第十四話 契約者
──ここは……?
ウラルが目を開ける。
そこは、地平線の先まで一面の大草原だった。
風が吹き、草木が揺れる。青い空では雲がゆっくり流れていく。
懐かしい香り。
まるで自分を包み込むかのような──優しい──香り。
ウラルは、一面の緑の中に、一人立っていた。
周りを見渡していると、ウラルの目の前が急にパッと輝く。
そこに現れたのは二人。
一人は、流れるような金髪を腰まで伸ばした綺麗な女性。
その柔らかで豊満な肢体を覆う純白のワンピースは胸元が大きく開いていて、真っ白なその肌と合わせて、彼女の神々しさを感じさせている。
もう一人は、艶のある黒髪を肩まで伸ばした褐色の少女。年は8~10くらいだろうか、まだ幼さの残る可愛い笑顔を見せている。
胸元と腰回りだけを覆う真っ黒な服を着ていて、その艶やかな褐色に染まった肌を露出させている。
ウラルは急に現れた彼女達を警戒することは無かった。
彼女達を知っているような。そんな気がしたのである。
どこでかはわからない。何故かもわからない。
──しかし、確実に知っている。
そんな確信を持っていたのだ。
そんな中、少女が唐突に口を開いた。
『やぁウラル君、ボクたちの世界にようこそ!』
──やっぱり。君達は僕に力を貸してくれた妖精さんなんだね。
『さっきの戦いでは、ボクは何も出来なかったけどね…』
そう言って彼女が俯く。
『だけど!山羊から貰ったあの剣があれば、ボクはもっと活躍できるよ!』
どう慰めようかと思っていたら、自分で勝手に復帰した。
両手でギュっと握りこぶしを作っているのが可愛い。
と、そこに鈴の音のようにすんでいる綺麗な声が響いた。
『そうです、主。あの長剣は手放さないほうがいいかと』
──どういうこと?
『あれは元々、ボクの為に作られた剣なんだよ!だからボクと相性がいいんだ!』
無い胸を張って答える彼女に、お姉さんの方が溜息を吐きながら補足する。
『ちなみに、主が今回触媒に使った剣。あれも私のために作られたもので、今回は前回のように剣が壊れることはないでしょう』
──どうして父さんがそんなものを……?
『さあ?それはわかりません。私達も転生の眠りから目覚めたばかりで、まだ状況を把握しきれていないのです』
彼女は美しい顔で苦笑しながら、そう言った。
しかし、ウラルには聞き逃せないワードがあった。
──転生?え、転生するの?君達。
そう、転生。それはつまるところ、不死である。
ウラルがそのことに深い興味を持つのは、ある事情があるからなのだが。
『はい。私達は契約者が死ぬと転生して、次の宿主のところで眠りにつきます』
──何の──為に?
そう。理由があるはずなのだ。話に聞くことには、転生するには多大な代償が必要だという。
その大きな代償に見合う目的。それがあるはずなのである。
そう思った時、青かった空が急に──真っ黒になった。
空と大地に亀裂が走る。
『もう──時間みたいですね』
そう言って二人が此方を真っ直ぐ見つめてくる。
『私の名はルーメル』
『ボクの名はテナ』
『『主を我らの契約者として、力を貸すことを──誓う』』
二人とウラルの左胸あたりが紅く光り、そして止んだ。
──待ってくれ!!まだ話が!?
『また──主がこ─に来る──もあ──しょう──』
ザザというノイズのせいで、所々が聞こえない。
『ま────こ─ど!!』
そして空と大地の亀裂から白い光が溢れて──ウラルはたまらず──目を瞑った。
「─────」
うるさいなぁ…
「──ル────!」
なんだよぉ…
「──ル──きろ!!」
えぇ…
「ウラル起きろ!!!」
自分を呼ぶ声に目を見開くと、そこには此方を見おろしているアルベドがいた。
数秒間見つめ合ったあと、ウラルが口を開く。
「……おはよう」
「……おはよう」
ウラルが体を起こして周りを見渡すと、そこは簡素な部屋だった。ベッドが部屋の四隅に一つずつとドアと反対側の壁に窓が一つ。
ギルドの宿屋とはまた違う作りだった。
「…あれ?…ぼく、あのあと倒れたのか?」
そう聞くと、アルベドが自分のベッドに座ってから答えた。
「そう。昨日の夕方から今までな。ぐっすりだったよ」
「今…何時?」
「朝の八時だな。この後、朝飯を食ったら王様との謁見だ」
朝飯と聞いてウラルの腹が鳴り、顔をしかめる。
それを聞いてアルベドが苦笑しながら言った。
「まぁ昨日の昼飯も食ってなかったしな。仕方ない」
しかし、ウラルの表情は変わらなかった。
「……もしかして、王様との謁見って言った?」
「ああ」
平然と答えるアルベド。
「うっそ…まじかぁ…。じゃあ、もしかしてここって…?」
「王城だな」
「おやすみなさーい」
そう言って布団を被るウラルをアルベドが必死に引き離す。
「会わないと不敬!捕まるから!それにお前がカプルの奴倒したんだし恩賞とか貰えるぞ!それに!まだラスタに挨拶してないだろ!」
その言葉を聞いたウラルの動きが止まったのを見て、アルベドは安心した。
「恩賞……?てかラスタって誰?」
「ホラ、銀髪の…お前が助けた女の子だよ」
「あぁ、あの子か。てか、なんで名前知ってんの…?」
ウラルがその質問をしたところで、ちょうど部屋の扉が開いた。
「アルベド君、ウラル君起きた?」
そう言って入ってきたのはフード付きの長いローブを着たラスタだった。
ウラルは他人に迷惑をかけてしまうかもと思い、ベッドからさっと降りると彼女に聞いた。
「うん、起きたよ。ラスタさん、あの時、怪我とかしなかった?」
「う、うん。私は全然平気よ。……ありがとう」
ラスタが頬をほんのりと赤く染めながら答えた。
……アルベドはウラルのその変わり身に呆れていたが。
「それならよかった。詳しい話は食堂でしよっか?ぼくもう腹ペコでさ」
自分の腹をポンポンと叩きながら言うウラルにアルベドは溜息をつきながら言った。
「とりあえず、さっさと着替えろよ。それから飯だ」
ウラルは苦笑することで、それに答えたのだった。