【馴染まねば 治りもしない 五月病】第5話 ゴールデンウィーク地獄旅行 その2
「あぁら、曾根崎くんは今日は予定あるんじゃなかったのかしらねぇ」
良崎が意地の悪い笑みを浮かべる。
『演劇サークル』のレクリエーションの内容はシークレット、午前10時にサークル棟前集合だということだけが事前にハイジさんから伝えられていた。張り切った私は課題もほっぽり出して8時には集合場所についていた。何を持ってきたらいいのかはわからなかったので少しばかりの現金と『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』のDVDしか持ってきていない。一方、10時30分に到着した良崎は尻ポケットに財布を突っ込んであるだけと女子にあるまじきワイルドさだ。
「サークルには代えられない程度の予定だった」
「へぇ、そう。好きなドラマの再放送でもありましたかぁ?」
プスプスと失笑と漏らしながら良崎は追撃を続ける。
「あら、早いのね。おはよう」
次に到着したのは大仰な荷物をリュックサックに詰め込んだ水原さんだった。彼女は一体どれだけ楽しむつもりなんだ。あれだけの気概がないと「大学生の遊び」は成立しないのか! ならば、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』がある分良崎よりも用意が良い、ということになる。
「水原さんすごいですね。なんですか、その荷物」
「備えあれば憂いなし、ってね」
ハイジさんのせいで散々憂いを見てきた水原さんだけに説得力のある言葉だ。これ以上
『新・パトリオットホーク劇場版:転2012 乙型弐式改1/2』のネタバレを聞かないためにも遮音性の高いヘッドホンは必需だろう。
「多分、シークレットとは言いつつも今回もドライブだと思うし、ハイジさんはずぼらだからどうせ食べ物も持ってこないだろうから、わたしが持ってきた方がいいかなぁと思って」
良妻賢母!
良崎よ! これが女性だ!
「さすがですね水原さん。僕は『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』のDVDしか持ってきてませんよ! 良崎は……」
先ほどまで受けた屈辱を倍返しにするつもりで笑みを浮かべ、失笑交じりに良崎の顔を覗き込む。
「そういえば気持ちだけだったなぁ。水原さんにポテチでももらったらどうだヘブ」
向う脛を踵で蹴られ、つい反射で体を屈めてしまった。
「いいのよアンナちゃん。今日はアンナちゃんと曾根崎くんが主役だから」
気持ちのよくなるような微笑みを浮かべ、水原さんはリュックサックからポテトチップスの袋を取り出して良崎に渡した。なんのつもりかはわからないが、水原さんは決して悪人ではないことを加味すると天然なのだろう。
「でもドライブってハイジさんの車って」
キャタピラで痛ましい傷跡を残した『神輿戦車シェリダンM.G』のことが脳裏を過る。あれは公道とかでは乗れないのではないだろうか。排気量は足りているだろうが少なくとも高速道路の入り口で足止めを食らうのは明らかだ。あれはオープンカーにしても度が過ぎる。四人も乗れるのだろうか。
「ハイジさん免許持ってるんですか?」
「この間取ったって言ってたわ。大丈夫よ、わたしも免許持ってるから」
ここに来て株を上げ過ぎだぞ水原さん! なんと頼もしい!
「一応お酒は飲まないでおくわね。アンナちゃんも曾根崎くんも飲んじゃあダメよ」
ダメよダメよも良しのうち、とでも言いたげに悪戯っぽい笑みを浮かべる。私も良崎も一年生、4月生まれであろうと20歳を迎えていることはない。水原さんは三年生、ハイジさんは水原さんより年上だから三+Ⅹ年生、飲酒の資格は十分に満たしている。
「車もこの間借りたって言っていたし」
私はほっと胸をなでおろした。よかった、『作った』ではなく『借りた』だ。少なくともシェリダンではない。車種はなんだろうか。せっかくならばドライバー以外は後部座席でわいわいと大学生らしく騒ぐことが出来るスペースのある大きめの車がいい。
どっどどどうどどうどど、どっどどどうどどどうどど。
歯切れの悪いエンジン音が近づいてくるのがわかる。大学の敷地内に車を乗り入れていいのかというのはこの際無視しよう。なにせハイジさんはキャタピラ付の御神輿やヘリコプターでさえ御咎めなしだった男だ。その程度なら許されてしまうアウトロー、それがハイジさんだ。
どっどどどうどどどうどど、どっどどどうどどどうどど。