、夏海アルゼは感じた。
(ゼファーナ・春日には感謝している…。無駄だと言ったが、昨日、彼にやらせたのは、奴らへの警告だ…。『AH』の組織なら、自分達の作ったスーツの仕業だと気付くだろ…)
シャワールームに向かいながら、ジャージの上着を脱ぎつつ、彼女は考えた。
(問題は、組織がファンタジスタスーツを着た強盗をやったのは、誰かと考えること…。だから、奴らは、どんな形であれ、行動する…)
彼女は下着だけになり、部屋の窓から見えるビルの数々を睨んだ。
(そして、奴らに気付かせてやる…、我々、『地獄同盟会』が、貴様ら、『アンチヒューマンズ』を消し去ると…)
そして、午前9時に、つなぎ姿で、街の板金工場に向かって歩くスキンヘッドの筋肉質な青年が居た。
いかにも、危険そうな感じがする男。
名前は、『秋羽隼』。
そう、アルゼが言っていた『地獄同盟会』の一人である。
「誰か!!!」
午前の昼時前、ゼファーナ・春日は、その声に振り向く。
バイト先に向かう途中、近くの商店街の銀行前で倒れている高齢の女性の姿が。
そして、そこから、離れた先に原付バイクに乗った若い男の二人組が。
バイクの後ろに乗る男の手には、年季の入ったバッグ。
そう女性は、銀行から、お金を降ろしたあとのバックを、出待ちしていた二人組に、ひったくられ、バイクで逃げられたのだ。
ひったくり犯は、まだ、そう遠くに行ってはいないため、女性は、必死に誰かに助けを求めていた。
「誰か!お願い!あのバッグには、今月の生活費が…」
その声を、耳に入れ、ゼファーナは商店街のごみ箱などが置かれている狭い、建物の小道に向かって行った。
持っていたカバンから、あのマスクを取り出しながら…。
(原付バイクの速度は、せいぜい、60キロ…。シュガーレスなら…)
「はははっ!楽勝!!」
男たち二人は、原付バイクで商店街通りを抜け、車や、人の通らない路地に出た。
誰も後ろに居ないのを確認して、ひったくりの成功に笑い声を上げていた。
が…。
「ん?」
バイクのハンドルを握る男が、ミラーを見ると、なにか、キラッ…、と光っている物が、こちらに近づいているのに、気付いた。
「おい、なんか…、近づい…」
パン!!
と、大きな破裂音がしたと同時に、バイクが大きくバランスを崩した。
「うわああああ!!!」
なにが、起きたのか理解できぬまま、二人が乗るバイクは大きく転倒し、路地の壁に激突。
同時に、二人もバイクから投げ出され、路地の壁に激突した。
半壊したバイクの後輪には、なにかが、刺さっていた。
黒い柄の小柄な刃物だった…。
これが刺さり、タイヤがパンク、そして、バイクのバランスが崩れたのだ。
そして、それを投げたのは、時速60キロを後ろから、追うことの出来るシュガーレスのファンタジスタスーツを着たゼファーナ・春日…。
しばらくして、シュガーレスのゼファーナは、気絶した男たち二人の元に姿を現わし、バッグと、その刃物を回収した。
刃物は、彼の武器で、『コダチ(刀より小型な刀)』で、防御に、投げたりして使う。
気絶する二人に、首を向けた…。
「目の前で起きた悪事を見過ごすほど、僕は、甘くない…」
また、彼は路地の隙間に戻り、置いてきたカバンを開け、マスクを脱ぎ、眼鏡をかけた。
「いちいち、着るの面倒なんだよなぁ…」
と言って、またスーツの上から服を着始めた。
あとで、女性のカバンを返さないとなー、と思いつつ、ズボンを履いた。
ゼファーナ・春日:16歳。フリーター。 性格、表面は、生真面目な優しい少年だが、心の奥に、非情で冷徹な一面がある。 ファンタジスタスーツ名、戦闘用スーツ型『シュガーレス』。武器、『小太刀』。




