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第二話 契約

 ──村の中心で。


 魔方陣を一心不乱に見つめていた村人達が、みな同時に目を閉じた。

 いや、閉ざされたというべきか。

 完成された魔方陣が目を開けていられない程に輝きだしたからである。


 そして──光が収まった。


 村人達はおそるおそる、ゆっくりと瞼を──開けた。

 そして、目を開けた全員がただひたすらに、本能のままに恐怖した。

 老若男女問わず、である。

 しかしこれは仕方のない話だ。むしろ、この場で失禁したとしても、よく気を失わなかったと称賛を受けるであろう。

 

 そう、それは仕方ない話なのだ。恐怖の色に染まったみなの瞳に映ったその者は──人間の天敵なのだから。

 

 そいつは人間の様なシルエットをしていながら、耳が長く、全身が絵の具を垂らしたかのように真っ黒に染まっていた。

 そして、その体躯にしては小さな翼を二枚。その真っ黒な背中に生やしていた。


 姿を現したそいつは、地面で震えている村人達をねっとりとした視線で満足げに見回した。

 やれやれというかのように肩を竦めて見せてから、その──まるで黒板を爪で引っ掻いたような──甲高く、生理的な悪寒を感じる声で、言った。


「あの方は──どこだ」

 

 大人達は一瞬だけぴくりとした。勿論それはゼロコンマにもみたないまさに一瞬のことである。

 並の者ならば何の反応もないとそう思っただろう。事実、子供達は大人達の反応に気づいていなかった。

 しかし、その者は違った。

 

 そいつはその反応を見逃さなかったのである。


「そうですか……ならば力尽くで聞き出すのみです……!!」


 そう言って気色悪く笑った彼の雰囲気が変わったことに気づいたのは、村長を含めたった四人であった。


「みなさがれ! ここは任せろ! あの子を頼む!!」


 危険を感じた村長が叫ぶ。その叫びが戦いの合図となり、四人と奴は、踊りはじめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 もう、十分は走っただろうか。


 お互いが酸素を求めるゼェゼェという音しか聞こえない。会話なんて、あるわけがない。

 しかしウラルは走りながらも考える。考えることしかできないからだ。


 あの光は召喚魔術の光だ。

 しかも奴の。

 でもなんで、何かあるのか? やっぱり、ぼくが生き延びたことと──


「……ゼェ……ウラル! ゼェ……そろそろ……村だよ……!!」


 肩で息をしながら走るケンの言葉を聞いて、ウラルは先ほどまでの思考をポイっと捨てる。


 そんなの後でいいや! みんな、無事でいてくれ!!


 心配そうにこちらを見ているケンに視線で返事をして。ぼくたちはそのまま走り抜けて、そして──


 ──村長が吹き飛ばされるのが見えた。


「村長!!」


 ぼくが慌てて駆け寄ると、村長は困ったように笑った。


「すまんのうウラル……おまえさんにはこんな姿は見せたくなかったよ…」  


 そこでぼくは異変に気づく。


 村長は──いつもの村長では、なかった。


 怒ったり笑ったり泣いたりとぼくに色々な表情を見せてくれた顔は赤黒い血にまみれ、いつもならぼくをどれだけでも安心させてくれるその笑顔は、どこか儚げだった。

 瞑った右目からも涙を流すように、血を流していた。


 村に初めて来たとき、ふてくされていたぼくを抱き締めてくれた細くて大きかった腕は、筋骨隆々な太く頼り甲斐のある腕へと変化しており、そこからも血をとくとくと流している。


「……守って……ゲホッ……やりたかったんだが……」

「すまんのう……」

「………」


 やがて村長はピクピクッと痙攣したあと動かなくなった。

 帰らぬ人となった。もう動かない。

 村長は、逝ったのだ。ぼくの、腕のなかで。


 こんなぼくを、守ろうとして(・・・・・・)


 涙が流れそうになったが、我慢した。

 昔、村長に言われたからだ。

 いつまでも涙を流していたら、前は滲んで見えないって。


 それでも、自分の頬を暖かい何かが伝っていったのはわかったから。

 それを村長の血だらけ手で拭って前を向いた。日頃から前を向けと言われていたから。 


 そこは地獄絵図だった。

 一言で言えば、男達の破片が散らばっていた。 

 顔面がちぎれたものや、もげて変な方に曲がった足。それでもそれらのものはまだよかった。どの部分かすらわからない物もあったのだ。


 そんな血の中でぼくとケンを。いや、ぼくを見つめている者が、いた。


「悪魔め……!!」


 ぼくの憎悪の言葉を聞いた彼は肩を竦め、その顔をケンに向けた。


「ヒ……ヒイ……」


 かの悪魔は怯えるケンに何の躊躇いもなく、近づいていく。


「やめろ! ケンはやめろ!」


 ウラルは、足が震えて動けない。ここで動かなきゃ後悔する。そんなことはわかってるのに、


「なんで……? なんで動かないんだよ! 動けよ!! 足!!!」

 

 ケンはこっちを向いて、微笑みながら何か呟こうと、口を動かした。 


『にげて』


 震えていた。最期まで彼は震えていた。それなのに、ぼくにそんなことを。震えた微笑みを浮かべながら。

 悪魔がニンマリと笑い、ケンの血が噴き出す。そして、彼は倒れた。彼はその短い生涯を終えたのだ。最期まで、人のことを心配して。


「ケン……ケンンンンンンン……ケンンンンッッ!!」


 彼はこの村にきて初めての友達だった。とても優しく妹思いの彼と、ぼくは自然と仲良くなった。

 ぼくの愚痴を静かにずっと聞いてくれたケン。

 一緒に毎日森の中で遊び回ったケン。

 そんな彼はもういない。あの、悪魔のせいで。

 

 ぼくに力があれば……!! あのときに動けていれば……!!

 なんでぼくは……こんなに弱いんだ……?

 だから、だから村長もケンも昔の島のみんなも、全部失っちゃったんだ。ぼくが、弱いから。

 力さえあれば……ぼくはなにも取りこぼさなかったんだ。

 力さえ……!! 


--力が欲しいのかい?--


 当たり前だ…!! 欲しいに決まってる!

 それさえあれば!! ぼくは!!!


--私達は主のあなたに従うだけ。あなたが望めば、使いようによっては、そうね、世界を滅ぼせるだけの力を与えられる。

 だけどそうしたら、もうあなたは戻れない。平和な生活なんてできなくなる--


 そんなもの、いらない。

 ぼくはもうなにも零したくないから……!!

 そのためなら……平和なんて……!!!!


--わかったわ。二言はないわね--

--ボクたちは、君に力を貸そう--


 ありがとう。ぼくは必ず、悪魔ヤツを殺す……!!


--あなたに、精霊の加護があらんことを--


 そんなふうにして、ウラル=ライト・カジャスは人が持つものとしては大きすぎる力を手にし、人としての道を、踏み外した。

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