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01 「starry sky」

「ゼファーナ・春日…」


 夏海アルゼは、ファミレスの禁煙席で、パソコンを開きながら、オレンジジュースを飲んでいた。

 パソコンの画面には、クセッ毛の長髪で眼鏡をした青年の顔写真と、プロフィール、略歴が載ったページが開かれていた。

 ショートヘアーの金色の髪の毛と、美麗な顔立ちに似合わないジャージ姿の夏海アルゼは、そのページを読み上げていた。


「16歳。フリーター。血縁関係者不明。幼少時、施設に預けられ、施設内で育てられ、中学時代にイジメを受け、その流れからか、高校でもイジメを受け、中退。そして、レストラン『クリッパー』で、アルバイトをして、生計を立てている…」


 そして、チラッと、彼女は室内にある壁に取り付けてあるテレビに目をやる。


 いつものこの午前0時30分には、くだらないバライティ番組をやっているが、今日は、緊急生中継のニュースをやっていた。

 テレビに映るアナウンサーは深刻そうに、こう告げる。

 つい30分前の午前0時に、何者かが、丸抜銀行にドアガラスを打ち破り、金庫のセキュリティを破り、現金を強奪し、駆け付けた警官達、数名を、なんらかの強力な力で重傷を負わせ、犯人は、外に待機してあった車に乗り逃走、そして、車は途中、乗り捨てられ、足取りが途絶えた。

 完全に、顔がマスクで隠されていたため、防犯カメラには、推定身長178センチの灰色らしいタイツと黒い布のマスクの男が一人、程度しか読み取れなかった。

 生中継のテレビ画面には、散らばったガラスの破片、怪我人が出たらしく、血痕が所々で見え、その中で、警官達が調査をしている姿が映し出されていた。


『たった数分と一人で、かなりの束の現金を袋に積め、強奪後、数名の屈強な警備員、警官達に重傷を負わせた犯人とは、一体、何者なのでしょうか…』


 と、テレビのアナウンサーが言った。

「…」


 そのニュースを見つめつつ、アルゼはオレンジジュースを口に入れる。


(厳重なセキュリティを破り、数名を簡単に振り払った…。そして、足が消えた…)


 そう思いながら、今度は、アルゼは、ファミレスの柱時計に目をやる。

『0時40分』

 と、時計の針が示す。

 そして、また目をパソコンに向けた。


(ゼファーナ・春日なら、もう犯人の近くに到着しただろう…)


 パソコンに表示されているゼファーナ・春日の顔写真を見て、彼女は、そう呟く。





「最高だ…」


 男は、たくさんの札束を見て思った。

 このたった、数キロにしかならない札束を見て、狂わない人間は、この世に、存在するのだろうかと…。

 男は、つい40分前に強盗をした犯人。

 多くの人々が、働き稼ぎ預けた金を、季節外れのサンタクロースのような大きな袋に閉じ込め、奪った。

 そして、今、犯行現場から離れた港近くの廃墟のビルの片隅で、床に札束をばらまいた。

 廃墟には、野良猫や、野良犬、巣を作っている鳥が集まり、吠えていたが、男は気にしなかった。

 爽快な気分だった。


「ははっ…、『AH』とか言う奴らに感謝しねぇとな…。こんな真似が出来るようにしてくれたんだからよ…」




「やはり、『AH』の仕業か…」


 犯人が居る廃墟のビルの、数メートル内にあるビルとビルの間の影に、バイト帰りで、カバンを持ったゼファーナ・春日が潜んでいた。

 そして、彼の足元近くに、小さな柴犬が、尻尾を振って歩き回る。

 男が隠れているビルから聞こえる動物の鳴き声が聞こえる。


「ご苦労様でした…。あとは、指示通りに、ここからは、僕が…」


 と、ゼファーナは柴犬の頭を撫でながら、そう話し掛ける。

 柴犬は、尻尾を振って、狭いビルの狭間から出て行った。


「たぶん、犯人は…、『AH』から、『あのスーツ』が渡されたんだろうな…」


 そう言って、彼は、持っていたカバンを開けた。

 カバンの中を探る。

 すると、バイトの制服が出てきたが、それをどかすと、黒い不思議な形をした妙な硬質で出来たマスクが出てきた。


「バイト終わりで、疲れてるてのに…」


 そう彼は、愚痴った。




「うはははははは!!!」


 現金の強奪に成功したのが、嬉しかったのか、男は大笑いだ。

 男は、この世のすべてを、手に入れたような錯覚に陥っている。

 まだ20代後半の茶髪の男が、こんな大金を手に入れれば、錯覚にも陥るのであろうか…。

 世の中、正しいのは、金。

 多ければ、多いほど、人生は楽しくなる。

 どんな綺麗事を言っても、金が必要ではない人間は居ない。

 だから、金を手に入れるため、人は汗を流し働く。

 そして、結果として、金を得て、自分や家族が暮らして行く。

 だから、金は必要だ。

 そんな金を、強奪の結果で、いとも簡単に、自分一人が支配したのだから、男は錯覚に陥いる。


「さーて、と…」


 手に入れた札束を見つめ、男は金の使い道を考えている…。


「やっぱ、これで、女でも囲って…」


「それは、出来ないね」


 男は、驚いた。

 誰も居ない廃墟のビルで、人の声がした。


「誰だ!?」


 男は、声の方に振り向く。

 すると、そこには…。



「銀行のセキュリティを破ったこと、警官を力で振り払った行動から…、『AH』から、肉体を特異にするスーツ、『ファンタジスタスーツ』を手に入れ、犯行に及んだと判断…」


 そう言うのは、奇妙な姿をした男の姿だった。

 大体、身長は、178〜185センチぐらい。

 体のラインが、ハッキリと解るくらいに肌に密着し、それでいて、この暗やみに溶け込みような黒いボディースーツに、ブーツと、手袋。

 そして、なんの真似なのか、首に冬用の長く赤いマフラー。

 最後に特徴的なのは、奇怪なひし形で、二つの三角形の目がある硬質的な黒いマスク。

 まるで、特撮のヒーローのような姿をした男だった。


「なんだ、てめぇ!!どこのコスプレ野郎だ!」


 なぜ、ここが解ったと考えながら、男は叫ぶ。


「貴様…、『AH』の人間か…」


 そう黒いマスク男が聞いた。

 だが、強盗の男は、今着ているコートを脱いだ。


「やはり、『ファンタジスタスーツ』…」


 強盗の男は、コートの下に灰色の全身タイツのような物を着ていた。

 そして、強盗はコートのポケットから、あの監視カメラに映った、黒い布製のマスクを取り出した。


「よくは、解らねぇが、『AH』とかが作った、このスーツを着るとよ…、この世の誰にでも勝てる気がするんだよ!」


 と、強盗はマスクを被った。

 黒いマスク男は、静かに、強盗の方へ歩み寄る。


「こう体中から、火力発電みてぇに力が湧いて来やがってよ…。こういうの、『鬼に金棒』って言うんだろ!警官共を、ぶっ飛ばせるんだからよ!はははは!!!」


 強盗は、大きく愉快に笑っていた。

 しかし、笑いが止まったのは、異変に気付いてからだ。


「えっ…」


 あの特撮のコスプレのマスクの男が、急に視界から消えた。

 瞬きくらいに、目を閉じた瞬間。

 すると、今度は、顔面に痛みを感じた。

 鼻から、変な鉄の匂いがし、グチャ…、と音を鳴らして。

 男は、この匂いと、この音が、なんなのかに気付いた。

 鼻から、血が出てる。

 なんで、出たのかも、同時に理解した。


バギィ!!


 あの黒いマスク男が、目にも捕らえられない、超速度で鼻を殴ったからだ。

 理解したと同時に、強盗は、鼻血を吹いて、気を失い、その場に倒れた。

 倒れた先には、あの黒いマスク男が居た。


「この場合、『鬼に金棒』じゃなく…、『猫に小判』かな…。君の『ファンタジスタスーツ』、安価型の安物だけど、このことわざが似合うなぁ…」


 黒いマスク男は、強盗が気を失ったのを確認すると、そのマスクを脱いだ。

 クセっ毛の幼い顔立ちの少年、ゼファーナ・春日の眼鏡を外した素顔が、そこにあった。

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