【あおぐよし 夜に咲く花待つ 午睡よし】第1話 ハイジお兄さんとリーベルトお姉さんの海外プロレス観戦留意点、略してハリ点! 前篇
特殊なエピソードのため、そのテンションをなるべくそのまま受けてもらうためにも会話文多め、モノローグ少なめでお送りします。前枠のためそんなに長くはありませんし、前枠故に読み飛ばしても差し支えはありません。うろ覚えですが実録に近いかも。
夏休みだから、もう一月以上顔を見ることも声を聞くこともないだろうとある程度の侘しさと喜ばしさを感じつつ迎えた長期休暇、夏休み。小学生の頃と違い、数えるのにもう片手で足りてしまうほどしか来ない真夏の長期休暇は、また詫びしさとありがたさの風情を感じさせつつも「何かをせねば」と追いたてる。
しかし、そんな哀愁に浸ることもなく、私達は夏休みを迎えて約十日後、8月の第一週、我々は都営大江戸線両国国技館駅にて顔を合わせることになる。白いシャツにリボンのようなスカーフを巻いた水原さん、力士と間違えられないためか和服ではなく白い無地のポロシャツを着たハイジさんは馬子にも衣装で一応は名家の出身の好青年の佇まいだ。そして黒地に銀色で禍々しい毒ヘビが牙を剥く物騒な柄のTシャツを着た良崎。良崎は大学に持ってくるのと同じ大きなカバンを持っているが中が空なのか軽そうに見え、尻ポケットの財布は中身がぎゅうぎゅうに詰まっていて本人は顔が赤くて鼻息が荒い。
そう、海外プロレスの日本公演である。ゴールデンウィークの旅行の際、ハイジさんが水原さんを気絶させたことの口止め料に、良崎がハイジさんに要求した『誠意』が、海外プロレスの年に一度の日本公演のチケットだった。さぁ、イベント盛りだくさんの大学初の夏休み、あいさつ代わりに食らいやがれ、と言わんばかりの大イベントだ。
全員が揃ったところで、エレベーターに乗り込むが、入場開始まではまだ随分と時間があると言うのにエレベーターの乗車率が異様に高く、子供連れやカップルなど、一人で乗る者は少ない。そして乗客は二つの種類に分けられた。鼻息の荒い者と、連れの鼻息の荒さと爆発寸前の熱気に少し及び腰になっている者。良崎は明らかに前者、水原さんと私は後者だ。
「うわぁ、すごい」
すぐ向かいに隅田川を覗く両国国技館前はすでに年に一度、海を越えてやってくるエンターテイナーたちを歓迎し、彼らが見せてくれる素晴らしいパフォーマンスへの期待でお祭り騒ぎ、おおよそ歩きなれた町では目にすることのできないような珍妙な出で立ちの者たちで溢れかえっていた。
「会場の外からコスプレ大会かよ」
どうやら、沿道を埋め尽くす百鬼夜行は各々の敬愛するレスラーの扮装らしい。日本人離れした体格の者もいる。真夏の午後だと言うのに、通気性の悪そうなマスクやコートを被って酷暑や脱水症状を顧みない猛者もいる。
「イッフュッスンメ〜〜〜〜〜〜〜〜! ラララララアー! ワッツァロック! イズ! …………クッキン!」
叫ぶ猛者もいる。あの人はこのイベントのために頭剃ったのだろうか。片方の眉だけクイっと上げられるのはすごい。
そしてプロレスコスプレイヤーの脇にはブティックよろしく、各レスラーのTシャツがかけられ、Tシャツとしては高値の値段で取引されている。
「すごい……日本でもまだちゃんと人気がある。嬉しくて鼻血が出そう」
と良崎はうっとりしている。
「あ゛ーぃ、あるよあるよー、WWEのチケットあ゛るよぉ~」
ハイジさんが咄嗟に手を出し、今にも駆け出しそうな良崎を制する。
「ダフ屋だ。近寄るな。ついでに外で売られてるグッズは正規品じゃねぇこともあるから手を出すな」
と、小声で注意と促す。
「さっさと列に並ぼうぜ。いくらでも時間はあるし、列からでもコスプレは観られる」
<ハイジお兄さんとリーベルトお姉さんの海外プロレス観戦留意点、略してハリ点!>
『プロレス好きのハイジお兄さんとリーベルトお姉さんが、所々で海外プロレス観戦を安全に楽しむための知識を紹介していくコーナーだ。全部覚えれば海外プロレスを楽しめること請け合いだぞ!』
①ダフ屋とは関わらない!
②コスプレは一見の価値ありだ。
西に傾きつつはあるものの、未だ高い位置から真夏の太陽は我々をその強い日差しでチリチリと我々を突き刺して焦がす。入場開始まではまだ時間があるが既に長蛇の列となっており、炎天下で開場を待つ日本のプロレスファンの根性に少なからず驚かされた。ハイジさんは金魚、水原さんは朝顔とそれぞれ団扇で暑さをしのいでいる。私は間近にそびえ立つ天を貫く東京の、いや日本の若きスーパースター、東京スカイツリーに目をやり、その大きさに感服する。
「圧倒的にシナが多いですね」
並んでいる列のみならず、エレベーターの中から多かった緑色のTシャツと野球帽のプロレスマニア達を見て良崎がハイジさんに言う。緑色の一団は子供も多く、ファン層も広いらしい。
「そりゃあもう、天下のジョン・シナ様だからな」
とハイジさんも返す。
「ジョン・シナ。あ、それって前にハイジさんがカードで当てた人?」
水原さんがハイジさんに問うとハイジさんは「そうだよ」と答えた。
「カード、やらなきゃよかったよ。あれからカード集めしてみたらいかにキラキラカードがレアいかを俺は改めて思い知ったよ」
「返しませんよ」
「もう自力で当てたよ」
「人気のある人なんですね」
「うん、今はシナの天下だ。何をしても許されるトップベビーフェイスだ。場外で奇襲しかけようと、なんだろうと御咎めなしだ」
③ベビーフェイス=善玉(悪玉の逆)は何をしても許される。
「場外って」
「戦いは駐車場から始まるのよ。自分が試合に行っている間に抗争中の相手に車盗まれたり、恋人寝取られたりするのも日常茶飯事、試合後にバーで飲んでるときにイスで襲撃なんて言うのも当たり前よ」
安らぐ時間がないじゃないか。常に筋骨隆々の戦いのプロに狙われてしまうとは。
「もちろん、全部台本通りだけどね。試合内容も抗争の展開も、全部ライターが書いてるんだけど」
「やらせなのか!」
「そう言ったら面白くないじゃない。お決まりのパターンでも楽しめるんだから、別にガチじゃなくてもいいのよ。ガチでやったら毎回誰かが病院送りよ」
④安全を期す点からもライターによるシナリオに基づいた試合展開とストーリーが展開するわ! 決して真に受けないように。でも稀に技がクリーンヒットしてしまう場合も……
入場開始のアナウンスで列が牛歩し始め、どんどんと両国国技館の中へと飲み込まれていく。扉をくぐっても、入り口からすぐの場所に売店があるため、入場者も滞ってしまってはいるものの、壁前面に掲げられたTシャツやマスク、その下の仮設レジにはファンたちが殺到している。
「高っけぇ」
「『ビッグ・ショー ジャイアント・ワールド』。このDVD、7時間もあるわ」
ものは試しと列に並び、並べられたDVDのパッケージを見てその値段とボリュームに目が飛び出しそうになってしまった。まさにアメリカ級、全てがけた違いだ。
「買うなら今がベストだぞ。始まれば息つく暇もねぇし、終わった後はテンションあがって買っちまう人が増えるからな、始まる前の今が一番いいぜ。パンフなら買ってやるよ」
ハイジさんの言葉に甘え、パンフレットを買うがそのボリュームも『スターウォーズ』ばり分厚さと紙の質。ずっしりと重い。良崎は大事に鞄にしまい、自分の愛するレスラーのTシャツをスタッフに告げ、惜しげもなく福沢諭吉の印刷された日本銀行券を差し出す。
⑤グッズを買うタイミングは見計らおう。
「さぁ、あとは試合のお供を買ったら席で待機だ。喫煙者も今のうちに吸っておこう。場内には喫煙所もあるからな」
海外ブランドのエナジードリンクのコップと甘栗をそれぞれ手に持ち、席に向かう。一杯500円という値段だが、紙コップの容量は区役所のロビーのウォーターサーバーのお茶と同じ程度だ。さすがイベント会場! 日本円がジンバブエドルのように飛んでいく!
後編に続く!




