【天高く 木の葉の如く ゆれなずむ】第2話 戦国大学 その1
長い休暇を終え、久々の学路につき、見知った後頭部たちを追い越したり追い越されたりしながら、まだ休みにしがみつきたい気持ちとそろそろなにかをしたいという矛盾した感情を頭の中でぐるぐると回しながら歩みを進める。
『運動部連合!』
『常勝無敗 漫研・文芸同盟』
『性器待つ』
校門が近づくにつれ、政治や外交に対する過激な抗議の運動のようなケバケバしい看板が目に飛び込んでくる。現在進行形では、『アイドル研究会』の文字が躍る幟を掲げた、鉢巻よりもメット、幟よりもゲバ棒、法被よりもツナギが似合いそうな一団が拡声器を持って「諸君の応援が我々の勝利の呼び水となる!」と学び舎の門で怒鳴っている。
ぶるぅぉあーん!
「ヒャッハー! 勝つのは俺たち『性器待つ』だぁ~!」
と、突然現れたバイクに乗った下品な声の男どもが、アイドル研究会の一団を襲撃した。きつい。休み明けでいきなりあんなに強烈な個性を見せつけられるときつい。夏休み中、あまりにも人と会わなかったせいで対人関係に対するポジティブすぎるイメージトレーニングで鍛えイメチェンを敢行したのはわかるが、夏のポジティブイメージトレーニングほどあてにならないものもない。いや、厳密にはもっとあてにならないものはあるのだが、比喩の上ではこの上ないと言うのも妥当と言えるだろう。彼らも大丈夫なのか? 私は、いつでも現状を注視しているぞ。まだ動くべきではないと。
本格的な戦闘を始めるアイドル研究会と性器待つをよそ目に素早く教室へと向かおうとしたが、私の視界が大きくぶれ始めた。そしてやっと揺れが収まったかと思うと、私は先ほどまで私がいた場所を見下ろしていた。
「曾根崎忠、確保! ヒャッハー!」
「イエスヒャッハー!」
どうやら、私は性器待つとやらに襟をつかまれているらしい。なにゆえに私の名前を知っているのだと問いただしたいところだが、もっと優先して言うべきことがある。
「は、離してください!」
ネズミの断末魔のような声を絞り出すが、性器待つの紳士諸君は私を開放する気はないようだ。
私が性器待つの紳士諸君に引きずられていった先は、ビニールに包まれたゴミや束ねた雑誌が散らばり、なんとも言えない悪臭が鼻をつくあまりにもステレオタイプの貧乏学生寮だった。存在自体は知っていたが、まさか自分がそこに足を踏み入れるとは思っていなかった。
私は『童帝の間』の札が下がった部屋に通された。童帝の間だけは伝統ある日本家屋の居間のように整理整頓が行き届いた清潔な畳張りの部屋、そして俺様こそが童帝だ、と言わんばかりに、短髪の目つき鋭い男が「退かぬ媚びぬ省みぬ」と書かれた掛け軸の前で胡坐をかいている。そして、その部屋に端には今にも泣きだしそうな顔をした小林氏が正座をさせられている。
「ほぅ、でかくなったな小僧。俺が参座嘉文だ」
「彼が童帝だ」
うつむいたまま、もごもごと小林氏が続く。人に知識をひけらかしたい欲は何かをやらかして正座させられている時でも健在のようだ。
「童帝…」
「童貞の童に帝王の帝で童帝だ」
心地よく響くような声で童帝が言った。
「陣内一葉に心酔する男、小林桜に、陣内一葉を最も近くで見続けた男、曾根崎忠か」
童帝は膝に手を当て、ぐいっと体を折り曲げた。何か強烈にまずい気がする! 何かはわからないが、危機感よりももっと根本的な何かが警鐘を鳴らしている! ハイジさんがらみで拘束されたとなるとハイジさんへの恨みの八つ当たりをされる気しかしないぞ!
「よっこらしょい」
しかし、童帝は暴力を振るうでも我々を怒鳴りつけるでもなく、ゆっくりを胡坐を正座に変えただけだった。私と小林氏と童帝が、それぞれ膝を向き合わせている形になった。
「茶でも飲むか?」
さきほどまで童帝の一挙手一投足を恐れていたものの、童帝の柔和な表情と言葉でいっきに凝りを解きほぐされた。
「いただいてもよろしいのですか」
「構わん。おぃシュウー。茶だ」
シュウと呼ばれた男の持った盆の上では、塩素のにおいが漂う麦茶が揺れている。
「俺は参座嘉文。心外ながらこの学生寮のトップでもあり、童帝という異名で呼ばれている。その俺が、学生寮を代表して君たちに一つ頼みたいことがある。学祭にて、陣内一葉から勝ち星を奪う手伝いをしてほしい」




