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09 「ガーネット」

 一文字クラブは、多くのビルが立ち並ぶ、オフィス街の駅近くに、そびえ立つ6階建ての高いビルにあった。

 ビルの最上階の会長室に、数時間前、車を爆破された一文字剣丸と、会長であり、経営者、彼の父親である一文字剣太郎が居る。

 会長室の高価な椅子に座る五十歳の父親の膝に、息子の二十歳はとっくに過ぎた剣丸は泣きついていた。


「あいつら、僕を馬鹿にしたんだよー、パパ!」


 と、車が燃やされたことについて、藤岡剣友会の悪意として、父親に泣きながら話す。

 彼が藤岡剣友会、多摩雪乃を侮辱したのが、ゼファーナの怒りを買ったのが原因だ。

 現場を調べた警察側も、藤岡剣友会の犯行だと考えていた。

 だが、気絶させられ、気を取り戻した運転手達からの証言では、異様な姿の長身のゼファーナのことから殴られたと証言し、犯行中、藤岡剣友会のメンバー達全員は、一文字達の目の前、道場に居たことから、証拠不十分で、警察側は、第三者の犯行とみなし、藤岡剣友会は罪に問われなかった。

 だが、一文字剣丸にとっては、誰が犯行しようが、あの場所に居たから、藤岡剣友会がやったことには変わりなかった。

 同時に、会長にとっては、目の上のタンコブだった藤岡剣友会に手を出せる理由が、一文字クラブには出来た。


「安心しろ…。パパが、なんとかしてあげよう…。明日には、裏から大量に仕入れたアレが来る…。それで、一人残らず、藤岡剣友会を…」


 と、間近に迫った大会に出なくとも、邪魔だった藤岡剣友会を潰せるキッカケが出来たことに、一文字剣太郎は笑う。

 アレと言われて、剣丸は泣くのを止めた…。


「本当!?でも、アレで、雪乃って、女には手を出さないでね…。僕のお嫁さんになるんだから…」


 と笑いながら、剣丸は言う。

 彼が、聞いただけで泣き止むアレとは…。

 そう…、『アンチヒューマンズ』が作り上げた最新鋭兵器…、『ファンタジスタスーツ』のことだ…。




 事件後の翌日の昼間。

 事件現場になった体育館前は、燃え尽きた車は撤去されていたが、まだ、犯人を調査するために、多少、現場はそのままになっていて、警官や、調査員達などが居た。

 しかし、警官達が居なくなった夕方の体育館前。

 昼間までにはあった赤いペンキで書かれていた『キ・エ・ロ』の3文字が、黒いペンキか、なにかで塗り潰されて消えていた。

 それを、練習にやってきた雪乃を始めとする藤岡剣友会は、誰がやったんだ?と、疑問に思っていた。

 しかし、あんな事件があったとはいえ、ペンキのこといい、考えても仕方ないので、彼女達は、前向きに道場に向かって行く。

 すると、カタナは、いつものような軽い態度で道場に居た。

 だが、この日は、バイトがあるからと、ゼファーナ・春日は来なかった。



「昨日は、いろいろ、あったけど、来週の大会は、そんなことを構ってはくれないわ!昨日のことは、昨日!今日から、またスタートよ!!」


 と、皆が胴着に着替え、防具を付ける前に、雪乃が気合いを入れて言う。

 そんな前向きな姉の姿に、弟の大樹や、あの3人組は、安心した表情を見せる。

 カタナは、昨日の一文字達の侮辱から始まり、ゼファーナの暴挙の爆破事件は、それなりに、雪乃にショックに与えたはずなのに、彼女本人が、そんな様子を見せないので…。


(本当に、強い娘なんだな…)


 と、カタナは自分の右手に巻かれた包帯を見ながら、思っていた。




 レストラン、『クリッパー』のみんなは、唖然としていた。

 今日、シフトに入っていた作業着のゼファーナの顔が、ひどい具合に腫れ上がり、湿布や、絆創膏まみれになっていた。

 店長は、なにがあったと彼に聞いたが、ゼファーナは、階段から転んで落ちたしか答えず、沈んだ顔で、キッチンで皿洗いをした。

 そんな怪我具合を見て、店長は、今日、ゼファーナは閉店までのシフトのはずだったが、閉店前には帰らせるようにし、皿洗いが終わった彼をロッカールームに行かせた。

 ゼファーナの顔の怪我を見て、店長は…。


(どう見ても、誰かに、ぶん殴られたツラじゃねぇかよ…)



 こんな日に限って、ゼファーナは帰りが、憧れの桜花欄と一緒になってしまった。

 ロッカールームに入ると、彼女が髪の毛を解いていた。

 ゼファーナの鼻に、柔軟剤か、香水か、なにか解らないが、匂いが入り込んだ。

 その匂いのせいなのか、今日は初めて、二人の目が合った。




 稽古が終わり、あの3人組が制服に着替え、雪乃に挨拶して、道場から去る。

 すると、何故か、いつも姉と一緒に家に帰る大樹も、この日は珍しく、3人組と一緒に、姉になにも告げず、先に帰った。

 カタナは住まい代わりにしているから、体育館から出ることはないが、雪乃は今日は、何故か、まだ体育館から出なかった。

 どういう流れなのか、道場には、着物姿のカタナと、制服に着替えないで、まだ胴着姿の雪乃が二人、3メートルくらいに離れている…。

 誰も居なくなり、しばらくした数分間、二人、黙っていた…。

 カタナは足を楽に座り、雪乃は正座で、まっすぐ、彼を見つめる…。


 そして…。


 沈黙を破ったのは、カタナだった…。


「先に、シャワー浴びて来いよ…」


 彼が着物を脱ぎながら、そう言った…、瞬間。

 番長を泣かせた自慢の必殺技の一つのライダーキックみたいな雪乃の飛び蹴りが、カタナの顔面に入った。

 ナイヤガラの滝のように、カタナの顔面から鼻血が流れる。



 仕切り直して、二人は2メートルくらいに離れて、互いに道場の真ん中で、正座していた。

 カタナは着物を着直しながら、鼻血を手で抑える。


「なんのようだ…」


 鼻血が止まったと同時に、手を下に降ろして、雪乃に話し掛ける。

 そう言われ、雪乃はカタナに近寄り、彼の包帯が巻かれた右手を掴んだ。


「この手、どうしたの?」


 と、彼の目を見て話す。

 が、カタナは目を逸らして、その手を振り払う。


「なんでもない…」

「なんでもなくない!」


 また、彼女がカタナの手を握る。

 右手を掴みながら、カタナの目と合わせた彼女の目からは、涙がじわじわと滲む。

 一つの大粒になった涙が、彼女の頬を伝って落ちる。

 その様子から、カタナは気付いた。

 今日の稽古中、彼女が自分の右手の怪我を、ずっと、気にしたのに…。



「この手、また、一文字達にやられたの…?誰が、やったか解らない車の仕返しとかで…?そうなの?ねぇ…、教えてよ…、バカ…」


 ついには、彼女の目から流れ出し始めた大粒の涙に、カタナはすべて悟った。


 多摩雪乃という、17歳の少女は強くなんかなかった…。

 ただ、ずっと、泣きたいのを我慢していたんだ…。

 今、病院に居る、大会を楽しみにしていた大切な剣道の仲間達が、一文字達にやられたのに、彼女は、薄々だが気付いていたんだ…。

 その一文字達に、昨日、彼女が頭を下げてまで、あの気弱な3人や、弟、カタナを守ろうとしたのは、もうこれ以上、誰も傷つくのを見たくなかったからだ…。

 誰よりも、優しい彼女は、誰よりも、傷ついていたんだ…。

 人知れず、血豆が潰れ、血が滲むまで、素振りをしたように、人知れず、彼女は泣いていたんだ…。

 そして、今、彼女の中で、我慢していたなにかが、弾けてしまったんだ…。


 カタナは、雪乃を力強く抱き寄せた。

 エーン、エーンと泣く彼女の黒く長い髪の毛を優しく、包帯が巻かれた右手で撫でる。

 カタナは、目を赤くしながら…。


「ごめん…。ごめん…、俺、馬鹿だから、お前の気持ちに気付いてやれなかった…。辛かったんだな…、ずっと、辛かったんだな…」


 カタナの胸で、涙で顔をビショビショにしながら、雪乃は泣き続ける。


「俺は、どこにも、行かない…。だから…」


 優しくを抱き締め、カタナは胸で、着物にしみ込んで行く彼女の涙を受け止める。

 彼女が泣きやむまで、ずっと…、ずっと…、優しく頭を撫でていた。




 雪乃は泣き疲れたのか、そのまま、道場で、すやすやと眠り込んでしまった。

 カタナは彼女を抱き抱え、業務員室の茶の間に横にし、毛布をかけて、静かに眠らせた。

 今日に限って、道場の窓からの夜空は、月や、星で明るく感じる。

 そう思いながら、カタナは、すやすやと眠る雪乃の涙で濡れた頬に触れた。

 そして…。



「すまない、夏海アルゼ…。同じ、女性の君なら…」


 体育館の業務員室にある電話から、アルゼの携帯に、カタナは連絡していた。


「市内の体育館だな…?解った、雪乃という少女の護衛は、僕がやる…」


 と、いつものような声のトーンで、アルゼは受話器の向こうから、声を出す。

 どうやら、体育館で眠る雪乃を、念のために、守ってくれと、カタナに頼まれたらしい。

 事情をすべて聞いたらしく、アルゼは承諾した。


「なんか、優しいじゃないか、今日のお前…」


 と、カタナは受話器越しに、アルゼに言う。

 すると…。


「貴様こそ…」


 そう言って、アルゼは、携帯を切った。

 フッ…、とカタナは笑う。



 カタナは、体育館から出た。

 黒く塗り潰された道路と、自分の右手の包帯を見つめた。

 そして、その包帯が巻かれた右手には、赤い色の般若の仮面が…。

 いつもの着物姿に、木刀が腰に一本…。

 さっきまで、雪乃を優しく見守っていた目の色を、真っ赤に染め上げた。

 カタナの全身の血管の一本、一本が浮き上がり、右手の包帯から血が滲み出し、滴れる…。


「思い出した…、昨日、感じた奴らへの殺意を…」


 彼の脳裏に、雪乃の涙が浮かび上がり…。

 右手から滴れた血で、彼は、自分の両目を真っ赤な血化粧で染めた…。

 そして、あの般若の仮面の紐を頭に絡ませ、自分の顔面に装着させた。


「冬風カタナが…、『サムライ・ロジック』で、うら若き娘を辱め、無関係な人々の生き血をすすった奴らに、報復を!!」


 仮面を被った瞬間、全身から測り知れないほどの気迫と、殺意で周囲の空気を一気に圧縮し、沸騰させる。

 そう、この般若の仮面が、冬風カタナのファンタジスタスーツ…、『サムライ・ロジック』だ…。

 彼の力が、今解き放たれた。


「ハイカラに、奴らを血祭りにする!!!」


 そう叫んで、冬風カタナは大地を蹴り、前へ駆ける。

 向かう先は…、多くのファンタジスタスーツが待っている一文字クラブ…。

多摩雪乃:17歳。高校生。一般人。 性格、強気で優しい健気な少女。 最近の展開の成り行きで、可哀想な目に遭ってるので、申し訳なく思う…(作者談)

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