【あおぐよし 夜に咲く花待つ 午睡よし】第6話 関越リベンジ その4
「はい、わかりました。頑張りましょう」
両手を頭よりも高い位置で二回ほど手拍子し、良崎が気持ちを切り替えるように声を出した。
「やりましょう。やってやりましょうよ、関越リベンジ」
「お、威勢がいいなリーベルト」
「やってらんないですよ、こうでもしてやる気を出さないと。だって、新潟まででしょう? 面する海がもう太平洋じゃなくて日本海なんでしょ? 遠いですもん。嫌だ嫌だでは持ちませんよ。やる気出さないと」
完璧に腹をくくっている、というか自暴自棄になっているというか。ハイジさんと良崎はもう、やる気だ。水原さんと私は、自分達も仕掛け人だと思い込んで気を緩めていた分、ダメージが大きい。
「なんなら、また例のゴスロリを着ますよ」
「さすが、サークルの特攻隊長リーベルト! お前は期待を裏切らない!」
「イェース。突っ込むぞー! なんていってね。何に突っ込むのかはわからないですけど」
「そしたら、日本はお前を支持するよ」
「ドイツと日本は協力関係でしたからねぇ」
フ、すごいな良崎。
「さすが」
「さすが、じゃないわよ! あんたも面白いこと言いなさいよ。命を削りなさいよ」
痛くはないが見栄えがする派手なチョップを私に食らわせ、良崎はハイジさんとの素早いやりとりの続きにかかる。
「もぅ、脳内麻薬がすごい出てますよ。ジャンキー5人くらいなら養えるくらい」
「おぉ心強い!」
「しかし、気掛かりなことがいくつかありまして、まずわたしはこの夏休みずっと海外ドラマをレンタルして観ていたんですが、それをまだ全部見終わっていないんですよ。『チャック シーズン3』。あと5枚くらい」
「どうにかなるさ!」
どうにもならないのにハイジさんが続く。脳内麻薬でテンションを上げ過ぎている良崎を少し警戒しているかのように徐々に及び腰にはなってきている。こうなるとハイジさんも弱い。良崎優勢か。
「明後日までなんですが、全部観られないうちに返却期限が来ても、どうにかなりますよねぇ。ついでに、延滞料金なんかも、どうにかなりますよね」
「なるよ、なるよリーベルト。頑張ろう」
という前向きな言葉は、皮肉にももう始まった渋滞による減速で説得力を失う。
「じゃあそれはどうにかなるとして、わたし、今日家族で食べるためのしゃぶしゃぶ用のいい肉を、いい肉屋さんから受け取っているんですよ」
良崎が鞄を開けると、中には木箱と保冷剤に包まれた高級そうな霜降り肉が。
「お母さんが待ってるんですよ。肉と娘が帰ってくるのを……」
肉を見て現実に戻ってしまったのか、良崎はずりずりとシートを這いながら滑り落ちていく。
「今日はまさかこんな不意打ちを受けるとは思っていなかったから、油断してました。……そういえば、お母さんが言ってたような気がしますね。悪い子のところには『せんぱい』が来て、車に乗せて新潟に連れてっちゃうわよ! って……」
もう、良崎も己を鼓舞する声ではなくなってしまった。やはり気持ちの切り替えではなく、ただの自暴自棄だったようで、その勢いは長くは続かずそろそろ陰りが見えてくる頃、ただのぼやきと化してきている。
「いや、自分を責めるなリーベルト。少なくとも、お前は今この車で一番輝いてるよ! 悪い子じゃない、いい子だ!」
「でも、本当に今日のうちに帰らないと肉がやばいんですよ。『演劇サークルwith 生肉』が『演劇サークルwith 肉塊』になっちゃうんですよね。ほら、夏の生肉ってすぐ肉塊になっちゃうじゃないですか」
「大丈夫だから! 新幹線は抑えてある!」
鼓舞どころか自虐を続ける良崎に、ハイジさんが運転席から包みを投げた。
「あぁ、本当ですね。新幹線の切符ですね、新潟発、東京着の」
「新潟駅まで一回行かなきゃいけないんじゃないのか?」
2枚しかねぇし。
「言われなくなくてもわかってるわよ」
私の指摘にまた見栄え重視のチョップを繰り出し、切符をぐっと握りしめる良崎。
「お母さん、わたしは今、人生の鈍行、青春かたみち切符を手にして旅に出ています。戻れないかもしれません。夕ご飯は、わたし抜きで食べていてください。さぁ、ハイジさん。渋滞で暇ですね。チャックでも観ましょうか。あ、チャック家に置きっぱなしだ」
「本当に、俺が悪かったよリーベルト。本当にすまなかった。事前に言っておけば……」
「もう、いいですよ訴えるところまでは、もう決まってますから。それより、これから銀さんが壊れるかもしれませんよ」
【自己批判】
特にねぇな。帰京のため次回は日曜です。




