第五話 ガリゴル・ハギス
次の日の朝。やはり寒々とした空気だったにも関わらず、そこには村のほぼ全員が見送りに来ていた。
村のみんなが、ぼくのために、泣いている。
そう考えるとじわりと来てしまって、なんだか、やっぱり湿っぽい別れになってしまった。
それでもぼくは、食料と着替えを詰めたリュックサックを背負って、財布をポケットに突っ込んで、父さんの形見の剣を腰に差して、涙を堪えながら、村を出た。
──やがて、ここまでの三日間が、あの光を始まりとした三日間が、“悪魔殺し”の英雄譚の序章として広く語り継がれることになる。
しかし、そのきっかけが復讐だったことは──数名の者達を除いて、人々の知るところではなかった。
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ウラルは歩きながらも、頭上ででさんさんと輝いている太陽を、その目を細めて妬ましげに睨み付けていた。
かれこれ四時間は歩いただろうか。
ウラルは、今、自分がどこを歩いているかすらわかっていなかった。
地図は持っているのだが、見る方法がわからないのだ。
まぁつまるところ──迷子である。
しかも、迷子だけであるなればいいのだが、状況はそれ以上に悪かった。
ハイルの奴……道なりに進めば着くって言っていたのに。
それにしても……これは、さすがに面倒だよなぁ。
両脇の茂みの中から自分の目の前に颯爽と現れた盗賊達を見やりながらウラルは内心愚痴る。
なんか皆、屈強そうだ。強面の男がぜんぶで5人。皆、上裸で曲がった剣みたいなのを持っている。真ん中にいるムキムキで傷だらけで茶髪の男が隊長のようだ。
うわぁ……めっちゃこっち見てるよ……怖ぇ……!!
まぁでも……蟹爪程じゃあないな…
仕方ないけど……ここまで来たらやるしかない。
そう判断したウラルはその腰から剣を抜いた。
その動作に盗賊達が一瞬怯む。ただし、真ん中の以外が。
今──!!
素人のぼくが場慣れした盗賊達を破るなら隙を突くしかない。隙が無いなら作ればいい。
それが村を出発する前に半日必死にない頭から絞り出した、ウラルオリジナルの盗賊対策方であった。誰もが思いつくような素人考えなのだが、ウラルはそのことに気付いていなかった。
「うぉぁあぁぁあ!!!」
先手必勝、即断即決。まずは真ん中のリーダー格。
思いっ切り踏み込んで、思いっ切り横凪ぎに振り抜く。
貰った──
勝利を確信して振り抜いた剣に、肉を切る感触が──無かった。
へ??何で?どういう──
「盗賊相手にいきなり剣を振るとは……いい度胸をしているよ。ただ、相手が悪かったな。」
そんな後ろからの声に急いで振り返ろうとしたウラルの側頭部は横から衝撃を受けて。なにが起こったのかもわからずにウラルの視界は暗転した。
──父さん──母さん──だめだよ──いやだ──遠くに行くのはいやだよ──とうさ──
ウラルは目を覚ました。体の節々の痛みと今まで自分が寝かされていた固い床に思わず顔を顰める。
嫌な夢だ。素直にそう思う。
しかし、今はそれどころではないことを思い出したウラルはすぐにその思考をおいやる。
ここは──地下の部屋みたいだな。鉄の窓とドア付きの。
なる程、プライベートは守られ無い代わりにセキュリティーは充分ってところか。良い物件じゃないですか。
ウラルは自分を慰めるためにわざとらしく笑ってみせる。
うーん……それにしても、なんでこんな場所を盗賊が?
彼は今、地下牢にいた。無論身ぐるみ剥がされて、である。 男の子の体に興味がないのか、同情してくれるのかは知らないが幸いなことに服は脱がされていなかった。
見張りさんはぼくが目覚めたのを知らせに走って行ってしまったみたいでこの空間にはぼく以外誰もいなかった。
そこでウラルは床にあぐらをかいて座り、目を閉じて、意識の奥深くに、集中する。
奥深くへ、潜る。潜って、潜って、そして──
「だめか……」
その小さな呟きがその場の静寂を乱す。
あの時、『蟹爪』と戦ったときの彼女達と交信できないかと試しているのだが、無理だった。
はーっと、一つため息をつく。
と、自分に影が掛かっていることに気づき顔を上げてみれば、牢の外に先程のリーダー格ともう一人、大柄な男がいた。
その風貌は、五十前半の元気なおっさんといったもので、少し白い物が混じってきている、まるで仙人のように伸びた顎髭を撫でながら此方を興味深そうに見ていたが、ぼくが彼に気づいたことに気がづいたようで、その口を開いた。
「小僧……名は?」
「……そんなときは、まず自分から名乗るのが礼儀では?」
自棄になっていたぼくは適当にそう答えると、隣のリーダー格があからさまにぼくを睨んできた。睨み返す。やんのか?ん?向こうも負けじと睨み返してくる。
しかし、その睨み合いは、老人の無邪気な笑い声に終わらされた。
「かっかっかっか!面白いのう小僧。盗賊に捕らえられているのにそんなことをいえるのか!いいだろう。名を名乗ってやろう。その耳かっぽじってよく聞けよ!!」
「お、オジキ!?」
「うるさい。貴様は黙っておれ。儂は今この小僧と話しているのだ。話の邪魔をするではない!」
「は、はい……」
「全く。それでいいのじゃよ。さて小僧、今から儂は名乗るぞ!よくきけよ!行くからな!いいな!」
そして一拍置いて深呼吸してから彼は言った。
「我が名はガリゴル・ハギス!
盗賊団、『月の夜』の大ボスにして、世界最強の男!!!……ではないな。ええっと、一、二………八番くらいかな。まぁいい!そういうことだ!!かっかっかっかっか!!!」
………なんだこのおっさん。素直にそう思いました。はい。
「どうした小僧、次は貴様の番じゃぞ、はようせい」
名乗るのは、二回目だな。一回目に比べれば緊張しないはず。そうそう。しないしない。ふぅ……。
そこでやっと落ち着いたぼくは、深呼吸してから、立ち上がって口を開いた。
「ぼくの名前は、ウラル=ライト・カジャス!!魔道十二門、『蟹爪』を打ち破った男!そしていつかは魔王を、殺す者なり!」
やってしまった。
ついつい勢いで『蟹爪』倒したとか、魔王を殺すとな調子こいたこと言っちゃったよ……どうしよ……もしもこの人が悪魔教だったら、殺される。確実に。ぷるぷる。
そんなウラルの心配など無駄だとでも言うようにして、彼は笑いながら言った。
「かっかっか!あの剣を見たときから、もしやとは思っていたのだがな。やはり、貴様はライルの息子だな!?」
「ほへ?父を知っているんですか!?」
「かっかっか!勿論さ。貴様の母、ウルのことも知っているぞ!」
「それは!……あなたは父と一体どんな関係だったのです?」
「うーむ……まぁ、そうだな……腐れ縁って奴だな!!かっかっか!!」
「はへー」
「それよりウラル、貴様、魔王を殺すとか言っていたな」
ガリゴルの目と声が急に細く、低くなる。
「ええと……それは……なんというか……」
「うむ。みなまで言わなくともいい。兎に角、魔王を殺すということは北へむかうんだろう?頼みがあるんだ」
「別に…いいですけど?その頼みというのは?」
「奴に…ゲドズル帝国、その帝王のハルド・ザビール。彼奴に手紙を届けて欲しいんじゃよ」
ゲドズル帝国はこの、ブリッシュランドの中央辺りに鎮座する大国だ。ちなみにこのラフタニア王国はブリッシュランドの最南端に位置する。その間に法国、ゲドズル帝国の北に紛争中の三つの小国、更にその北は最果てと呼ばれ、そのどこかに魔王城があると言われている。
「て…帝王…!?」
いや、驚くのも仕方ないだろう。
なにせ大ボスとはいえ盗賊ごときのガリゴルさんの口から、大国のトップである帝王さんがまるで友達とでもいうようかの言葉が出てきたからである。
いや、いくら何でも顔広くね?
そんな疑問を声にする暇もなく、彼が
「うむ、詳しい話は後でな」
と言ったところで、鍵を持ってきた彼の部下がやってきて、ぼくの入っていた牢屋の鍵を開けてくれた。
さすがにタイミングよすぎだろ……とは思った。
──それが、彼とガリゴルの初めての出会いだったのだ。
運命の輪は、その上にいる人の想い等に関係なく。
ひたすらひたすら、廻り続ける。