11.5 「流星」
県内で行われた、県内だけでなく、県外からの大勢の一般参加による剣道大会は、ついに開かれた。
この日のため、藤岡剣友会の雪乃と、あの3人組の小室、中田、尾崎と、カタナは、練習に練習を重ね、確実に実力を身につけた。
しかし、有段者の選手が雪乃しかいなく、残りが日が浅いカタナ達の団体メンバーと、県外から来た有名な実力者揃いの団体選手達とでは残酷なまでに実力の差があり、結果としては、予選は通過したものの、一回戦敗退という悲しい結果だ。
雪乃、初心者だか常人とは違う鍛え方のカタナは、それなり貢献したが、やはり、優勝までは届かなかった。
マネージャーとして、大会の会場に来て、アリーナ席から観戦していたゼファーナは、この結果に唇を噛んだ。彼の隣に座る雪乃の弟の大樹も、残念そうな表情を浮かべる。
(一文字クラブを潰したのに…)
と、一文字クラブの名前が書かれていないパンフレットの対戦表を見つめ、奴らが、麻薬所持で一斉逮捕されたことニュースを思い出した。
(あの時は、これで、みんなが安心して試合に出て、良い結果が残せると思った…。しかし…、これじゃあ…)
と、アルゼみたいな冷静に切り捨てるような考え方はしないゼファーナだが、
(重、軽傷者を出した僕らの行動も、彼らの屈辱に耐えた努力も、なにもかも、無駄だったのか…)
と、現実が出した非情な結果に、そう考えてしまった。
しかし、同時に、なんて彼らに言葉を掛けていいのかが、解らなかった。
しかし…。
「まぁ、頑張ったんだから仕方ないわね…。みんなも、あれから、だいぶ上手になったし、また来年、来年、頑張りましょ」
試合後、会場の外で、防具の面だけを外して集まった彼らに、雪乃が、そう言った。
悔しさ、無力さからか、汗だけじゃなく、小室、仲田、尾崎の3人は、黙って、ガタガタ震えながら、涙を流してしまっている。ボタボタ…と、涙をコンクリートの地面に落ちるのを、ゼファーナと大樹は見つめていた。
彼らが泣いているのを、ゼファーナは、
(当たり前だよ…、こんな結果じゃあ、泣きたくもなる…)
と、思っていた。
カタナの方は、いつもと変わらない表情だが、さすがに、下手なことが言えないようで、この状況を、メンバーのリーダーである雪乃に預けていた。
雪乃は悔しい表情を、一切、浮かべず、彼らに…、
「バカね、わたしだって、悔しいけど、泣くことないわ!相手だって、一生懸命、練習して、この大会に参加したのよ。遠くから、電車、飛行機とか乗ってまで来た選手達が、いっぱい居るんだから。ここまで来たからには、彼らだって、負けたくないのよ!だから、負けたからって、泣くのは彼らに失礼よ!今度は、そんな彼らより、頑張ればいいでしょ!まだ、始まったばかり!」
と、泣く3人に力を込めて、雪乃は話す。
そんな彼女の言葉に、3人は涙を手で拭った。
「だから、明日から、あんた達3人には、足腰を鍛えてもらうため、近くの神社の階段を上り、下りしてもらうわ!無論、倒れるまで!」
と、雪乃は左に握る竹刀を前に出して、ガッツポーズをして発言した。
この言葉で、3人の涙は止まり、
「ええぇー!」
「また、血尿覚悟…」
「しなきゃならんのですか!!」
「当たり前よ…」
と、いつものテーションに戻った。カタナ、大樹はそれを笑いながら見ていた。
しかし、ゼファーナは硬い表情だ…。
(本当に、雪乃さんは強い人だ…。でも…)
と、ただ彼らを近くに居るのに、遠い目で見ていた。
そんな様子の彼を、カタナだけは気付いていた。
すると…。
「お疲れ、雪乃ちゃん!」
違う方向から、彼らに声が送られた。
「えっ?」
3人に厳しく接していた雪乃は、思わず、声の方向にすぐ振り向く。聞き覚えのある声だったからだ。
3人も、カタナも、大樹も、ゼファーナも振り向く。
振り向いた先には…。
「…っ」
雪乃は、言葉を失った。
振り向いた先に居たのは、ギブス、包帯が手、足に巻かれていたり、片手に松葉杖を持っていたり、車椅子に乗っている人々の姿だ。
そう、彼らは、一文字クラブによって、負傷を負わされ、大会に出れなくなり、病院で治療中の老若男女の関係のない藤岡剣友会の選手達数名だ。
怪我を抱えているのに、わざわざ、雪乃達の試合を観に来ていたのだ。
これには、雪乃は言葉を失う。さらには、ゼファーナまでも、言葉を失った。
「おう、あのヘナチョコの3人が見ない間に、随分、逞しくなったな。で、この色男が、雪乃ちゃんが言っていた冬風カタナか?」
「脇田さん!」
と、松葉杖を片手に、足にギブスが巻かれた体育会系な筋肉質の脇田が、3人組と、カタナをからかった。そして、大樹は無邪気に脇田に駆け寄り、頭を撫でてもらった。
彼だけじゃなく、他にも怪我をした藤岡剣友会の中間達が、茫然としている雪乃達に声をかける。
「頑張ったね!」
「辛かったろうな!」
「本当に、よくやった!」
と、次々と、みんなが雪乃に言い寄る。
すると、閉じていた雪乃の口が開いた。
「みんな、どうして?」
そう彼女が言った。
同じく、茫然としているゼファーナも気になっていたことだ。
すると、脇田が…、
「当たり前だろ、俺たち、みんな、仲間なんだから」
と言うと、他のみんなも頷いた。怪我を負っている体で、みんなが口々に、そうだ!と言う。
そんな彼らの言葉を聞いたせいか…、
「あれっ?」
雪乃の目から、自然と涙が…。自分でも、気付かないうちに…。ボタボタ…と、地面に涙が落ちて行く。
今まで、抱えていたなにかが、すべて流れて落ちて行くように。
「あっ、ちょっと、目が…」
と、みんなに涙を見せたくないのか、彼女は手で目を隠した。
それでも、涙は隠しきれず、手から溢れた。
ついには、みんなの前で、声を出して泣き出してしまった。
そんな彼女を見つめながら、カタナは、あることを思い出した。
それは、彼女が、ふと練習が終わった際に、カタナに話したことだ。
彼女が8歳で、大樹が2歳の頃、父親を交通事故で失った。
父は藤岡剣友会の師範代をやっていて、事故の前日まで稽古をしていた。
そんな父の真似をして、二人は、病気勝ちな母と一緒に、あの市内体育館に行って、藤岡剣友会のみんなと一緒に、稽古に参加していた。事故の前日まで…。
父を失った日は、雪乃、大樹や母だけじゃなく、彼を慕っていた藤岡剣友会のみんなが涙を流した。
父を失ってしまった日から、母は、より体調を崩し、今でも、病院で介護を受ける生活を過ごすこととなった。
そんな、幼い二人は、生活のために、親戚に預けられることとなった。
だが、両親は親類の反対を押し切っての結婚だった故に、二人の親戚からの扱いは冷たく、苦痛の日々だった。
そんな、雪乃、大樹を救ったのは、そう、藤岡剣友会の人々だ。冷たい親戚から、二人を救い、新しい住み家や、生活面の援助までしてくれた。
父親を失って、傷ついた雪乃を救ったのは、その父親の思い出の残る藤岡剣友会だった。
彼女は、父親を失しない、母とも離れ、親戚に見捨てられたが、その父親が残して行った思い出だけは失うことはなかった。
だから、彼女は、一文字クラブによって、みんなが怪我をしたときも、誰よりも悲しみ、一文字が現れた時に、土下座をしてまで守ろうとした。
彼女や、大樹にとって、藤岡剣友会は父親の思い出であり、大切な家族なのだ。
そんなことを、みんなの前で、声を出して泣く雪乃を見て思い出す。
泣き出してしまった雪乃に対して、どうすればいいのか解らない3人は慌てふためく。なにしろ、初めて見た憧れの雪乃の泣き顔だから。
大樹は泣く姉を笑いながら見つめ、藤岡剣友会のみんなも優しい笑顔で見つめる。
ゼファーナは、茫然としたまま、その光景を見つめた。泣いたり、笑ったり、慌てたりしている、みんなの姿を、目に焼き付けた。
(意味はないと、思っていた…。一文字クラブを、潰したって、現実は非情なんだって…)
強いと思っていた雪乃の泣き顔に、ゼファーナは、手が震えた。
そんな自分の手を握り締め…。
(だけど、違う…。これは、無駄なんかじゃない…)
と、ゼファーナは藤岡剣友会のみんなに向けた身体の向きを変え、静かに、この場所から去ろうと、足を動かす。
ゼファーナは熱くなった自分の目頭を、腕でなぞり、
(戦う…。これからも…、現実が甘くなくても…)
と一人、静かに、みんなから離れた。
そんな彼の姿を、雪乃を見つめる藤岡剣友会のみんなの中で、カタナは黙って見つめた。
(あいつは、本当に、ハイカラなガキだな…)
と、手で涙を拭う雪乃に近寄りながら、カタナは思った。そして、ドサクサに紛れて、泣いている雪乃の尻を触る。
バゴッ!
泣いているから、来ないだろうと思っていたが、やっぱり、高校の番長を泣かせた自慢のパンチが、雪乃の手から放たれ、カタナは顔面で受けた。
彼女の涙より、カタナの鼻血が多く流れていた。
この場を借りての余談ですが、まだ作品世界の設定も曖昧で、話が序盤程度なのに、07からの、このエピソードが長くなってしまい、上手く話の展開を広げられなかった点を、反省しています…。まだまだ、未熟な作品ではありますが、これからも、よろしくお願いします…。




