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11 「夢で逢えたなら」

「一文字会長!大変です!!」


 ビル最上階の会長室に、慌ただしく部下達からの連絡が鳴り止まない。

 その部下達の叫び、警報のベルや、赤いランプが、騒がしくビル中を駆け巡るのを、会長と、その息子は耳を必死に押さえて、受け入れがたい現実を拒否していた。

 それでも、一文字達が、今まで嘘や不正で塗り固めて作った現実だと思っていた幻想が崩壊するのを、無線機から部下達が告げる。



「ビルに居た仲間達は全滅!さらに、地下室に侵入者が入り、隠していたステロイドや、麻薬を奪われ…、新しく入ったファンタジスタスーツを、すべて、地下で燃やされました!!」


 シュガーレス・ゼファーナは、一文字クラブが手に入れたファンタジスタスーツすべてを、世に出回らせないため、燃やした。だが、ステロイド、新たに見つけた麻薬は燃やさずに、物的証拠として、警察に出すため、確保していた。

 これで、一文字クラブの裏との繋がりが断ち切られ、刑務所行きの切符が配られる。


「さらに、ついさっき、藤岡剣友会の使用している市内体育館を壊しに行った部下達から、緊急事態の報告が…」




 一文字クラブは、嫌がらせと、車を燃やされた報復として、藤岡剣友会が使用している市内体育館に、ファンタジスタスーツの部下達数名を送っていた。

 しかし、市内体育館には、雪乃が眠っている。 そのため、カタナから、静かに眠る彼女を守るように頼まれた、夏海アルゼが居る。


 そして、今、市内体育館の前は、地獄絵図と化していた…。

 ゼファーナが車を燃やし、『キ・エ・ロ』と書いた場所で、それ以上の最悪の事態が起きていた。


「うぎゃあああああ!!!」

「ひぃいあああ!!!」


 漆黒の夜空を裂くように、悲鳴を上げる一文字クラブの部下達…。

 何故なのか、何故、こんなことになったのか…。

 異常な事態だった…。

 燃えている…。

 ファンタジスタスーツを着た一文字の部下達が…。

 人間が…。

 赤い炎で、体を焼かれている…。


 しばらくすると、一文字の部下達を焼く炎は消え、彼らのファンタジスタスーツは焼け焦げ、墨となった。

 そして、彼らは気を失う。皮膚に、軽い火傷を負ったまま、アスファルトに転がる。息はあるが、力尽きている。

 まるで、肉体に焼印を押しつけられる拷問に、朽ちた罪人のように。


 この光景を、市内体育館の屋根の上で見ている者が居た。

 その者の姿は、夜空に溶け込むような深い紫色のタキシードを着ていた。更に、白と黒が入り乱れるシルクハットに、鋭く切り裂いたような形の目の穴しかない白い不気味な仮面…。

 死神か、マジシャンのような姿…。

 そう、これこそが、夏海アルゼのファンタジスタスーツ着用時の姿、『爆裂ロマンティスト』だ。

 不気味な白い仮面の奥の夏海アルゼの瞳が、赤い炎を纏っているように、赤く染まっていた。

 そして、夜空に浮かぶ綺麗な金色の月を見つめて…、


「ロマンチックに、燃えろ…」


 と、下で朽ちた者達に言葉を投げた。

 これこそが、皆が恐れていた夏海アルゼのファンタジスタスーツと、本性であった。

 金色の月が、少しだけ、赤くなった。





ガチャン!!


 数々の受け入れられない現実を凪ぎ払うかのごとくに、一文字会長は、無線機に向かって、灰皿を投げる。砕ける破片に、飛び散るタバコのフィルタや、灰ガラ。

 この追い詰められ、青筋を浮かべる父親の姿に、息子の剣丸は怯える。


「夢だ!こんなのは、夢だ!!」

「パパ!」


 と、一文字親子は、一気に崩壊して行く自分達に嘆く。

 息子の剣丸は、ソファーに座りながら、ガタガタと足を震え上がらせて、床に妙なリズムを響かせる。


「こんなの夢だ!地獄だ!」


 一文字会長は、叫ぶ。

 すると…。


「ああ…、だから、俺たちは、『地獄同盟会』の名前の下、集った…」


 一文字会長の叫びに答えるように、会長室のドア越しに、声が聞こえた。

 その声に、一文字会長は一気に、ドアに首を傾ける。

 もはや、剣丸は震えすら止まってしまったが、父親の会長は自分の権力の証である机の引き出しを乱暴に開ける。

 そして、引き出しの中から、金色のリボルバーの拳銃が姿を見せ、それを、会長は構える。


バギィ!!


 ノブを回さずに、乱暴にドアを蹴り飛ばし、ちょうつがいが壊れ、ドアが吹っ飛んだ。ドア板の真ん中には、蹴で出来た足跡の凹みが…。板が吹っ飛びながら、床を滑る。

 その破壊されたドアの向こうに、鬼が居た。


「泣く子は、いねぇか…」


 ついに、狂気の鬼と化した冬風カタナ、このビルに居た者達で血に染まったサムライ・ロジックが、元凶である一文字親子の目の前に現れた。

 真っ赤な木刀を片手にして…。


「うわぁあああああ!!!!!」

「うわぁあああああ!!!!!」


 赤い血に染まった般若の姿に、一文字親子は現実どころが、理性すら失った。

 そして、理性や、感情が恐怖で吹き飛んでしまった一文字会長は、ついに、拳銃の引き金を引いた。


バン!バン!バン!バン!バン!ダン!



「ぶはっ!!」


 会長の手に握られた拳銃から、白い煙が上る。

 ゆらゆらと…。

 狂気の恐怖で放たれた悪意の銃弾は、すべて、カタナの胸元に命中した…。心臓をも、貫いてしまった…。

 銃弾で、穴が開いたカタナの胸から、血が流れる…。水の溜まったビニール袋を針で刺したように…。噴水のように、血が飛び散る。

 血は、胸から流れ落ち、着物や、草履、床を赤い色にした。


「ぐおっ…」


 銃弾を受けたカタナは、穴が開いた心臓部を、あの包帯が巻かれた右手で押さえる。

 だが、右手から血は漏れる。血の勢いは、抑えられない。

 ただ、流れるだけ…。

 そして、カタナは…。


「いっ、てぇ…」


 バタッ!


 血染めになりながら、自らの血の池に飛び込むように、前に膝を着いて倒れた。

 その一人の人間に、銃弾を撃ち込んだ一文字親子の二人は怯えてなどいなかった…。

 一人の人間の心臓から、血を吹きださせたことに、罪の意識などない。

 この二人が怖いのは、ただ一つ、他人を踏み躙り、満たしてきた己の欲求が満たせなくなることだけだ。 だから、罪の意識などない。

 だから、もう救われない…。


 一文字会長は、拳銃を投げ捨て、ソファーに座る息子に近づく。

 剣丸は、大きく息を吐いて、立ち上がる。

 自分達を追い詰めた鬼が、銃弾六発で倒れて、不安が去ったことに安心したのだ。


「逃げるぞ!」

「うん!」


 二人は、倒れたカタナを飛び越えて、会長室から出て行く。

 そして、二人はエレベーターへと駆け足で向かって行った。


グチャ…

カラン…


 血の池に倒れる、カタナから、妙な音がしたのにも気付かないまま、エレベーターのボタンを押した。




 一文字親子は、こうなれば、海外に居る知り合いのマフィア達に連絡をして、日本から離れようと考えていた。そうすれば、海外で、整形やらで、顔や指紋を変えれば、とりあえずは、落ち着けるからだ。

 そして、港で連絡して、船に乗るため、地下駐車場に停めているリムジンに乗ろうとしていた。

 二人は、地下駐車場に到着したエレベーターから出てきた。このまま、リムジンへと、足を進める。


「それにしても、パパ。あいつら、なんなの!?あんなにあった、ファンタジスタスーツを蹴散らすなんて…」

「知るか!」


 今だに、カタナ達が、自分達の部下を物ともしなかったことが、信じられなかったようだ。

 しかし、もっと、信じられない事態が起きようとしていた…。


バァアアアアアアン!!!!!


「!?」


 一文字親子は、強烈な爆破音に鼓膜が裂かれる。

 そして、この音に、剣丸の脳裏に、あの光景が思い出された…。

 昨日、藤岡剣友会を侮辱した日に聞いた、あの車達の爆破音…。

 そう、二人の希望であるリムジンが爆発していた。


 地下駐車場の影に、リムジンを爆破させた張本人が潜む…。

 青い色のヘルメットと、ライダースーツ姿の…、片手に拳銃を持つ男。

 この爆破は、ポニー・ポニックの秋羽隼の仕業。そう、この件をアルゼから受けて、参加してきた彼が、奴らの足を止めたのだ。

 彼は、先程、ガソリンタンクに弾を撃ち込んだ後で、煙の上がる拳銃を片手に持ち…、


「自動車修理の仕事してる俺には、リムジン爆破は、心苦しいが、あいつらに、逃げ場をやるわけにはいかないんのでな…」


 と、地下駐車場の出口に向かって歩き出す。出口の先の外には、愛車のZZ-R1300がエンジンを鳴らしながら、待っている。




 もういろんなことが、起こりすぎて、思考回路がショートした二人は、爆破したリムジンの姿を呆然と見つめていた。炎上するリムジンから出た漆黒の煙が、地下駐車場に蔓延する。

 そして、最後にトドメとなる出来事が、二人を襲う…。


べちょ…


 炎上するリムジンを見つめる二人の背後から、なにか、液体が滴れ落ちる音が聞こえた。

 そして…。


カラン…、カラン…、カラン…、カラン…、カラン…、カラン…


 6回、金属の小さな固まりが落ちる音が地下駐車場に鳴り響く。

 その音は、炎上するリムジンを見つめる二人を、ガタガタと震え上がらせる。 背後から、液体を滴らせながら、近づいてくる、なにかがある…。


 小さな金属の固まり…、小さな金属…、金属…、弾…、拳銃の弾…。

 それが、6回鳴る…、6回…、奴に撃ち込んだ拳銃の弾の数は?

 液体の音…、液体…、血…、赤い血…。

 つまり…。


 と、さっきから、背後で響く音や気配から、様々な要素が、一文字親子は、頭の中で、いろんな考えが浮かぶ。

 結果として、自分達の中で、最も、信じられない結果が浮かんだ…。

 同時に、二人は、ついに、すべてを受け入れた。

 自分達の作り上げた偽りの甘い日々が、すべて、崩壊してしまったことを…。

 そして、この液体が滴れ落ちる音が耳元まで聞こえた、本当に、すべてが終わることを…。


「パパぁ…」

「愛しの息子よ…」


 一文字親子の二人は、涙を流しながら、手を繋ぐ…。

 血が滴れる音が、ついに背後に迫った。

 そして、二人の耳に…、


「随分、真っ赤で、ハイカラな着物にしてくれたな…」


 心臓を撃ち抜かれ、大量に血を流して、息絶えたはずの冬風カタナの声が…。

 地下駐車場いっぱいに、一文字親子の悲鳴が響いた。




「…」


 多摩雪乃は、自分が、いつ眠ってしまったのか忘れてしまっていた。あの着物の変な男に泣き付いてしまった恥ずかしさは忘れてはいなかったが…。

 道場の業務員室で眠っていることには気付いた。耳に、小鳥の泣き声が聞こえる。

 そして、窓からの日差しが目に刺さった。


「はっ!!」


 雪乃は、目を開いた。

 そのまま、起き上がる。体には毛布があり、どうやら、胴着のまま、眠ってしまったらしい。

 いつのまにか、朝になっているのを、窓から漏れる太陽で気付いた。

 そして、自分の周りの業務員室の畳を見渡すと…、


「でっ!?」


 それは、思いもしない光景だった。

 自分の隣で、仰向けで、パンツだけで眠っている冬風カタナの姿が…。

 彼女は、目を丸くして、固まった。



 昨日、一文字クラブに殴り込みに行き、胸板に弾丸を浴びたはずなのに、彼の上半身には傷一つない。

 なにより、致死量の出血をしたのに、彼は気持ち良さそうに眠っていた。

 これが、彼のファンタジスタスーツの般若の仮面、『サムライ・ロジック』の力…。超再生能力。

 弾丸に撃たれても、すぐに、筋肉が弾丸を吐き出し、流血した血を止め、流れ出てしまった血を、直ぐ様、体内で作り出し、皮膚の傷をすぐに埋めた。

 だから、彼は死ぬことなどなかった。

 だから、一文字親子の背後に現れたのだ。

 ちなみに、一文字親子は、勝手に気絶したので、そのまま、ステロイド、麻薬と一緒に、警察に置いてきた。

 そして、ついさっき、体育館に戻り、血で汚れた着物を脱いで、彼女の近くで、そのまま、眠り込んだ。

 血に染まった木刀は、彼が途中、どこかで捨てた。



 そんな、すやすや、眠る彼の逞しい胸板や、男性物の下着のトランクスが、無垢な少女の目に入り込む。

 そして、雪乃はガタガタ…、と震え出した。

 自分の寝相で、乱れている胴着から、彼女は…。


「まさか…」


 余談だが、剣道で胴着を着る際には、最近は、どうなのかは解らないが、下着は着用しないのである。

 だから、さっきまでの戦いを知らず、事情も解らない彼女は、誤解した…。

 泣き疲れて、眠り果てた自分を、この男は…。

 一気に、顔が真っ赤になり、わなわな…、と体を奮わせ、高校の番長を泣かせた自慢の右拳に力を込め…、


「あんたの血は、何色だ!!?」


 と、この後、弾丸を撃ち込まれても、叫ばなかった冬風カタナが大声で叫んだ。




「桜花さん…、肘ぐらい、自分で…」


 同じ頃、アパートの自室で、シュガーレススーツをマスクだけ脱いだゼファーナが、怪我をして包帯を巻いている肘に触れながら、眠っていた。

 ベッドの枕に顔をうずくめながら、寝言を呟く。

サムライ・ロジック:正体、冬風カタナ タイプ、居合い、接近戦型 武器、思い出の使い捨て木刀(そこらへんのみやげ屋で売ってるような) 特徴、仮面を被っている限りは、どんなことがあろうが、肉体が死や致命傷を回復させる。限度は不明。 他の地獄同盟会の3人や、他のファンタジスタスーツは衣類になっているが、彼だけは仮面を被るだけ。理由は…。

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