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16 「雷電」

 ガチャーン!!


 レストラン、クリッパーの洗い場から、皿が割れる音が鳴り響く。その場に居た者すべての視線が、ゼファーナに向けられた。

 左手から落ちて割れた皿が、彼の足元で破片になって散らばる。


「すっ、すいません…」


 と、周りに謝りながら、ゼファーナは割ってしまった皿の破片を拾うために、しゃがんだ。

 皿を落とした左腕には、激痛が走り、動揺に、しゃがんだ際に、右足にも痛みが走る。


「ぐっ…」


 その痛みに耐えて、ゼファーナは割ってしまった皿を、素手で拾い集める。

 拾っていると、鋭い破片が、彼の右手の指先を切った。赤い血が、指から流れる…。


(ちくしょう…)


 その血を見ながら、ゼファーナは、昨日のことを思い出す。



…………………


 キャンディ・キュティと名乗るチャイナドレスと、龍の仮面のファンタジスタスーツの女のハイキックが来るのを、タイミングを合わせて、シュガーレス・ゼファーナも、ハイキックをした。

 激しいハイキック同士の激突の結果、両者の右足が、接触の衝撃で弾かれた。

 どうやら、二人のキックの威力は同等だったらしく、互いに向かい合いながら、右足の激痛に苦しむ。

 だが…、


「くっ…、わたしのキックが…」


 と、キャンディ・キュティは立ちながら、右足に手を当てる。しかし、その右脚部のプロテクターに、無数のヒビが入った程度で、彼女の右足自体は無事のようだ。

 しかし、シュガーレスの右足は最悪の状態だ。相手には、プロテクターがあったが、彼の右のスネは、スーツを着ているとはいえ、生身同然だったため、衝撃を直に受けてしまった。

 シュガーレスは、右膝を地面に着けて、姿勢を崩す。骨は折れてはいないが、とても、立ち上がるには困難な状態だ。


(まずい!このままじゃあ!)


 と、シュガーレスは、左肘の痛みと、右足の痛みを感じているのに、次の相手の動きに、どう対応すればいいんだと思っていると…。


「ああ…、プロテクターが…。上から、怒られちゃうー」


 と、彼女は割れているプロテクターのある右足を退いて、シュガーレスに背を向けた。

 彼女は、普通に両足を動かして、この場から、去り始める。

 そして…、


「また、今度ねー」


 と、後ろ姿で手を振りながら歩き、シュガーレスの目の前から消えた。


 バタッ!


 シュガーレスは、相手が消えたと同時に、両膝を着いて、前かがみに両手を着いて倒れた。

 そして、わなわなと体を震わせた。


「くっ…、もし、もう一撃来ていたら、敗けていた…!」


 と、右手で地面を殴り、悔しさと怒りの感情を露にする。

 シュガーレスは、その右手で、マスクを外し、乱暴に地面に投げ…、


「相手に舐められた…」


 と、唇を噛み締めて、自分の行動の甘さと、弱さに打ち拉がれた。

 マスクを外したせいで、スーツの肉体強化プログラムが停止し、コンピュータの電気刺激で抑えられていた左肘と、右足のダメージが強烈に現れたが、精神が錯乱しているゼファーナは痛みに鈍感になっていた。

 悔しかったのだ、敵の包囲網を甘く見た自分と、敵に甘く見られた自分が。

 彼が地面に投げたマスクが、辺りに転がり、夜の月を反射させた。



…………………



 ゼファーナが、バイト先で皿を割ったと同じ頃…。


 とある住宅街の高級マンションの個室。

 そこのリビングのソファーに、以前、カラオケボックスの近くで、シュガーレスに助けられた、あのポニーテールの少女が、半袖、半ズボン姿で横たわる。

 彼女の右足には、包帯がぐるぐると巻かれており、時折、その痛みに耐えていた。


 そう、彼女が、あの龍の仮面のチャイナドレスのファンタジスタスーツ、『キャンディ・キュティ』の正体であり、アンチヒューマンズの下請け組織、『スリーピング』の刺客の一人、『ケリー・ホッパ』だ…。

 あの脚部の能力を強力に強化する接近戦を得意するキャンディ・キュティで、シュガーレスを追い詰めたのは、この少女。

 しかし、今は、昨日のハイキック同士の激突のせいか、右足を痛めている。



「まさか…、プロテクターを壊された上、あの蹴りで、まだ足が痛んでるなんて…」


 と、彼女は右足を見ながら言う。

 どうやら、シュガーレスとのハイキックの相打ちの後、彼に攻撃をしなかったのは、あの時、まともに歩くので精一杯で、また戦い始めたら、自分の右足が無事である自信がなかったのだ。

 だから、あの時は退いたのだ…。

 つまりは、痛み分けの結果となった。

 ケリーは、自分の包帯まみれの右足を見つめながら…、


「わたしに、キックで相討ちにさせるなんてね…。あの試作型の中身…。例え、エヌアルじゃなくっても、愛しちゃいそう…」


 と、シュガーレスの姿を思い浮べる。

 そして、ケリーは、包帯まみれの右足を、自分の顔に近づけ、軽く唇づけをした。




 ズキ!


 その日の仕事が終わり、ゼファーナは、ガタガタと痛みに震える右足を引きながら歩き、控え室に向かう。やはり、まだ、肘も痛んでいる。

 ゼファーナは、歩きながら…、


(あの時…)


 と、キャンディ・キュティに踏まれた時に、反撃で彼女の手を握った時、途中で、手を離してしまった自分について、考えていた。

 敵とはいえ、彼女の叫び声を聞いただけで、手を離してしまったのは、明らかに、自分の甘さだと、ゼファーナは思った。


(僕は、甘い…)


 そして、ゼファーナは、スタッフルームのドアノブを握った。

 すると、脳裏に、今日は桜花さんが居ないと浮かんで、少々、ガッカリした気分で、スタッフルームのドアを開けた。




 場面は変わって…。

 飲み屋の多い駅裏の飲食店街。ここは、平日でも人が多く通る。

 特に夜になると、仕事帰りのサラリーマン達が、酒を飲みに現れるため、街は、より人で溢れ返る。

 そして、とある一軒の古い店構えの小さな居酒屋。まるで、昭和の時代の空気が漂っている。

 その店内に、あのスキンヘッドの男が、カウンターに座り、酒を嗜んでいた。そう、地獄同盟会の秋羽隼だ。

 彼は、テーブルに置かれた焼酎を片手に、ストレートで割らずに飲んでいる。

 そして、彼の隣には…、




「君、ダイゴさんから、睨まれてるよ…」

「はい?」


 ゼファーナは、スタッフルームに入って、いきなり、その場に一人居た、一つ年上の同じアルバイトの桑田から、そう言われた。

 彼も、人と話すのが苦手らしく、あまり、ダイゴ達の輪に入れない高校生だった。なにより、見た目が、弱々しく頼りなさげで、ハッキリと喋らないため、ダイゴ達から、よく馬鹿にされたりしている。

 彼と、ゼファーナは話したことはないが、いきなり、そんなことを言われて、ポカン…、としていた。


「なんでです…。それより、すいませんが、今、気分が優れないで…」


 と、昨日の件で、イライラしているゼファーナは、彼を振り切ろうとして、自分のロッカーに向かおうとするが…、


「あっ、いや、だから…」


 と、桑田は、ゼファーナを制止させようと、彼の痛んだ左腕を握った。

 すると、ゼファーナの左腕から痛みが走る。


「痛っ!」


 と、桑田の手を振り切り、負傷した左肘を、ゼファーナは右手で抑える。


「あっ、ごめんなさい!」


 それを見て、桑田は焦る。左肘を痛めているのを知らなかったようだ。

 相手に悪気はなかったようだが、イライラしていたため、ゼファーナの頭に血が昇る。


「あんた、なんなんです!!」


 と、ゼファーナは、珍しく怒りの態度を現わす。

 すると…、桑田は…、


「いや、だって…、君が、新しく入った桜花さんと仲が良いから…」

「なに…?」


 と、言う。

 それには、ゼファーナの頭が、少し冷却して、怒鳴ろうとしていた口が黙る。

 さらに、桑田は…、


「ダイゴさん、桜花さんを狙っているから…」


 と、言った。

 そう言われ、ゼファーナが停止した。

 さっき、思いっきり、握られた左肘の痛みを忘れてしまうまでに…。




「あんた、見ない顔だな…」


 と、隼は隣に座る長身のオールバックの男に話し掛けた。

 その男は、隼の左で、酒は頼まずに、烏龍茶だけを飲んで、焼き鳥、焼き魚を黙って食べていた。

 隼は…、


「どうした?居酒屋にいるくせに、酒、飲まねぇのか。ははは!」


 と、男に体を向け、片手にグラスを持ちながら笑う。

 すると…、


「酒は、やめた…」


 と、オールバックの男は口を開いた。

 それには、隼は妙な顔をした。


「酒が好きだった友人を、亡くしてな…」


 と、オールバックの男が、口に烏龍茶を入れながら、話した。

 そう言われ、隼は、真っすぐに席に座り直し、


「知らなかったとはいえ、すまなかった…」


 と、男に謝った。

 隼は、複雑な表情をして、焼酎の入ったグラスを握る。

 男は…、


「いや、気にしなくていい…。ここに来たのは、昔、そいつと、よく来ていた店だから、懐かしくなってな…」


 と言いながら、焼き鳥を口にした。

 すると…、隼は…、


「親父さん、グラス一つくれ…」


 と、目の前で焼き鳥を焼いている店主に、注文をした。

 そして、店主から、グラスを受け取り、男の近くに置いた。

 男は黙って、隼の置いたグラスを見つめた。

 隼はグラスに、自分がさっきから飲んでいたビンから、酒を注ぎ始め…、


「俺も、昔、ダチを亡くしてな…」


 と、隼は言う。

 この言葉に、男は、焼き鳥の串を皿に置き、両手を机に伏せた。

 グラス一杯に、酒を注ぎ終えると…、


「これは、あんたのダチに…」


 と、酒を注いだグラスを男に渡しながら、隼は言った。

 男は、なにかを堪えるような表情をし、そのグラスを受け取りながら…、


「感謝する…、秋羽隼…」


 と、男は言った。

 二人の間に、静かな時間が流れる。


 すると、隼は軽く笑顔を浮かべながら…、自分のコートの内ポケットに、左手を入れる。

 そして…、


「…」


 酒の入ったグラスを握りながら、男は、静かに、視線を自分の足に向けた。

 隼は、コートの内ポケットから取り出したリボルバー式の銃を、素早く、店内の他の客や、店主に見えないように、カウンターの下に潜り込ませ、男の右足に突き付けた。

 銃を突き付けながら、隼は…、


「俺は、この辺りじゃあ、人気者の有名人だけどよ…。キャバクラの女の子以外じゃあ、売名行為はしてねぇんだよ…。なのに、なんで、名前を知ってんだよ…」


 と、男を睨みながら言う…。

 そして、男は不適な笑みを浮かべ…、


「馬鹿かと思ったが、鋭いんだな…」


 と、隼の鋭い目を見つめた。


 グラスに入った酒が、風もないのに揺れ始めた。

ケリー・ホッパ:18歳。アンチヒューマンズ下請け組織、『スリーピング』の刺客の一人。 性格、表面上は無邪気な少女ではあるが、心の奥に、得体の知れない邪気がある。もしかしたら、ヤンデレ。 使用ファンタジスタスーツ、『キャンディ・キュティ』。 使用武器、なし。

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