第十二話 対『豪山羊』
「……なんとか間に合ったみたいだな…」
ウラルが、顎髭を蓄えた角の生えた老人と剣を交差させながら呟いた。
--既に身体強化は35%ほどの強さで使用しています。このままだと約三十分程で魔力がきれますので。ご注意を--
……前回よりも長いな。魔力量が増えたのか?
--蟹爪との戦闘時より、約二倍になっています--
そこで敵の老人が目を細めて、話し掛けてきた。
「あなたは一体……何者ですかな?」
「……そういう時は、自分から名乗るのが礼儀なのでは?」
「…そうですな。名乗らせて貰うとしましょう」
そう言うと、老人は剣を弾きながら後方へと下がった。
意外だ。老人は見たところというか、完全に悪魔だ。
騎士の礼儀が通用したらラッキーくらいに思っていたけど本当に通用するなんて……こいつ、真面目な性格みたいだな。
さて、後ろの女の子もどうにかしないと。
「アルベド!」
「なんだ!?」
物陰に隠れていたアルベドが、きっちり返事をしてくれた。
「この女の子を頼む!腰が抜けてるみたいなんだ!」
「…!!仕方ないな!こっちは任せてくれ!」
「ありがとな!」
アルベドが女の子を連れて行ったところで、老人が名乗りを上げた。
「私は、魔道十二門が一柱、『豪山羊』カプル。カオス様の命の邪魔をする者は排除させてもらう」
やはり、魔道十二門か…。でも、さっきの一太刀は蟹爪のとは威力が段違いだったんだが…。
同じ魔道十二門でも格の差はあるってことか。
「ぼくは、ウラル=ライト・カジャス。親の仇であるお前ら悪魔は、ぼくの敵だ。今回は絶対逃がさない」
「ほう……では、小僧がキャンスを倒したという男か。
……やはり……世界は狭いもんじゃな」
カプルは少し驚いたような仕草をした。
「能書きはいいんだ。さっさと終わらせよう」
前回使った村長の剣はあの後、粉々になってしまっていた。
父の形見を使うのはやはり嫌だったが、仕方ない。
やらなきゃやられるんだ。
ウラルは、持っている剣を横に持ち、唱えた。
「──光よ、全てを断ち、人々に希望を与える、大いなる潔白の光よ。我が元に集まり、そして我が剣と化せ」
「光翼の剣」
光輝き、やがて収束していったウラルの剣を見て、老人はまるで懐かしいものを見るかのように目を細め、言った。
「では、行きますかのう」
二人は間合いを縮め、接敵した。
剣と剣がぶつかり合う。
横、中段からの一撃、反撃を柄から剣を回して防ぐ。
右、上、左、下。至る所で剣と剣がぶつかり合い、悲鳴を上げる。
幾度めかの交差で、ウラルの左腿をカプルの剣が切り裂く。
返ってきた刃を危ういところで剣で受け、十歩程飛び下がる。
「くっ……」
老人がまだ余裕なのに対し、ウラルは必死だ。
更に、ウラルには小さな切り傷が蓄積してきている。
──このままだと…不味いな…
ウラルがそう思ったときだった。
「さて、そろそろ終わらせますかな。
中々良い太刀筋でしたが、重さと速さが……足りませんな」
そう言ったカプルの動きが──変わった。
十歩の間合いを一瞬で詰めたかと思うと、いきなり上段から長剣を振り下ろしてきた。
──やば
ギリギリのところで反応して剣で受け、吹き飛ばされる。
石の壁に思いっきり突っ込んだ。少しめり込む。
強化魔法のお陰で頭から出血するだけで済んだ。
──イテテ…くそ……動きが急に変わりやがった……あいつには弱体化きかないんだよな?
--うん、ボクの魔法がきかないなんてはじめてで驚いたよ!--
──なら……身体強化の強化率を上げるしかない。70%まで上げられるか?
--それは不可能です。今の主の体だと、60%が限界です。
それでも五分持つか。それ以上だと体と魔力が耐えられません--
──上等だ。………やってやる。60%だ……!!!
--了解です。では、身体強化60%!!!--
ウラルは立ち上がり、隣に落ちていた剣を握りしめる。
「すげぇ…力が湧いてくるや……」
余っている左手でグーパーグーパーして力を確かめていると、カプルがトドメを刺そうと歩いてきた。
「ほう……力が増しておるな……何があったのかを聞きたいが……それは後回しじゃ……!!」
カプルはニヤリと口角を上げながら、長剣を構えた。
カプルも何だかんだといって、戦闘が大好きなのだ。
強い敵と、一対一で戦う。───それが好きな者に、悪魔の資格は与えられるのだから。
二人は合図もなく、同時に走り出す。
剣と剣を交差させる。
そこはもう、二人だけの世界。
全力で、剣と剣をぶつけ合い、躱し、振り続ける。
右から凪げば左で。上から下ろせば下から。
二人の動きが呼応して、剣と剣が踊り狂う。
それは見ている者に、一種の美しさを感じさせるものだった。
──その舞は、いつまでも続くものかと思え、その場にいたみながいつまでも続いて欲しいと願った。
──しかし、その願いは叶わない。
その均衡を先に崩したのは、ウラルだった。
強すぎる身体強化魔法に、体が悲鳴をあげたのである。
態勢を崩したウラルの足を、カプルの長剣が半分くらいまで切り裂く。
「うぐっ………!!」
あまりの苦痛に顔をしかめ、膝から倒れ込んだ。
「……終わりじゃ」
カプルが振り下ろした長剣がウラルを頭から真っ二つにしようと迫り来る。
「──大いなる雷神よ、全てを焼き、全てを薙ぎ払う大いなる雷の王よ!そなたの持つ静かな雷。我が水弾に籠め、我が敵の動きを封じたまえ!!」
「封雷水弾!!!」
と、急に現れた複数の水弾がカプルを真横から襲う。
「何!!??」
突如の急襲を避けられなかったカプルは長剣を振下ろしたままの格好で、動きが止まった。
否、止められたのである。他の誰でも無い、アルベド・ハギスによって。
「俺の魔力はそう多くない!さっさと決めろ!ウラル!!!」
カプルに手をかざしながら、アルベドが叫ぶ。
「うおぉおぉぉぉ!!!!!」
切られた足から血が出るが無視して立ち上がる。
その苦痛に耐えるため、歯を折れんばかりにかみしめて、立ち上がる。
「これでぇぇ、終わりぃだぁぁぁぁあぁ!!!!!」
横凪ぎ一閃。
カプルの胴体と下半身を、分断した。
「……ハァ………ハァ……」
肩で息をしながら、膝から倒れ込む。
「終わった……のか?」
アルベドが呟き、両手を下ろした。
そうして、ようやく動くことを許されたカプルは口を開いた。
「…フフ……まさか…私が貴様のよ…うな小僧に……敗れ…るとはな……師匠は…誰……じゃ?」
「…そんなのいない。頭の中に、勝手にイメージが湧いてくる。それに、あんたは負けてない」
カプルは、懐かしそうに目を閉じて、言った。
「そ…うか……あやつも……同じよ…うなことを言っておっ……たよ……」
「あやつ…とは?」
「…それ……は…言えぬ……な………」
そこでカプルは、思い出したように言った。
「……そう……じゃ私…の剣……をやろ…う……そ…う………れば……ふ……………そ…ろ………」
そこで、カプルは事切れた。
「……わかった。ありがたく…頂戴する」
ウラルは這いつくばった状態でカプルの元に近づき、死体を整えて、長剣を取り、左腰に差した。
そうして、ウラルの視界が暗転した。