20 「國道127號線の白い稲妻」
………………
嘘みたいだった。
昨日まで、一緒に笑っていた、あいつが…。
どんなに、頭の悪い不良共から、殴られても、何事もなかったように、笑っていた、あいつが…。
無理して、潰れるまで酒を飲み競い合っていた、あいつが…。
轟護が、3代目として、族の頭を任されたばかりで、今後、あいつには片腕として、一緒、族を張って行こうと思っていた矢先だった。
あいつの亡骸の傍で、大粒の涙を流して、叫んでいる桜花蘭の姿が、轟護に、現実を思い知らせた。
あいつが死んだ…。
もうすぐ、海が綺麗に太陽の光を反射してくれる、7月の前に…。
………………
ブォォオオオオーーーーン!!!!!
まるで、解き放たれた野獣のように叫び声を上げて、漆黒の夜の闇を駆け抜ける二台のバイク。
このなによりも、狂暴になったマシンを操り、自分の誇りを、相手の喉元に突っ込ませるかのように、二人の男が夜道を、我先にと前にと駆ける。
「この野郎ぉぉぉぁあああああ!!!!」
互いに、どちらが、前に出たり、引いたりの繰り返しが、直線の長い国道で行われた。
途中、まるで、遮るのように現れるトラックを追越しながら、二人は互いのマシンを直進させる。
もはや、互いのファンタジスタスーツの特性や、互いの性格や境遇から、小道具や策を弄しての戦いなど、出来ない二人が着けられる決着は、互いの魂のマシンでの単純なレースだけとなった。
俺は、こいつより速いか、遅いかを理解するだけで戦いが終わる。
そんな決着しか着けられず、そんな決着じゃないと納得が行かなくなった二人の男が、直線を駆け抜ける。漆黒の嵐と、真っ赤な火の玉となって。
「てめえの、その僕は可哀想なんです面は、むかつくんだよ!!」
と叫ぶ、秋羽隼。
ファンタジスタスーツ、ポニーポニックの特性は、この空間から、一時的に消えること。つまり、一瞬だけ、どんな物であっても、誰であっても、彼に触れることは出来ない。
つまり、誰も、彼を繋ぎ止められない。
「貴様のような野蛮な男に、俺の存在が、ダチを死なせてしまった、この辛さが理解出来るのか!?」
爆音が鳴り響く最中、まるで、演習か、曲芸のように横にピッタリと、くっついて、2台のマシンが走る。
そのマシンにまたがる二人は、爆音で耳が支配されており、会話なんか出来るわけがなかった。
だが、二人は、まるで互いに、会話のコミュニケーションを取っているかのように、それぞれが、自分のマシンの上で叫ぶ。
「時代遅れの単車で!!」
秋羽隼が叫ぶ。
そして、さらに、マシンを加速させた。
「時代は、このZZ-Rのように、進んでんだよ!!当時、未来を切り開いたZ1は、今じゃ、過去の産物だ!過ぎた過去にすがるように走ってる、貴様にピッタリだな!!」
秋羽隼は、轟には聞こえていないだろうが、そう叫んだ。
「あいつが死んだのは、俺が頭になった時のことだ!!」
同じく、さらに、アクセルを捻りながら、たぶん、隼には聞こえてはいないだろうが、轟も一人、叫ぶ。
「バイクの事故だった!だが、ただの事故じゃない!!」
と、轟は叫びながら、目から、自然と涙を零す。
互いに前を譲らない二つのマシンが、とあるカーブに差し掛かった。
そこで…、
「あのカーブ…!」
カーブには、赤い花束が置かれていた。
轟の脳裏に、あの日が思い出された。
その瞬間…。
パンッ!!
「!?」
Z1のエンジンから、火が吹いた。
そして…、
………………
あいつが亡くなった日は、まるで、あいつの元で泣いている桜花のように、空が大雨だった…。
轟は、あいつが横たわる病室で、ただ受け入れられない現実を見つめていた。
いつも、気丈で高嶺の花だった桜花が、あんなにも泣いている。
現実を受け止めろと言わんばかりに、あいつの母親が、泣き叫びながら…、
「あんたのせいよ!あんたが、あの子を!静かで、優しかった!あの子を、巻き込んで!!」
と、茫然としている轟の胸板を何度も何度も叩く。
まるで、あいつを、返してくれ!返してくれ!と言われているみたいだった。
いや、実際に、そう言われた。
バイクや、族の世界を、あいつに教えてしまった轟を、たぶん、殴りたくて仕方ないであろう、あいつの父親は…、
「すまない…。妻が落ち着くまで、席を外してくれ…」
と、わなわなと震えながら、彼に言った。
「3代目!」
病院の待合室で、ただ茫然としていた轟の元に、息を切らしながら、族の下っぱの奴が近寄り、
「あいつは…」
と、耳を疑う事実を聞いた。
あいつが、事故に遭う前のこと。
轟の所属していた族とは、対立の関係にあった軍団があった。その道の人間が、関わっているらしく、それを後ろ盾に、いい気になっている奴らで、轟達が激しく嫌悪して、暴力による争いの絶えない軍団だった。
その軍団が、たまたま、国道を一人、バイクで走っていた、あいつを車で囲み、そして、あるカーブで…。
あいつが、轟達と絡んでるのを、奴らは知っていた。
そして、轟が頭に任命された日を、打ち壊すため、奴らは、あいつを…。
それを聞いた轟は、もう我を忘れた。
そして、大切なあいつの命が奪われた日、轟は、族の総員を率いて、軍団に復讐をした。
地獄絵図だった。
あいつと、桜花と、走った国道が、多くの血に染まった。
警察が来るまで、地獄絵図が続き、アスファルトが赤くなった。
全員、留置所か、病院のどちらかに送られた。
轟は、少年院送りにされ、あいつの葬式には出れなかった。
軍団に対して、行った報復行為については、なにも思わなかったが、あいつの顔を目に焼き付けることが出来なかったのが、悔しかった。
だから、涙は出なかった。
悲しくもなかった。
少年院に入れられてからは、空白だったが、ある日、桜花が面会に現れた。
あいつに出会う前の桜花蘭は、ただの幼なじみで、子供の頃から、背丈以外、なにも変わっていないと思っていた。
だけど、久しぶりに目にした桜花は、別人になったように、綺麗で美しい女性に変わっていた。
轟は、前から、彼女が、少女から女性になっていたのに、ただ気付いてたけど、気付かないふりをしていただけだ。
だけど、その日は認めるしかなかった。
面会室で、彼女が言った。
「あいつさ…、死ぬ前に、花束と、ケーキ片手に、走ってたんだって…。あんたの就任と、あたしの…」
轟は、目を大きく見開いた。
そして、思い出した。
あいつが亡くなった日は…、彼女の誕生日だった…。
轟は、今まで、ため込んでいた感情や、涙が全部、放たれたように、大きな言葉にならない声を上げた。
泣いても、泣いても、あいつが帰って来ないのは解っていたが、それでも、泣いた。
彼女も…、
「あいつ…、バカだね…。あたしの誕生日なんか、忘れても良かったのに…。あたしの誕生日なんかのため、ケーキなんか、買いに行くから…」
帰っては来ない、あいつに、また涙を流した。
轟の目から、涙が止まることはなかった。
………………
涙が枯れたと思った時には、轟は、もう違う世界にいた…。
暗い、深い、終わりの見えない闇の中で、拳銃を片手にし…。
フラフラと、暗やみを彷徨い歩く…。
死んでも死にきれない闇の中で、藻掻いていた…。
そして、今日、彼は同じ匂いを放つ男と、くだらないレースをした。
どっちが、速いかと、単車で。
くだらなかったけど、楽しかった、と轟は思った。
いつまでも、続けていたかったと思っていたが、長年、バカを続けてもらった愛車のエンジンが焼き付いた。
あいつの最期は、目には焼き付けられなかったが、あいつが最期に見たカーブは、目に焼き付けられた。
Z1から身を投げ出された轟は思う。
これで、やっと死ねる。
ドスン!!
国道のあのカーブの真ん中で、火を吹いて転がるZ1の近くで、轟は、アスファルトに叩きつけられた。
ファンタジスタスーツで、衝撃は肉体には来なかったが、エンジンの焼き付きで、両脚に熱を浴びてしまい、無事ではなかった。
立ち上がれそうになく、轟は、ただアスファルトで、仰向けになった。
そして、待った…。
秋羽隼に、止めを刺されるのを…。
「俺の負けだ。さっさと、殺せ…。じゃないと、また、貴様や、貴様の仲間を殺しにかかる…」
ZZ-Rを近くに停めて、倒れている轟に近づこうとする隼は、そう言われた。
隼は、ただ黙って、倒れている轟の近くに立つ。
轟を倒すのは、簡単だ。
そのファンタジスタスーツを剥がし、銃弾を放てば…。
だが…、
「ああ、そうさせてもらう。が…」
隼は、轟の体を見た。
「お前のダチが殺すな、って、言ってんぞ」
その隼の言葉で、轟は、あることに気付いた。
「!?」
轟の体の上で、赤い花びら達が散らばっていた。
まるで、彼を守るかのように、体中に、花びらが散っている。
この赤い花びらは…。
あいつが死んだ、あのカーブに、桜花や、族の仲間達や、家族が置いた、あいつへの手向けの花束…。
さっきの事故の衝撃で、偶然、散らしてしまったのかは解らない。
でも、まるで、彼を守らんばかりに、花びら達が、彼の体を包む。
「なんで…、だ…」
轟は仰向けになりながらも、手のひらにある花びらを拾い集め、見つめる。
理由は解らないが、轟の目から、枯れたと思っていた涙が大量に溢れ出して、止まらなかった。
「俺は、死にたかったんだ!お前を死なせてしまった詫びを、死んで、お前に謝りたかったんだ!!なのに!!なんでだ!!」
掻き集めた花びらに、あいつを思い浮べながら、轟は叫んだ。
そして、叫びながら、あいつと、桜花が居た、あの夏の日が思い描かれる。あのバカみたいに、バイクで、ここを走った日が。
隼は、轟の過去は深くは知らない。
だが、これだけは解った。
「てめぇが、死にたかった今日は、死んだてめぇのダチにとっては、てめぇに生きてもらいたかった今日だったんだな」
隼は、赤い花びらに守られた轟に背を向けた。
炎上するZ1の煙が、朝日が浮かんできた夜空に溶け込んで行った。




