【あおぐよし 夜に咲く花待つ 午睡よし】第3話 関越リベンジ その1
茹だるような暑さの中を電車に揺られ、強い夏の日差しを反射して輝く水面や葉を眺める。夏休みに入り、定期も期限を迎え、目に見えて減っていくパスモの残金が、もう大学はしばらく休みなのだと改めて感じさせる。前期の講義の成績は、可もなく不可もなく。文句があるのかと問われれば文句はないが、不満はないかと問われればもっと良い成績を挙げられたはずだと負け惜しみを言うことぐらいはできる。しかし、芳しくはないものの及第点であったことにほっと胸をなでおろし、私はサークル棟へと足を運ぶ。久々の登校日、サークル棟にはどうせハイジさんがいるだろう。水原さんだって就職活動の準備を大学で進め、サークル棟で骨を休めている可能性だってある。
「ハイジいます」
ドアノブから下げられた札に一抹の懐かしささえ感じつつ、扉をくぐると夏だからか涼しげな甚平を着たハイジさんが一心不乱に爪切りを握力を強くするレバーみたいなアレっぽく何度も握っていた。
「どうした?」
「ちょっと立ち寄ってみました」
もう帰ろうかな、と土間に立ち尽くしていると「曾根崎くん」と背後から声がした。
「成績はどうだった?」
と水原さんがにこやかに立っていた。
「及第点でした」
「そりゃあよかった。あ、そうそう水原。お前、出版社に興味ない?」
爪切りを握っていたハイジさんはポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、水原さんに渡した。
「ありがたいですが、自力で頑張ります」
と水原さんはそのメモを丁寧に畳んで手帳に挟んだ。なんだこれ。ひょっとして邪魔しちゃったか、私。
「ところで、アンナちゃんは? さっき、ここにも顔出そうかなって言ってたけど」
「リーベルト? へぇ。てっきりアイツはすぐに帰るタイプかと思ってたよ。コイツと違って、孤独に耐性があるから夏休みは序盤に買ったゲームをやり込むものだとばかり」
良崎が来るなら邪魔でもなかったかなと思いつつ、靴を脱いで冷蔵庫から冷えたサイダーを出してグラスを4つ用意した。
「曾根崎」
「なんでしょうか」
「お前、ドッキリとか好き?」
なにか思いついたとんちが得意な坊主のように表情をころりと換え、ハイジさんは一枚何かを隔てた油断できない笑みを浮かべた。
「仕掛ける側ならば或いは」
「いいねぇ。ニョホ」
「また何か悪いことを考えてるんですか? ダメですよ、アンナちゃんは」
水原さんは苦笑して窘めながら、サイダーをグラスに注いだ。
「釘を刺しますけど、ダメです。アンナちゃん、夏休みに入ってからお母さんとうまくいってないって聞いたから」
「良崎=リーベルト・アンナと良崎=リーベルト・ダレカがか。ドイツの俗語で罵りあいか」
「馬鹿野郎ッヒ!」
「今のはお母さんが悪いッヒ! いやいや、アンナが悪いッヒ! と」
「子供向けアニメのヒヨコのキャラクターみたいだ」
「大リーベルト、小リーベルトに怒りのジャーマンスープレックス!」
ははは、とハイジさんと私だけが笑っている。そうか、私、ハイジさんと二人で笑えるんだ。この人にはいつも振り回されてばかりで、いつもハイジさんが笑っているか私一人で笑っているか周りのみんなが笑っているかだった。そうか、ハイジさんと笑える話題と話力があったのか。
「からかわないであげてくださいよ」
水原さんが眉をしかめる。これでいいんだ、男子は。女子は陰口、男子はバカで下品だ。あるべき形に戻っただけの話。
「ちょうどいい。リーベルトも気分転換になる」
「じゃあ、マイルドなヤツですね?」
と私も気をよくしてハイジさんの話題に飛びつく。まさか、ドッキリを仕掛ける側がこんなに楽しいとは。ハイジさんが病み付きになるのもわかる。もう、一刻も早く良崎が驚く様を見たくて足がむずむずしてくる。
「そうだな。簡単だ。まず、車に乗って良崎のところへ行く」
「はい」
「で、どことは言わず『これから軽くドライブして海でも見に行こうぜ』と車に乗せる。で、ビビッてるリーベルトをそのまま自宅に送り届けて終了」
「マイルドですねぇ」
「これくらいなら、たいして時間も食わないし水原も異論ないだろ?」
しょうがないですね、と少し緊張した声で水原さんが答え、私とハイジさんは良崎自宅送還ドッキリを敢行することになった。
【自己批判】
待たせたな。ここからが『ふぉそみつ』だ、ボウヤ。




