第十話 依頼
ウラルとアルベドの二人は、ギルド一階の依頼掲示板の前に立っていた。
「ほー、依頼ってたくさんあるんだな」
ウラルは欠伸を噛み殺しながら言った。
二人は朝起きてからすぐ、朝食もとらずにここにきていたのだ。
「まぁな、依頼はペット探しみたいな物から盗賊、魔物、魔獣狩りまで、ギルドからの緊急依頼だと、悪魔や竜狩り。たまに国からの傭兵依頼なんかもあるな」
「ふぅん。ギルドって結構影響力あるのな。まぁそれは置いといて、どれいくのよ?」
そう、二人は依頼を物色していたのだ。
早速依頼を受けようとしていた。
「そうだな……まだウラルには行ってなかったけど依頼のABCDランクの中で魔獣、魔物の討伐があるのはCランク以上だけなんだ」
「へぇ……って、えぇ!!??」
さすがに驚いた。ウラルは魔物の討伐に行く気まんまんだったのだ。ついでに言うと、少しだけ楽しみにしていた。それが叶わないと知って、ウラルは意気消沈した。
「……じゃあ……何やるの……?」
アルベドはウラルを見て苦笑しながら依頼板の紙の一つを指でさす。
ウラルはそれを一語一語丁寧に読み上げた。
「猫…を…さが…してください、ねぇ。……これやるのか?」
「こればっかりは仕方ないな。一からやらないと」
「そんなもんか……はぁ……」
ウラルは魔獣狩りに行きたかったのだ。さらに言うと、そこで彼女らとの対話を試みるつもりだった。
ペット探しなんかしている時間なんてない。ウラルはそう思っているのだ。
「そうは言ってもな……さっさと済ませればいいだけの話じゃないか?」
相変わらず苦笑しているアルベドに、ウラルはため息を一つ。
実際ため息をつきたいのはアルベドなのだが、彼はそんなことはおくびにも出さずに苦笑し続ける。
「わかったよ。そのかわり、Cに上がったときに受ける依頼はぼくが決めてもいい?」
「オーケーオ-ケー。そしたらさっさと依頼受けるぞ」
アルベドは昨日のお姉さんの受付カウンターに行くと、依頼板から破り取ってきた紙を差し出した。
「これ受けたいんですけど、その前にパーティー登録ってできますか?」
受付のお姉さんが眼鏡をクイっと上げた。
「パーティー登録ですか?わかりました。それでは、登録する人の冒険者証を提示してください」
「これで」
「はい。ええと……パーティーメンバーは二人。アルベド・ハギスさんにウラル・カジャスさん、ですね。パーティー名はどうしますか?」
「パーティー名か……」
一瞬の逡巡の後、ウラルが呟いた。
「……ツインスピリッツ」
「え……ツインスピリッツ?」
「あぁ。アルベドって精霊使いなんだろ?ぼくの中にいるのも精霊みたいだし、ちょうどいいかなって」
「……いいね、それ」
アルベドは不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、「…ツインスピリッツ…ツインスピリッツ…」と言い心地を確かめるためにブツブツと呟き始めた。
「……それでは、『ツインスピリッツ』で登録しますね。これでパーティー登録は終わりになります。
……と、これがパーティーメダルになります。これを使えば、パーティーメンバーの現在地やランクが一目瞭然!!超便利です!」
と、メダルを手渡された。
「ありがとうございます。依頼の受注もオーケーですか?」
「あ、依頼の受注もパーティーメダルを使います。今回は特別にもう済ませてありますので、問題ないです」
ウインクしながらサムズアップしてくるお姉さん。
……この人キャラ変わったよな?
「ありがとうございます。では早速行ってきます。いくぞ、ウラル」
「ん、わかった。ありがとう、お姉さん」
そんなふうにして、二人は依頼をこなしにギルドを出たのだった。
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深い深い暗闇に支配されいる、小さな部屋。
寒々とした空気の中、真ん中に小さなテーブルが置いてあり、その周りには十二の椅子。そのうちの九つの上に人ならざる者達のシルエットが、浮かんでいた。
永遠に続くかと思えた冷たい静寂の中、四つ目の席に座っていた老人がゆっくりと立ち上がり、小さく呟く。
「………やっと見つけたわい……」
その声にすら、そこにいた彼らは誰も関心を向けようとはしない。
老人は、その彼等の無関心さに苦笑しながらも七番目の椅子の方を向き、言った。
「……アリス嬢、連れて行ってくれるかのう?」
そこまで言ってから、アリスと呼ばれたその少女は老人の方を向いた。
「……面倒だけど……仕方ないわネ。それでどこに飛ぶのヨ?」
訪れる一瞬の静寂。
「……ラフタニア王国が王都ハブリッシュ。そこに……彼女がいる」
「わかったワ。送るわネ」
そう言って彼女が手を振りかざすと、老人が光に包まれる。
「……では、また」
老人がそう言うとそれぞれの椅子から、様々な激励の声が届く。
「……精々気をつけるんだな、ジジイ」
「面白い子がいたら、教えてね~」
「…………………」
「……後で金返してね」
「まぁ、気楽に」
「ふっ、精々頑張りたまえ」
「ふぁいとなのです!」
それぞれの声に苦笑しながらも、老人は気持ちを緩めることはない。
「……じゃあ、飛ばすネ……」
そして、その声をきっかけに、あたりは一面の光に覆われた。
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「はぁ……疲れたぁ……」
ウラルがため息を吐いて、テーブルの上に倒れ込む。
アルベドも中々疲れた様子で椅子にもたれかかっていた。
「……そうだな。結構骨が折れるもんだな。猫探しってのは」
二人はあの後、3匹もの猫を捕まえていた。
つまり、三つの依頼をこなしていたのだ。
猫がどこにいるかはアルベドが周辺に漂っている微精霊に聞くことでなんとかなったものの、猫は意外とすばしっこく、中々捕まえるのが大変だった。
そこで休憩がてら、冒険者ギルドの一階で昼食を取ろうとしていたのだ。
「さて、さっさと──」
そこまで言ったとき、ウラルの背中を何とも言えない寒々とした悪寒が走っていった。
嫌な感じ。それを体現するような感触。猛烈な拒否反応。
ウラルは咄嗟にギルドを走り出た。
「おい!?どうしたんだウラル!?」
アルベドがウラルの後ろを追いかけてギルドを出た。
道のど真ん中で、北の空を向いて硬直しているウラルに話しかける。
「おい、ウラル?急にどうし……」
そこまで言ってから、ウラルの顔が真剣な物に変わっていることに気づく。
昨日そして今日、まだ見たことのなかった目。
真一文字に結んだ口。迸る汗。
アルベドは咄嗟にウラルの向いている方向を向いていた。
その直後、王城の向こうの空が──輝いた。
その光は徐々に広がり、空を断っていく。
「おい……なんだよ……アレ……」
気づけばウラルは──走りだしていた。
「お、おい!?ウラル!?……くそったれ!!!」
そう言ってアルベドもウラルを追いかける。
そんなふうにして、運命は──廻り続ける。