表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/49

20 「國道127號線の白い稲妻」


………………


 嘘みたいだった。

 昨日まで、一緒に笑っていた、あいつが…。

 どんなに、頭の悪い不良共から、殴られても、何事もなかったように、笑っていた、あいつが…。

 無理して、潰れるまで酒を飲み競い合っていた、あいつが…。



 轟護が、3代目として、族の頭を任されたばかりで、今後、あいつには片腕として、一緒、族を張って行こうと思っていた矢先だった。

 あいつの亡骸の傍で、大粒の涙を流して、叫んでいる桜花蘭の姿が、轟護に、現実を思い知らせた。


 あいつが死んだ…。


 もうすぐ、海が綺麗に太陽の光を反射してくれる、7月の前に…。



………………


 ブォォオオオオーーーーン!!!!!


 まるで、解き放たれた野獣のように叫び声を上げて、漆黒の夜の闇を駆け抜ける二台のバイク。

 このなによりも、狂暴になったマシンを操り、自分の誇りを、相手の喉元に突っ込ませるかのように、二人の男が夜道を、我先にと前にと駆ける。


「この野郎ぉぉぉぁあああああ!!!!」


 互いに、どちらが、前に出たり、引いたりの繰り返しが、直線の長い国道で行われた。

 途中、まるで、遮るのように現れるトラックを追越しながら、二人は互いのマシンを直進させる。

 もはや、互いのファンタジスタスーツの特性や、互いの性格や境遇から、小道具や策を弄しての戦いなど、出来ない二人が着けられる決着は、互いの魂のマシンでの単純なレースだけとなった。

 俺は、こいつより速いか、遅いかを理解するだけで戦いが終わる。

 そんな決着しか着けられず、そんな決着じゃないと納得が行かなくなった二人の男が、直線を駆け抜ける。漆黒の嵐と、真っ赤な火の玉となって。


「てめえの、その僕は可哀想なんです面は、むかつくんだよ!!」


 と叫ぶ、秋羽隼。

 ファンタジスタスーツ、ポニーポニックの特性は、この空間から、一時的に消えること。つまり、一瞬だけ、どんな物であっても、誰であっても、彼に触れることは出来ない。

 つまり、誰も、彼を繋ぎ止められない。


「貴様のような野蛮な男に、俺の存在が、ダチを死なせてしまった、この辛さが理解出来るのか!?」


 爆音が鳴り響く最中、まるで、演習か、曲芸のように横にピッタリと、くっついて、2台のマシンが走る。

 そのマシンにまたがる二人は、爆音で耳が支配されており、会話なんか出来るわけがなかった。

 だが、二人は、まるで互いに、会話のコミュニケーションを取っているかのように、それぞれが、自分のマシンの上で叫ぶ。


「時代遅れの単車で!!」


 秋羽隼が叫ぶ。

 そして、さらに、マシンを加速させた。


「時代は、このZZ-Rのように、進んでんだよ!!当時、未来を切り開いたZ1は、今じゃ、過去の産物だ!過ぎた過去にすがるように走ってる、貴様にピッタリだな!!」


 秋羽隼は、轟には聞こえていないだろうが、そう叫んだ。


「あいつが死んだのは、俺が頭になった時のことだ!!」


 同じく、さらに、アクセルを捻りながら、たぶん、隼には聞こえてはいないだろうが、轟も一人、叫ぶ。


「バイクの事故だった!だが、ただの事故じゃない!!」


 と、轟は叫びながら、目から、自然と涙を零す。

 互いに前を譲らない二つのマシンが、とあるカーブに差し掛かった。

 そこで…、


「あのカーブ…!」


 カーブには、赤い花束が置かれていた。

 轟の脳裏に、あの日が思い出された。

 その瞬間…。


 パンッ!!


「!?」


 Z1のエンジンから、火が吹いた。

 そして…、




………………


 あいつが亡くなった日は、まるで、あいつの元で泣いている桜花のように、空が大雨だった…。

 轟は、あいつが横たわる病室で、ただ受け入れられない現実を見つめていた。

 いつも、気丈で高嶺の花だった桜花が、あんなにも泣いている。

 現実を受け止めろと言わんばかりに、あいつの母親が、泣き叫びながら…、


「あんたのせいよ!あんたが、あの子を!静かで、優しかった!あの子を、巻き込んで!!」


 と、茫然としている轟の胸板を何度も何度も叩く。

 まるで、あいつを、返してくれ!返してくれ!と言われているみたいだった。

 いや、実際に、そう言われた。

 バイクや、族の世界を、あいつに教えてしまった轟を、たぶん、殴りたくて仕方ないであろう、あいつの父親は…、


「すまない…。妻が落ち着くまで、席を外してくれ…」


 と、わなわなと震えながら、彼に言った。



「3代目!」


 病院の待合室で、ただ茫然としていた轟の元に、息を切らしながら、族の下っぱの奴が近寄り、


「あいつは…」


 と、耳を疑う事実を聞いた。



 あいつが、事故に遭う前のこと。

 轟の所属していた族とは、対立の関係にあった軍団があった。その道の人間が、関わっているらしく、それを後ろ盾に、いい気になっている奴らで、轟達が激しく嫌悪して、暴力による争いの絶えない軍団だった。

 その軍団が、たまたま、国道を一人、バイクで走っていた、あいつを車で囲み、そして、あるカーブで…。

 あいつが、轟達と絡んでるのを、奴らは知っていた。

 そして、轟が頭に任命された日を、打ち壊すため、奴らは、あいつを…。



 それを聞いた轟は、もう我を忘れた。



 そして、大切なあいつの命が奪われた日、轟は、族の総員を率いて、軍団に復讐をした。

 地獄絵図だった。

 あいつと、桜花と、走った国道が、多くの血に染まった。

 警察が来るまで、地獄絵図が続き、アスファルトが赤くなった。

 全員、留置所か、病院のどちらかに送られた。



 轟は、少年院送りにされ、あいつの葬式には出れなかった。

 軍団に対して、行った報復行為については、なにも思わなかったが、あいつの顔を目に焼き付けることが出来なかったのが、悔しかった。

 だから、涙は出なかった。

 悲しくもなかった。



 少年院に入れられてからは、空白だったが、ある日、桜花が面会に現れた。

 あいつに出会う前の桜花蘭は、ただの幼なじみで、子供の頃から、背丈以外、なにも変わっていないと思っていた。

 だけど、久しぶりに目にした桜花は、別人になったように、綺麗で美しい女性に変わっていた。

 轟は、前から、彼女が、少女から女性になっていたのに、ただ気付いてたけど、気付かないふりをしていただけだ。

 だけど、その日は認めるしかなかった。


 面会室で、彼女が言った。


「あいつさ…、死ぬ前に、花束と、ケーキ片手に、走ってたんだって…。あんたの就任と、あたしの…」


 轟は、目を大きく見開いた。

 そして、思い出した。


 あいつが亡くなった日は…、彼女の誕生日だった…。


 轟は、今まで、ため込んでいた感情や、涙が全部、放たれたように、大きな言葉にならない声を上げた。

 泣いても、泣いても、あいつが帰って来ないのは解っていたが、それでも、泣いた。

 彼女も…、


「あいつ…、バカだね…。あたしの誕生日なんか、忘れても良かったのに…。あたしの誕生日なんかのため、ケーキなんか、買いに行くから…」


 帰っては来ない、あいつに、また涙を流した。

 轟の目から、涙が止まることはなかった。




………………


 涙が枯れたと思った時には、轟は、もう違う世界にいた…。

 暗い、深い、終わりの見えない闇の中で、拳銃を片手にし…。

 フラフラと、暗やみを彷徨い歩く…。

 死んでも死にきれない闇の中で、藻掻いていた…。


 そして、今日、彼は同じ匂いを放つ男と、くだらないレースをした。

 どっちが、速いかと、単車で。

 くだらなかったけど、楽しかった、と轟は思った。

 いつまでも、続けていたかったと思っていたが、長年、バカを続けてもらった愛車のエンジンが焼き付いた。

 あいつの最期は、目には焼き付けられなかったが、あいつが最期に見たカーブは、目に焼き付けられた。

 Z1から身を投げ出された轟は思う。


 これで、やっと死ねる。



 ドスン!!


 国道のあのカーブの真ん中で、火を吹いて転がるZ1の近くで、轟は、アスファルトに叩きつけられた。

 ファンタジスタスーツで、衝撃は肉体には来なかったが、エンジンの焼き付きで、両脚に熱を浴びてしまい、無事ではなかった。

 立ち上がれそうになく、轟は、ただアスファルトで、仰向けになった。

 そして、待った…。

 秋羽隼に、止めを刺されるのを…。



「俺の負けだ。さっさと、殺せ…。じゃないと、また、貴様や、貴様の仲間を殺しにかかる…」


 ZZ-Rを近くに停めて、倒れている轟に近づこうとする隼は、そう言われた。

 隼は、ただ黙って、倒れている轟の近くに立つ。

 轟を倒すのは、簡単だ。

 そのファンタジスタスーツを剥がし、銃弾を放てば…。


 だが…、


「ああ、そうさせてもらう。が…」


 隼は、轟の体を見た。



「お前のダチが殺すな、って、言ってんぞ」



 その隼の言葉で、轟は、あることに気付いた。


「!?」


 轟の体の上で、赤い花びら達が散らばっていた。

 まるで、彼を守るかのように、体中に、花びらが散っている。

 この赤い花びらは…。


 あいつが死んだ、あのカーブに、桜花や、族の仲間達や、家族が置いた、あいつへの手向けの花束…。


 さっきの事故の衝撃で、偶然、散らしてしまったのかは解らない。

 でも、まるで、彼を守らんばかりに、花びら達が、彼の体を包む。


「なんで…、だ…」


 轟は仰向けになりながらも、手のひらにある花びらを拾い集め、見つめる。

 理由は解らないが、轟の目から、枯れたと思っていた涙が大量に溢れ出して、止まらなかった。


「俺は、死にたかったんだ!お前を死なせてしまった詫びを、死んで、お前に謝りたかったんだ!!なのに!!なんでだ!!」


 掻き集めた花びらに、あいつを思い浮べながら、轟は叫んだ。

 そして、叫びながら、あいつと、桜花が居た、あの夏の日が思い描かれる。あのバカみたいに、バイクで、ここを走った日が。


 隼は、轟の過去は深くは知らない。

 だが、これだけは解った。


「てめぇが、死にたかった今日は、死んだてめぇのダチにとっては、てめぇに生きてもらいたかった今日だったんだな」


 隼は、赤い花びらに守られた轟に背を向けた。

 炎上するZ1の煙が、朝日が浮かんできた夜空に溶け込んで行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ