09.5 「dreamin dreamin」
前話(09)で、展開の都合上、書き逃してしまった部分の話です。
ゼファーナ・春日は、先日、冬風カタナに徹底的に殴られた。
顔が腫れ、血が飛ぶほど。殴っているカタナの右手も、ボロボロだった。
殴る理由については、カタナは、
「運転者達は、無関係だったな…。貴様のやったことは…、貴様自身が…、一番嫌っていたことだ…」
と言いながら、彼は殴った。
いつも、軽い態度のカタナが、珍しく、いつもと違っている。
殴られた場所は、ゼファーナが、自分でアスファルトに書いた『キ・エ・ロ』の文字のある体育館前。
この3文字を書いたとき、怒りがゼファーナを支配していた。
そして、怒り心頭の彼が、一文字達に送る言葉に、この3文字を選んだのは…。
かって、苦痛の日々を味わった学生時代に、自分の机にペンキで書かれていた3文字だった…。
そして、爆破するために、巻き込むまいと配慮したからとはいえ、無関係な運転者達を、シュガーレスの力で殴ったときのゼファーナ・春日は、かって、自分に苦痛を味あわせた者達と同じだった…。
自分が苦痛だったことを、そっくりそのまま、自分が行ってしまった…。
だから、カタナに殴られた。
カタナは、ゼファーナから、昔、自分が味わった苦痛を聞いてもらった相手だから…。
そして、ゼファーナは、あの3文字を、バイト先に行く前に消した。
消しながら、ゼファーナは湿布や、絆創膏まみれの顔面から、涙をこぼした。
「いだっ!!」
ゼファーナは、先日な過ちを思い出しながら、バイト先のロッカールームで、作業着のまま、椅子に座りながら、桜花から、湿布や、絆創膏を剥がされた。
交換した方がいいと、桜花が言ったので、言われるがままに、彼女に従った。
彼女は、すぐに、誰に殴られたあとだと、見抜いた。
「君みたいな、おとなしい子でも、誰かと、喧嘩するんだね」
と笑いながら、着替えた彼女は、ゼファーナの正面に前かがみで立ち、手慣れた感じで、湿布や、絆創膏を貼り直した。
微かに、柔らかい匂いの香水が、彼女の手から香りがする。
こんなに、近くに、桜花が居ることに、内心喜んでいたが、ゼファーナは、ムッ…、とした態度で…。
「悪いですか、喧嘩して…」
と思わず、反抗的になってしまった。
こんなこと言いたくないが、先日の件から、今みたいに、近くに、桜花が居る嬉しさが、むず痒い気持ちにさせられたからだ。
そう言われて、桜花は湿布を出した救急箱を片付けながら、
「悪いなんて、言ってないわよ」
と言い返された。
ゼファーナは、しまった!?と焦った。
憧れの女性に、なに言ってんだ!嫌われちゃったんじゃないかと、自分を責めつつ、
「あっ、すいません!そんなつもりで、言ったんじゃないんです!!本当に、すいません!」
と、慌てふためきながら、救急箱を片付ける桜花の後ろ姿に謝る。
謝りながら、彼女の後ろ姿を見て、ゼファーナは、何故か、胸に懐かしい気持ちに宿る。
桜花は振り返り、ゼファーナを見て、笑いながら、
「本当に、すぐ謝る子ね。一回、謝るだけでいいよ。そんなに謝らなくても、誰も君のこと、嫌いにならないなんてから」
と、言った。
そう言われて、ゼファーナは、目を開けたまま、5、6秒くらい、思考が停止した。
どうやら、脳の許容に収まりきれないようなことを言われたような気がしたらしい。
ゼファーナ・春日、人生初の思考回路の停止だった。
たぶん、今、誰かに殴られても、文句を言えそうにないくらいに、変な満足感、幸福観に包まれた。
そんな風に言われて、返す言葉が見つからなかったが…。
ブルルルルーーー!!!
しかし、作業着のポケットに入れていた携帯電話が、ゼファーナを現実に戻した。
はっ!としながら、ゼファーナは携帯電話を取り出すと…。
「もしかして、彼女から?」
と、桜花に笑われながら言われた。
「ちゃいますがな!」
ゼファーナは、慌てながら、携帯の着信を受けた。
桜花は気を使ったのか、わざと、ロッカールームから出て行った。
着信の相手は、夏海アルゼからだ。
内容を聞くと、ゼファーナは急いで、脱衣所に行き、ファンタジスタスーツ、私服を着た。
電話の内容は、カタナが一文字クラブに向かっていることだ。
ちなみに、アルゼから、なんか、いいことでもあったのか?と、最後に聞かれた。
ゼファーナは、別に。と返した。
着替え終わり、カバンを持って、すぐ様、ロッカールームを出た。
ロッカールームの外には、桜花が居た。
「ん?急用なの?」
と、彼女が聞いてきたので、ゼファーナは足を止めて…、
「はい。今、友達からの電話で…」
もちろん、ファンタジスタスーツ、地獄同盟会のことや、一文字クラブのことを、彼女に話せるわけがないので、ゼファーナは、それ以上、言わなかった。
「あの、桜花さん!」
「はい?」
と、ゼファーナは初めて、彼女の名前を呼んだ。
そして、湿布や、絆創膏だらけの顔を赤くしながら…、
「あの、ありがとうごさいました!」
と、ゼファーナは彼女に真正面から、礼を言った。
すると…。
「どういたしまして…」
そう彼女は、笑いながら答えた。
ゼファーナは顔を赤くしながら、駆け足で…。
「それじゃあ、失礼します!お疲れ様でした!」
と、ロッカールームの前から走り去ろうとした始めた。
「じゃあ、気をつけて帰りなさいよ、ゼファーナ君」
彼女は優しく笑いながら、手を振る。
そんな二人の姿を、たまたま、通りかがったダイゴが遠くから見つめていた…。
ゼファーナは、駆け足でレストランから去り、すぐに、適当な建物の影に身を隠した。
そして、カバンから、シュガーレスのマスクを取り出した。
ゼファーナは眼鏡を外した。自分の顔が、まだ赤いと触って感じた。
さっき、桜花から、名前を呼ばれたことを思い出す。
『気をつけて帰りなさいよ、ゼファーナ君』
なぜか、その彼女の言葉が耳に響く。
ゼファーナは…、
(恋をするっていうのとは、ちょっと、違うけど、割りとドキドキした…)
と、かなり脈を打つ心臓に手を当てた。
赤いマフラー、黒のマスク、手袋、ブーツのシュガーレススーツに着替えたゼファーナは、カバンを、そこに置いて、また、大地を蹴って走り始めた。
「しかし…」
ゼファーナは、アルゼから聞いた一文字クラブや、カタナ、多摩雪乃のことを思い浮べ…。
「これと、それは、別だ…。そこまで、僕は甘くない…」
シュガーレス・ゼファーナは、闇夜を駆けた。




