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24 「HEART」

 冬風カタナは、意味もなく、寝室のベッドの上で、着物のまま、柔軟体操を始めた。まぁ、意味はあるが。

 にしても、彼はビックリだった。

 彼女と過ごした日々を思い出せない…。そう悩んでいたら、いきなり、向こうから、今夜は共に夜を過ごせば、きっと、失った記憶が戻るかもしれない…、との夜のお誘いが来るとは…。

 別に、記憶が戻る、戻らない別として、今夜はお楽しみになるなー!!と、カタナは彼女からのお誘いを喜んでいた。

 シャワールームの壁越しで、偽りの婚約者がファンタジスタスーツを着ているのも知らずに…。


「ようしー、今日は、ハッスルする!略して、ハッする!」


 と、ハシャギながら、ベッドから跳ねて、窓の景色を眺めた。

 高層ビルから眺める夜景や、普段、自分が歩いている街並を彼は上から、眺めた。夜なのに、街の灯りは消える事無く、宝石を散らばらせたように、キラキラと輝いている。

 普段とは違う街並や星空に、カタナは見惚れていると…、


「そういや、雪乃の奴は、もう風呂入って、大樹と寝てる頃かな…」


 そう思わず、呟いた。

 いつもの市内体育館を、ホテルの窓から探していると…、


「ん…!」


 何故か、たまたま、視界に入った、どこかの川に目が止まった。

 川は、夜になり黒く染まっている。灯りがないから、川は、ただ闇に染まっていた。

 市内体育館に住み着く前は、彼は橋の下で生活していたため、この川には馴染みがあった。

 しかし、なんで、この間まで、あの川に住んでいたのか、カタナ自身も、よく解らなかった。別に、住むなら、公園とかでも良かったはずなのに。

 急に、カタナは深く考え始めた。何故、あの川に住んでいたのかを。

 別に、理由がなんであれ、どうでもいいことなんだろうが、カタナは深く追求した。


「雪乃に会う前は、あの川に…」


 そんなことを、呟いた。

 すると…。


 ズキン!ズキン!!


 カタナの頭の中で、なにか、激しく頭の中を叩いた。まるで、内側から、硬い何かで殴られるような衝撃が…。


「うっ!!ぐぁ!」


 カタナは、頭を抑えて、前かがみに倒れた。頭の中は、痛みや、変な感覚に襲われ、やけに熱くなり始めた。

 なにかが、囁くように呼ぶ声の耳鳴りと、テレビの砂嵐か、古いフィルムの映画のようなザラザラした映像が、チラチラと、見えたり、見えなかったりを繰り返し、蘇るようにして、頭の中に映る。

 カタナの鼻から、傷などないのに血が流れてきた。ポタリ、ポタリ、と鼻から、赤い血が床に滴れる。雪乃に殴られた時より、多い鼻血がホテルの絨毯に染み込んで行く。


「ぐぅおっ…」


 彼は頭を抑え、鼻から流れる自分の血が絨毯に染み込むのを見つめた。

 血を見つめると、頭の中で、ある映像が浮かび上がった。



………………


 目の前に、着物姿の肌の白い少女…。

 そして、殺風景な景色と、あの川…。

 少女に向かい合う、丸刈り頭のなにかの制服を着た少年…。

 その二人が、誰なのか、解る…。

 あの二人、いや、あの少女は…。


「私は、これが終われば…」


 あの坊主頭は、俺だ…。確か、19の頃だ…。あの着慣れない制服を着させられて…。


「待ってます!いつまでも!ですから、お願いです!生きてください!」


 あの泣きながら、叫んでいる少女は…。

 あれ、なんで、俺、泣いているんだ…?


「小雪さん…」


 覚えている、あの日、俺は…。あの暗い闇の中、川の草むらの影で、小雪さんを抱き締めた…。

 あれが、最後だった…。



『日本は…』



 あの言葉は、ラジオで、何度も聞かされた…。

 小雪さんが居ない!どこにも、居ない!

 あの川、あの川に!

 蛍だけ、飛んでいた…。



…………………


 冬風カタナの鼻血が止まった。

 同時に、頭の中は、急に痛みが退き、なにも聞こえず、見えなくなり、また、いつものように、スッキリとした感じに襲われた。

 頭を抑えていた手を離した。

 そして…、


「俺は、冬風カタナ…。不死身のサムライロジックを使う、地獄同盟会一の色男…。地獄同盟会のメンバーは…、夏海アルゼ、エヌアル、秋羽隼、ゼファーナ春日…」


 まるで、なにかを確認するように、自分のことについて話し始めた。頭の中で見た、謎のヴィジョンについて考えながらも、今現在の自分が知る情報を吐き出すように確認する。


「えーっと、夏海アルゼの胸は、例えると牛皿で、雪乃は牛丼並み盛り…」


 そう言いながら、片手で、鼻血を拭うと、カタナはあることに気付いた。

 自分の目から、涙が流れているのに。

 さっきのわけの解らない頭の映像で、涙が出たのか?と思いながら、カタナは着物で鼻血を拭く。

 本当に、さっきのは、なんだったんだと思いながら、カタナは周囲を見渡す。

 あのシャワーの音が、まだ鳴り響いている。

 しばらくして…、


「まさか…」


 さっきの頭の中で、見えたヴィジョンは…。

 そして、あの小雪と言う名前…。

 カタナは考える。

 確かに、さっきのは、なんだったか解らないが、これだけは解った。

 今、シャワールームに居る女は、知らない女だと。



「ギャース!しまったー!!カタナさんのことを忘れてたー!!」


 泣き叫びながら、道場から、胴着のまま飛び出すゼファーナ。雪乃と話していたら、すっかり、カタナが今、危険かもしれないのを忘れてしまった。

 話の途中で思い出したため、雪乃には、なにも言わずに飛び出してしまった。

 すると…、


「おい、そこの眼鏡ボーイ。若いからって、なに先走ってる…」

「あれ?」


 走っている途中で、ゼファーナは、ピンチのはずのカタナに会った。

 別に、何も変わった様子はなかったが、着物に血が付いていて、さらに、彼の顔には鼻血の跡がついていた。

 どうやら、あのケリーとは、なにもなかったらしく、彼女がシャワールームから出てくる前に帰ることにしたらしい。

 ゼファーナは冷静になった。そして、自分が、シュガーレスを用意しないで、慌てて飛び出してしまったことを恥じた。




「あの女性の、人違いだったの…」

「ああ、人違いだってよ…。あの巨乳さんが…」

「その鼻血の跡、何よ…」


 カタナは、ゼファーナと共に市内体育館に帰ってきた。置いてけぼりにされていた雪乃に、婚約者というのは、向こうの勘違いだったとカタナは話す。

 もちろん、嘘だ。

 深い事情など、話せなかったし、カタナ自身も、よく解らないことだったから。


「なんだ、勘違いか…」


 ホッとした表情を、雪乃は浮かべる。

 そんな彼女を、笑顔で見つめるカタナ。


「はいはい、さて、ガキは寝る時間だぜ…。さっさと、家に帰んな…。ゼファーナ、雪乃を家まで送ってけよ…」


 と、カタナは雪乃の頭を撫でながら、あくびをした。

 雪乃は、今まで、カタナのことを心配していたのに、子供扱いされたので、もうー!と言った。

 ゼファーナは、なんか様子が、いつもと違うカタナが気になった。だが、それよりも、いきなり、慌てて飛び出してしまった理由を、雪乃に、なんと言おうか考えていた。

 そして、ゼファーナは、業務員室に置いてきたシュガーレスの入ったカバンを取りに向かう。

 その途中、カタナがゼファーナと、すれ違い様に…、


「あの矢車って、女が居るのは…」

「!」


 雪乃の耳に入らないような小さい声で、ゼファーナに告げた。あのケリーの居場所を…。

 カタナは、ケリーを、刺客だとは気付いていないはずなのに…。




「実験台のモルモット野郎の分際のくせに!」


 ケリーは、屈辱を受け、激しく激怒した。喉元まで来ていた獲物が、着替えている間に逃げたからだ。

 キャンディ・キュティを纏った彼女は、鼻血しか残っていない寝室のクローゼットを蹴った。

 激しく、ばきっ!という破壊音を鳴り、周囲に木の破片が飛び散る。 すると…、


「ハハハ!まわりクドイ真似の結果が、これか!」


 カタナに逃げられたと連絡を受け取り、彼女の近くに現われたケンが、ケリーの背後で、ドアに背中を預け、笑っていた。


「笑うな!愚弟のくせに!」


 失敗と、カタナ、弟からの屈辱を感じ、激しく怒るケリー。

 姉の色仕掛けと、時間を掛けた作戦の失敗を大きな声で、ケンは笑う。

 弟が、姉の自分を見下すような態度に、さらに、怒りで我を失うケリー。


「ん!」


 しばらくすると、ケンの笑いが止まった。

 そして…、


「カタナ狩りは失敗だが、新しい獲物が来た…」


 ドア越しに、何かを感じたケンが姉に向かい、そう言った。



 ケリー、ケンの二人が居るホテルの階層の廊下に敷かれた真っ赤な絨毯。その上を、スタスタ歩く足音が一つ…。

 黒いスーツに、ブーツ、手袋、仮面…。そして、赤いマフラー…。

 そう、シュガーレス・ゼファーナの姿だ。


「何者だろうが、刺客だろうが…、人の恋路を邪魔する資格なし…」


 二人が居る部屋に近付きながら、シュガーレスは、そう言って、歩みを進める。

 そして…、


「貴様等、スリーピングを潰すため、片想いどうめいか…、じゃなく、地獄同盟会のシュガーレスが宣戦布告する…」


 と言いながら、シュガーレスは、二人の居る部屋のドアを蹴り飛ばした。


「恋は甘いけど、俺は甘くない!!」


 我ながら、よく解らないことを言ってると感じながら、シュガーレス・ゼファーナは仮面の奥の瞳を漆黒に染めた。

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