【あおぐよし 夜に咲く花待つ 午睡よし】第2話 ハイジお兄さんとリーベルトお姉さんの海外プロレス観戦留意点、略してハリ点! 後篇
会場のざわめきが、急に動き始めたカクテル光線でより一層大きなものに変わる。リングの上に吊るされたタイタントロンの画面も目まぐるしく変わり、大音量でステレオが暴れ出す。狂気さえ感じさせる大声を張り上げる観客たちは、決して混乱しているのではない。その逆だ。待ち焦がれたレスラーが、夢にまで見たスーパースターが、いよいよ入場してくるのだという確信が、自制心を飛び越えてむき出しの心のままに声となって飛び出すのだ! すごい一体感! すごい熱狂感!
ピョインピョインと兎のように飛び跳ねながらレスラーが花道に飛び出しリングの上でポーズを取る。その余韻を残したまま次の入場曲がかかり、別のレスラーが登場すると観客たちは手のひらを返して「ブー!」と叫んで割れんばかりのブーイングだ。ハイジさんと良崎も親指を下に突き立て口を尖らせている。
「オラァ! ぶちのめせ!」
「行け! やってやれぇー!」
「すごい」
二人のあまりのテンションに私と水原さんはつい腰を抜かして出遅れてしまったような気もする。
「いいんですよ銀さん! ブーイングしてやってください! ヒールにとってはブーイングが最大の賛辞です! テンション任せでいいんですよ!」
⑥レスラーが登場したら、心の底から声を出してね! ベビーフェイスには黄色い声援、ヒールにはブーイング! 恥ずかしがらないでなりふり構わない方が楽しめるわよ!
カンカンカーン! とゴングが鳴り、それぞれがリングサイドから睨み合って間合いを詰め、一気につかみ合う!
試合はベビーフェイスが序盤は押され、ダウンした際にヒールがロープをよじ登って最上段からダイビング。一気に勝負を決めようかという展開に!
ダァン!
「避けた!」
「すごい音!」
ヒールの捨て身のダイビングをベビーフェイスが間一髪で躱し、ヒールは飛び降りた勢いそのままにリングに叩きつけられた。太鼓を耳元で叩かれたようなものすごい轟音が鳴り響く。そのヒールの自爆を好機とみてベビーフェイスが一気に連撃を叩きこみ、ヒールがダウン。試合の主導権が移り変わる。
「あー、もう、そんなことしてる間に相手起きちゃうよ……」
息つく暇もない展開におろおろする水原さんが、せっかくの好機に観客にポーズを取って派手なアピールをするベビーフェイスを案じた声をあげる。
「いえ、これはもう決まりますよ!」
ダウンしたヒールが起き上がると、ベビーフェイスは振り向きざまに飛び上がり、特大のハイキックをヒールに顎にお見舞いする。
「すげぇええええ!!! すげぇキック!」
「トラブル・イン・パラダイス命中!」
これにはたまらずヒールも膝から崩れ落ち、ベビーフェイスが倒れたヒールに覆いかぶさり、片足を持ち上げてフォールする。
「1、2、3!」
カンカンカンカーン! と心地よく響き渡るゴングに負けじと黄色い歓声が乱れ飛ぶ!
「ほら、言ったじゃないですか!」
⑦試合終盤に油断とも思える余裕のアピールが出たらクライマックス! フィニッシャー(必殺技)が飛び出すわ!
「ハイジさん、これ最高ですよ……もう」
はふぅん、と色っぽいため息をついてほおを紅潮させた良崎が漏らす。
「あ、女子の試合もあるんだ」
今度はさっきまでとは打って変わり、かわいらしい入場曲とピンクや水色の鮮やかな光線と同時に金髪ボインのお姉さんたちが飛び出してくる。女子プロレスラーと言えば『ミスター・女子プロ』神鳥忍や、バラエティーでお馴染みの北斗晶やジャガー横田、という固定観念を一気に吹き飛ばすダイナマイトボディをセクシーな衣装に包んだきれいなお姉さんたち!
女子レスラーたちは金髪の髪を振り乱し、お互いの体を反らしてセクシーな肉体を見せつけるような関節技を客席にサービス! 若干遠いが、困りました、妙な吐息が止まりませんなぁ、と言いたいところだ。技をかけられている方が何とかロープを掴むと、レフェリーが介入して関節技を解くように掴んで指示する。
「あの審判……ッ!」
⑧あの関節技を至近距離でじっくりと堪能して何かの際には引き離せるレフェリーは最大の役得だッ! 思春期の男子諸君ッ! 今から英語勉強して海外プロレスのレフェリー目指せッ!
女子の方も試合が終わり、どんどんと試合が消化されていく。タッグマッチも終わるころには、ハイジさんも良崎も最初の勢いはどこへやら、技が決まればレスラーの名を呼んで拍手する程度になってしまって疲れは隠せないようだ。
アィォボンシビッマッヘッド……
「きゃああああ! オートーン!」
と思ったのに急に良崎が爆発した。オートンとかいうレスラーの登場よりも人間の感情はここまでむき出せるのかと隣の席の良崎の方が面白く見えてしまうほどだ。
タイタントロンには良崎のTシャツと同じく毒ヘビ、登場してきたオートンは浅黒い肌に刺々しい刺青を入れ、不敵なようで威圧感を放ちながら肩を揺らしてリングへと上がり、コーナーの柱を上って己の肉体美を見せつけるように両の手を大きく広げて胸を張る。
「最近、オートン負けがこんでるからなぁ……どうだろうか」
「相手は、相手は誰なんですかね? わたし、確認してませんよ! 誰が来日してくるかなんか見たらネタバレですもん!」
「相手はえぇと……おぁあああ! 一流の才能を持つメキシコの英雄アルベルト・デル・リオだぁー! 召使いがいないぞ、正々堂々の一騎打ちだ! 介入なしのデル・リオの本気を拝めるぞー!」
⑨基本的には審判が「見ていなければ」何をしてもOK! 反則攻撃はもちろん、リングサイドに連れてきた「お友達」や「召使い」が介入して技を決めようが足を掴もうが脚立で殴ろうが骨壺で殴ろうが、審判が「見ていなければ」海外プロレスにご法度はない!
こんがりと日焼けをした逞しい肩にマフラーのように長いタオルを首にかけ、オールバックにした育ちのよさそうなレスラーが微笑ながら登場してくる。良崎が自らの黄色い声で爆発のように、オートンが歓声で迎えられるベビーフェイスならば、後に登場したデル・リオはブーイングを受けるヒールのはずなのだが会場はブーイング一色には染まらなかった。もはやイベントも終盤、登場するレスラーたちは皆人気者で、フリーザやDIO、志々雄に代表される「悪役であろうとも大人気」の立ち位置にいるのだろう。
オートンもデル・リオも正統派とでも呼ぶべき均整のとれた美しい肉体、サイズも見合っている。デル・リオはルックスもイケメンだ。
試合はすさまじい技の応酬、どちらに傾いてもおかしくはない戦況が続き、良崎はもう体力の残り一滴も残さんとばかりに全身全霊の応援だ。
ズッ、ダン!
オートンのラリアットがデル・リオに炸裂! デル・リオが立ち上がってはオートンがラリアットで追撃!
「勝ちパターンだ!」
いよいよ立ち上がれず、力尽きて倒れるデル・リオに背を向け、オートンは一度客席を見回し、毒ヘビのような素早い動きで身を翻し、獲物を仕留めるような鋭い眼でその双眸にデル・リオを捉え、拳を握ったまま腕立て伏せを繰り返すようなポーズを取っている。
「R.K.O!」
ふらふらになりながら立ち上がったデル・リオの首根っこに腕を回し、自らも飛び上がって力任せにマットに叩きつける!
⑩『Don`t Try This. At Home,school or Anywere.』。彼らは訓練を積んだプロよ。絶対に真似しちゃダメ! どうしてもって言うんなら、プロレス道場の門を叩くしかないわ!
「1、2、3! 勝ったー!」
両隣の私とハイジさんだけでなく、前後左右の客ともハイタッチをかわす良崎。誰もが快くそれに応じている。すごい。プロレスから生まれる友情と一体感すさまじい!
イッツァシェッマッフォッゼッ!
「シェイマァァァァァーーース! 俺はお前を待っていたぞォー!」
今度はハイジさん爆発!
オートン、デル・リオに代わり、次に登場してきたのは不健康ささえ感じてしまうような、白人といえども異常に白すぎる肌に赤毛の巨体レスラー。しかし不健康そうなのは肌の白さだけ、自分の胸を赤くなるまで拳で何度も叩き、両手を広げて雄たけびを上げ、誇らしげに肩にかけたチャンピオンベルト(当時)を輝かせる。あまりの元気さに思わず笑みがこぼれそうだ。
「193cm123kg! 溌剌としたファイトスタイルのケルトの戦士についたあだ名は『グレートホワイト』! 待ってたぜ真打ィ! お前が今日のメインだぁ! シェイマス!」
「んなぁああああ!」とハイジさんもシェイマスと同じく両手を広げて雄たけびを上げる。信じがたい声量を持つハイジさんの声すらも、ただの一つ、となってしまうような大歓声。観客達も完璧に息を吹き返している。
ウィィィィィイルゥンスッビッグショォゥ!!
「でっけぇえええええ!!!!」
慣れないプロレス観戦で声も枯れ息も尽きたと思っていた私も、登場してきたシェイマスの対戦相手を観て思わず身を乗り出して大声を上げてしまった。
「213cm220Kg! リングもぶっ潰す文句なしの『世界最大のアスリート』! 今日も怖くて強いぞ、巨体から放たれるKOパンチ『WMD』! 大巨人ビッグ・ショー!」
「メイン戦にふさわしい対戦カード!」
二人合わせて約350kg! それでも100kg差!
「やっぱ、生で観るとでけぇ……」
「シェイマス行ったー!」
「いや、止めましたよ!」
「いきなりチョークスラム!」
「うぉおおお!」
「うわ、あれ痛いですって!」
「やばいやばい!」
「出たー! ショーさんのお散歩だぁー!」
「堪えてる!」
「立て! シェイマース! ぃよっしゃあああ! やれ! 1発2発3発4発5発6発7発8発9発10発決まったァー!」
「頑張れ!」
「嘘だろ……持ち上げたー! 『ホワイトノイズ』!」
「すごい音がしました!」
「勝負アリか?」
「まだある!」
「出るぞ! ……ッ」
「…………」
「あっ!」
「うぉあ!」
「決まった命中ゥーーー!!! チャンピオンベルトは俺のもの、奪おうとする奴にゃお見舞いだァ! 覚悟しておけ必殺KO『ブローグキック』!」
213cmの巨体の顎に、全体重を乗せた特大のキックをお見舞いしてシェイマス勝利!
「いやぁ。俺はね、もう来年も絶対に来るよ。もう、自らの意思で観に来る。むしろ、今年はお前に連れて行けって言われて良かった」
かすれた声で感慨深げにハイジさんが言うと、良崎もご満悦の表情で「わたしもです」と答えた。
「僕も来年も観ようかな」
と呟くと、満面の笑みの二人に握手を求められた。
「ようこそ、プロレスの世界へ」
⑪プロレス中毒にご用心!
※人選は昨年の来日をベースにした僕の好みです。ミステリオとかヨシタツとかバレットとかローリネイテスは省きました。うろ覚えの空耳アワードとかもファンの皆様ごめんなさい。
【自己批判】
実は当時好評だった回。
↑の当時のあとがきで語られている「去年」が何年だったか忘れたが、今楽天で抑えやってる松井君が甲子園で三振取りまくってた年だったと思います。
ちなみに、登場したレスラーたちの現状は……
・キングストン→若手と組んでタッグ王者
・オートン→ベビーとヒールを行ったり来たり
・デル・リオ→人種差別発言で解雇
・デル・リオの子分→戦力外通告
・シェイマス→大けがの後イメチェン&ヒールターン。『ふぉそみつ』のヴァイキングマンの元ネタ
・ビッグショー→よくわかんねぇ立ち位置




