閑話 ギフトとラン
読み飛ばした方がいいかもしれません。
遂に明日は出発かぁ…
そんなことを思いながら、ウラルは涼しいを通り越して寒々とした冬の朝の陽光の下、一昨日の戦いで倒壊しなかった地区を歩いていた。ちなみに、ウラルが物思いにふけていたりする時は殆どが現実逃避している時である。今回もその例外ではなかった。
実は彼は昨日村を出ると宣言してから一日かけて、既に準備を済ませていた。
まぁ、準備といっても、着替えと食料と金くらいなものなのだが。それも殆ど、ぼくが旅に出ると知った村のみんなが寄付してくれたので、当分は困ることはないだろう。
と、そこでウラルは思考を打ち切る。目的地に到着したのだ。
こんな朝っぱらから一人で現実逃避しながらどこへ向かっているのかって?愚問だなぁ。そりゃあ、ケンの家さ。昨日の集会とお葬式では彼の母親と父親は来ていたみたいだったけど、彼の妹のランちゃんが来ていなかったからね。
きっと兄に似て優しい彼女は、兄の死を受け入れられずに泣いていたんだろう。昨日から。一日中。
そんなところに──仲が良いとはいえあくまでも他人であるぼくが──行くべきではないのかもしれない。
だけど、ケンの死に様を知っているのはぼくだけなのだ。
だから、その話をするついでに彼女もちょちょいと励ましてくる。ただそれだけの話だ。
簡単簡単。
そんな風に自分をも励ましながら、彼はケンの家のドアを叩いた。
兄は──死んだ。
だけど、昨日私はそれを受け入れられずに、一日中泣き散らかしていた。
それで、泣き疲れた私はベッドに崩れるように倒れ込んで、気づいたら朝だったんだ。
仕方ないから、赤く腫れたその目も洗いもせずに、朝食を食べて、それで自分の部屋で、ベッドに座って呆然と、ただ何も考えずに、天井を眺めていたんだ。
そんなところに、彼、ウラル君が来た。私より二つ上の彼は、やはり二つ上の兄とともに、よく遊んでいた。勿論、うちにくることもあったので、一緒に遊んだこともある。
そんな彼は-私の部屋にきて、少し迷ってから私の隣に座ると、兄の死に様を語ってくれた。ゆっくりと。丁寧に。
最後には、堪えきれなくなった涙を流してしまったけれど、彼は少し逡巡を見せてから、まるでもういない兄のように、私の頭を優しく撫でて、慰めてくれた。とても暖かで、大きかったなぁ。
なんだか、すごーく安心したんだ。
ランちゃんは、一通り泣いたあと、泣き疲れたのか、ぼくの膝の上ですうすうと寝息をたて始めた。
ケンに似た鮮やかな黒髪を短めに切り揃えた彼女が無防備にぼくの膝の上で眠っているその光景は、亡き友人に罪悪感を覚える程魅力的だったけど、理性をフルに使用して、そのままベッドに寝かせた。
何せぼくはまだ15、彼女は13だ。まだ卒業するには早いよね。
で、どうしようか……このまま帰るかな……何か彼女にしてやれることがあればいいんだけれど……。
そんなことを考えていると、突然脳裏にあの綺麗な声が響いた。
--彼女には、守りの加護を与えることが可能です--
──そのギフトってのはいったい?
--私達の力の一部を、あなたと親しく、あなたが大切だと思っている者達に与えることができます--
──へぇ……うん、そうだなぁ。そうしようか。で、どうやってやるの?
--彼女の手を握って、こう唱えてください。『あなたに光の加護のあらんことを』と--
--別にボクの加護でもいいんだよ!その場合は、『あなたに闇の加護のあらんことを』だね--
──なる程。それなら今回は光にしておこうか。闇ってのは、純朴な彼女に与えるには響きがよくない。
--それじゃあ、ボクが純朴じゃないみたいじゃないか--
──はいはい。キミも十分純朴ですよ。純朴純朴。
--むぅ--
そんなふうに脳内会話を切り上げて、ランちゃんの左手を手に取り、唱える。
「──あなたに光の加護のあらんことを──」
その刹那、彼女の体全体が優しい光に包まれる。
そして、段々とその光は彼女の左腕に収束していき、最後にはその残滓が少しだけ残るだけだった。
それを見たウラルは満足げに笑みを浮かべると、
「じゃあね。ランちゃん。きっと……きっと、帰ってくるから。」
と、そう言って、名残惜しそうに何度も何度も振り返りながら、彼女の部屋からそーっと出て行った。
そして──出発の朝が訪れる。