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10 「Eternity」


………………


 数年前、彼が、ゼファーナ・春日という偽名と、シュガーレスのファンタジスタスーツを与えられ、しばらくした日。


 某都内に秘蔵に建築された訓練用の地下室。

 シュガーレススーツが、体に馴染まないために、地下室にてハードトレーニングをしいらされているゼファーナ。

 その休憩中に、マスクを脱いだシュガーレススーツのまま、待機室の椅子に座っていたら、たまたま、その場に、あの着物姿の男が現われ、二人っきりになった。

 その男は、何故か、顔以外、全身包帯まみれだった。

 そして、腰には木刀一本。

 男が口を開いた。


「お前が、エヌアルの次にシュガーレスに選ばれたゼファーナ・春日か…?」


 と、男が聞いてきた。

 しかし、ゼファーナは…、


「だから、なんだ…。その腰につけてるのは、なんだ…」


 男の問いに回答はしなかった。更に、こちらを見つめる男の目を、ゼファーナは睨む。

 この頃のゼファーナの態度は、いつも、こんな感じだ。

 しかし、男は気を悪くせず…、


「ああっ。これか、これは、別府に行った時のお土産だが、俺の武器だ…」


 と、笑いながら、腰から木刀を抜いて、ゼファーナの目の前にかざした。

 それを見て、ゼファーナは、椅子に置いていたコダチを握り…、


「そんなの玩具だ…。本物の刃を使えばいいだろ…」


 そうゼファーナは、男に言った。

 すると…、男は…。


「刃物は怖いから、使いたくないんだ…」


 と、腰にまた木刀を引っ掛けながら、男が言う。

 彼の名前は、冬風カタナ。

 ゼファーナ・春日と同じ、偽名とファンタジスタスーツを与えられた男。

 過去も、経歴も、年齢、戦う理由も謎の男。


……………


 シュガーレス・ゼファーナは、そんな過去を思い出しながら、彼が向かった一文字クラブのあるビルへと、深夜の闇に隠れて、街中を駆け巡る。

 ゼファーナが思い出すに、彼が戦っているところを見たことは一度もなかった。スケベで、気さくだけど、大人としての示しは、きちんとやる男ぐらいにしか、知らなかった。


(あのスーツ、サムライ・ロジックの能力は知ってるけど…。あのクラブの会長が裏に手を染めてるから、低性能とはいえ、ファンタジスタスーツが、いくつ用意されてるのか…。それに、あの人の性格は甘い…)


 ゼファーナは、そう思いながら、建物の屋根を足場に飛び跳ねながら、移動し、一文字クラブに向かって行く。

 同時に、今日、奴らが、藤岡剣友会に手を出してこなかったため、なにか、一文字クラブは準備をしているとも感じていた。

 もしかしたら、ファンタジスタスーツを、更に、受け取っているのかもしれない。

 だったら、敵の数は、圧倒的になる…。

 そんな不安から、ゼファーナは更に加速して、建物の屋根の数を踏み越えて、駆け行く。


 彼の不安は、残念ながら、的中。

 この日の数時間前、一文字クラブには、裏から回してもらった大量のファンタジスタスーツが届いていた…。

 たぶん、カタナが到着している頃には、すでに…。




「うっ…!」


 シュガーレス・ゼファーナは、人や、車の気配が少なくはなったが、まだオフィス街が光を放つ市内の街中にある、一文字クラブビル前の入り口に着いた。一文字クラブビルには、灯りがなく暗かった。

 このビルには、入り口がいくらかある。裏口や、秘密の地下通路に繋がる入り口まで。

 ゼファーナは、裏口から入るつもりであったが、看板のある表の入り口の異様さに、足が止まった。

 入り口のガラスは、まるで、なにかを放り投げられたらしく、見事に割られ、破片が辺り一面に飛び散っている。

 そして、安価型、全身タイツのファンタジスタスーツを着た男たちが、飛び散ったガラスの破片たちと共に、横に倒れ、気を失っているか、ひたすらに、悲鳴を上げているかのどちらかだった。

 ガラスの破片には、血も飛び散っている。

 ゼファーナは、この光景に愕然とした。


「こいつら、入り口のガラスに投げられたんだ…。そして、圧倒的な力で打ち負かされた…」


 と、状況の悲惨さを確認した。

 中には、骨が折られているものも居たようだ。

 そんな悲鳴や苦痛の声を出し、血を流している安価型ファンタジスタスーツの倒れている者達を見つめながら、ゼファーナは、多少、気分が悪くなった…。


「やりすぎだ…。まさか、ビルに近づいてきた誰かを、こいつらが迎え撃ったのか…。だとしたら、この光景を作ったのって…」




 そんな入り口の前に、ゼファーナが居るのを知らないまま、一文字クラブのビルの内部では、更に、混乱が起きている。

 ビル内部の通路で、安価型ファンタジスタスーツの男達が、次々と打ち負かされていく。

 あの優しく雪乃を抱き締めた冬風カタナによって…。


 血が飛び付いたサムライ・ロジックの仮面。それを着けたカタナは、片手にある武器の木刀を血に染めて、次々と、前や、後ろから攻めてきた一文字クラブの手先である安価型ファンタジスタスーツを殴り飛ばす。

 無言で、無表情で、慈悲もなく、無情に、次から次と、バットや、ゴルフクラブ、ついに、真剣すら持っているファンタジスタスーツ達の腕や、足、顔面を木刀で叩く。

 血が歯が飛び散っても、カタナは容赦はしないで、木刀で、一瞬に相手の意識を奪って行く。


「鬼だぁ!」


 奴が木刀を振るだけで、次々と血を吹き、苦痛の叫びを吐いて、倒されて行く仲間たちを見て、一人の男が叫ぶ。三十人も居たはずなのに…。

 しかも、安価型とはいえ、ファンタジスタスーツを着て、肉体は強化されているはずなのに。武器を用いてる者ですら、奴のただでさえ、赤い般若の仮面と着物を血で染めるだけでしかなかった。

  次々に、向かって行っても、一閃で飛び散って行く仲間の姿に、男は怯える。

 あんなに、数を揃えた仲間達が、たった一人に蹴散らされている。

 そんな異常な光景を見て、男は、あることに気が付いた。


 男が気付いたこと…、それは、数人相手にしているのに、たった一人に勝てないのは、場所が理由の一つにあった。

 通行するためにあるスポーツクラブの廊下は、大勢で居るには狭い。

 相手を囲むには、カタナのリーチや、武器の木刀を配慮したため、自然に距離を置いて、カタナを通路の中心にあるとして見てみると、カタナから見て、通路の壁側に立つ者は少なく、攻撃が来るのも、カタナから見て、壁のない通行側の前か、後ろかでしかない。

 つまり、大勢居るが、一人相手するのに、カタナから見て、通路側の正面か、後ろから、攻めて行くしかない。壁を背にして向かうことは、すぐに、カタナの木刀の射程に入るのと、通路の狭さ故に、難しい。

 しかも、武器を用いてる者も居ることから、その武器に巻き込まれまいと自然と、仲間同士でも距離が出来てしまう。

 だから、カタナに迫るのは、自然と人数が限られ、正面、後ろからという位置からでの攻撃となり、結果、大勢居るのに、1対2、3の戦いとなってしまっていた。

 こんな場所から、仕掛けたのは、考え不足の一文字クラブ側だが、いくらなんでも、一人なのに、地の利点を利用して、この数を相手にするの簡単ではない。

 だから、冷静に、冷酷に敵を蹴散らすカタナの異常さの理由には、ならなかった。

 地の利に、カタナの異常な木刀さばき、反射神経、運動神経、身体能力が加わって、更に、ファンタジスタスーツのサムライ・ロジックがあっての驚異の力であった。


 そんなことに気付いた男は、時遅く、もう自分一人しか居なかった。

 仲間は呻き声や、悲鳴を上げて、狭い通路で倒れている。あんなに、殺風景だった通路が、今では、悲惨な風景だ。

 男は自分のマスク越しから、般若の仮面越しのカタナと目を合わせた。

 カタナは、血が付いた真っ赤な仮面のまま、その男に一歩一歩、近づいていく。足元で、倒れている者達を避けるように歩いて、一人だけ残った男に…。


「貴様らの頭は、どこだ!?」


 と叫びながら、カタナは男の顔面を右手で鷲掴み、簡単に持ち上げた。男の足が、宙をばたつく。

 メキメキと、男の顔面にカタナの血の付いた指五本がめり込んで行く。男の顔面から、涙など、さまざまな体液が流れ出し、悲痛の声も漏れる。

 そして、カタナは…。


「答えぬなら、殺す…」


 男は生まれて初めて、『殺す』という言葉の意味や、本質を理解した。メキメキと、顔面の肉から音の鳴る真っ暗闇で。




 内部に侵入したシュガーレス・ゼファーナは、周囲を見渡す。

 そして、この一文字クラブについて調べたことを、静かに思い出した。


(一文字クラブは、裏と繋がっている…。以前、一部、クラブの会員から、ステロイドが検出されたが、警察がビルの内部すべてを調査しても発見されず…。だとしたら…)


 以上の結果から、ゼファーナは、同じような代物であるファンタジスタスーツも、ステロイドと動揺に隠してあるだろうと睨んだ。

 そして、これらを隠せるのは、このビルの関係者の一部しか知らない地下室。

 警察を欺いた、その通路は、とっくにゼファーナは調べがついていた。

 だから、彼は、ファンタジスタスーツの処分のため、地下室へ向かう。



「奴らは、このビルの最上階か…」


 一文字達の位置を知ったカタナは、場所を聞き出した男を、まるで、ボールを投げるようにして、顔面を握り、男の体を投げ、通路の上に、寝かせた。

 そして、このまま、最上階へと、階段を使って歩いて行く。


 今、二人は互いに向かうべき場所へと向かって行く。

 一文字クラブのビル中、警戒のベルが鳴り響いた。



 耳を裂くように鳴り響くベルの音が、地下室へと向かって行くゼファーナの耳に入り込む。

 地下室への通路は、案外、簡単だった。地下水路に繋がってるように見せ掛けた外にあるマンホールが入り口。マンホールから降りて、地下水路ではなく、車一台分が走れるような通路があり、しばらく歩くと、怪しいドアが一つある。

 それが、簡単ではあるが、足の着きにくい奴らの違法物の隠し場所。昼に、裏の取引するにも、水道工事の作業服をすれば、入れそうな感じだ。

 だが、安易に入れるわけがないと、ゼファーナは覚悟している。


「侵入者だ!」


 その覚悟どおりに、ゼファーナが通路を歩いていると、例のドア近くに、警備係らしい黒いファンタジスタスーツの男たちの姿が。二人居る。

 そして、片手に拳銃を持って、近づいて来た。


「誰だ!!」


 安価型ファンタジスタスーツの男二人が、シュガーレス・ゼファーナに拳銃を構えて叫ぶ。


「甘いし、遅い!」


 ゼファーナは、相手が拳銃の引き金を引くより早く、シュガーレススーツの懐から、コダチ2本を抜き出す。

 そして、抜いたと同時に、拳銃を持つ二人の手の甲に狙いを定め、直ぐ様、投げた。


ザクッ!ザクッ!


「ぎゃああああ!!」

「ぐえっ!!」


 と手の甲に、コダチが刺さり、血と苦痛の声を上げて、二人は拳銃から、思わず手を離す。

 拳銃が二人の足元に落ちて転がり、男たちはコダチが刺さる手を押さえて、足を地に着けて転がった。

 もう二人は、拳銃を握ることは出来ないだろう…。

 それを見計らうと、シュガーレスは、またドアに近づくために、歩き始めた。


「さっさと、そのドアを開けろ…」


 と、シュガーレスが言うと…。


 !?


 いきなり、そのドアが開いた。

 乱暴に開いたドアの向こうから、赤い色の全身タイツの巨漢が姿を現した。

 さすがに、シュガーレスは驚く。

 ドアから出てきた身長、195センチくらいの巨漢は、突進するかのように、手にコダチの刺さった二人を無視して、シュガーレスに向かい飛んで行く。

 あの赤いスーツは、安価型より、強く肉体を強化する中型性能のファンタジスタスーツだ。


「しまった!」

「うおおおおおお!!!」


 急だったが、シュガーレスは腕を前に出して、ガードの対応をしたが、叫びを上げて突進してきた巨漢の体当たりを、直に受け止める。


ドスン!!


 と、鈍い音の衝撃を受けて、シュガーレスは吹っ飛ぶ。まるで、走っている車に衝突したような衝撃だ。


「ぐぉあ!」


 吹っ飛びながらも、受け身の態勢で床に叩きつけられる際の衝撃を流したシュガーレス。


ズサァーー!


 更に、肘をブレーキにして、床を転がるのを止めた。肘の部分のスーツが裂けて、肘の皮膚も破れ、血が流れる。

 しかし、シュガーレスは構わずに、直ぐ様に、立ち上がる。

 だが、立ち上がったシュガーレスを、お構いないし、赤いファンタジスタスーツの巨漢は迫る。


「なに!」


 巨漢は、大きな両手を突き出し、立ち上がったばかりのシュガーレスのマフラーが巻かれている細い首を鷲掴みする。そして、万力のような握力で、シュガーレスの首を締め上げ、シュガーレスの178センチの体を宙に浮かせた。


「ぐぁあああ!!」


 強く締め上げられる首から、声をシュガーレスは声を出した。

 中型の性能は、安価型とは、こんなにも、力も身の動きも強化されるのかと、シュガーレスは思う。

 さっき、コダチを投げてしまい、この状況を打破出来ないシュガーレスは、自分の甘さを噛み締める。

 ギリギリと、シュガーレスの首に、巨漢の手がめり込んで行く。意識が飛びそうだった。

 巨漢は、シュガーレスの両手で体を持ちながら…。


「貴様か、噂に聞いた黒い仮面のファンタジスタスーツは!どれ、剥がしてやるよ!ホテルで、女の服を剥ぐようによ!!」


 と、赤いファンタジスタスーツの巨漢が、より力強く首を絞め、気を失わせようとしたとき…。

 シュガーレス・ゼファーナのマスクの奥の漆黒の瞳が燃え上がった。


「俺を、甘く見るなぁ!!俺は!!甘くない!!!」


 と今度は、シュガーレスが、自分の首を絞めている巨漢の両手の手首を握り締めた。


「うぉぉぉおおおおあああぁぁぁ!!!!!」


 力強く、叫びながら、今度は、シュガーレス・ゼファーナが巨漢の手首を握り締め返す。

 その力は、巨漢の握力よりも力強く握り締める。巨漢の手首の筋が、ギリギリと、締まる。

 我々の手首も、親指の付け根から下の手首の筋を握られると、無意識に、親指が広がるように、巨漢の屈強な両手でも同じだった。


「ぐっ!」


 巨漢は、両手を無意識に開いてしまい、シュガーレスの首を放してしまった。

 その時、一瞬だが、巨漢の気が緩んだのを、シュガーレスは見逃さなかった。

 すかさず、巨漢の顔面に強烈な握力で握り締めた右拳を打ちこむ。


バコッ!メキョ!


 と右拳は、巨漢の顔面の鼻の下に命中した。

 巨漢はマスク越しに、鼻血が飛び散らせ、意識を失いながら、その巨体を床に寝転がせていく。膝から、あごと、順番に男は床に叩きつけられる。

 シュガーレスは、自分の首を、鼻血の着いた右手で押さえながら、倒れた巨漢の前に立つ。


「ゴホッ!ゲホッ!オエッ!」


 むせて、マスクの中で、唾を吐きながら、ゼファーナは、呼吸を落ち着かせる。

 そして、意識を失い倒れた足元の巨漢を睨みながら…、


「女の服より、ホテルのキッチンで、甘えびの皮でも剥いてろ…、ゴホッ!!」


 とシュガーレスは、言ってやった。

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