【笹の葉に 結ぶ短冊 おもうもの】第22話 締めくくり
蒸し暑さから身を隠すように食堂に潜り込むも、節電ブームによって食堂は無条件で居心地がよい場所、とは言い難い。大学の学期は前半分を終え、最早雑踏の中に一人で身を置くことにはもう慣れてしまった。冷たいつゆに浸した蕎麦を盆に載せていつもの角の席に向かう。
五月病も飽和も、全ての心境の変化を終え、朝起きる時間も食事の時間も日ごとのスケジュールも全て大学に対応した体内時計が作られた。
「食堂で飯を食うなら食堂で買え。少しは還元しろ」
「別にいいでしょ。よそで買ったものを食べたって。ここの学生なんだからその権利はあるわ」
眉を不機嫌そうに傾げて良崎が愚痴る。
「勘違いするな馬鹿が。食券は飯の代金じゃない、食堂内での場所を確保するためのショバ代も含まれているんだ」
私はその隣に腰掛け割りばしを割る。
「期末が終わったぁ。前期が終わるよぉー」
伸びをしながら良崎。数日前までの鬱々とした表情は晴れ晴れとしたものに代わり、般若のような眉間のしわもすっかりと伸びている。そり落とした眉毛も生えてきたようで、随分といい顔をしている。かく言う私もあまりにも苦痛だった初めての期末考査と本格的なレポートの執筆に行きづまり、やり場のない気持ちを真夜中の市井で兎とびをして晴らしたくらいだ。
「なんかねぇ、わたしは本当にこの学科、いや、学部果ては大学まで、選ぶのを間違ったんじゃないかというくらい辛かったわよ」
「確かに、必修ってだけで興味のない科目のテストは辛い」
蕎麦を一掴みし、口に含んで会話の主導権を手放す。愚痴を言う状態になった良崎に対しては、聞く体勢を整えるのが吉だ。それももう慣れたこと。そして良崎の愚痴には概ね賛成だから、聞くことは苦ではない。
「結局、わたしは何をしたかったんだろうなぁ。何を学びたくて大学に来たんだろうか。でも、それを考えるのはもう無意味なことよね。もう乗りかかった舟、一回テストまでやったんなら、今回の辛さを無にしないためにもやり遂げてやるわよ」
と、強い口調の後に食パンをかじる。
「何をしたいのか、ねぇ」
「大成したいのか、安定したいのか、今が楽しければいいのか。多分、この大学に進まない方がよかったこともあれば、進んでよかったこともある。たかだか数年のことで全てを総括するには人生は長すぎる」
「でも、世を儚むにはまだ人生は短すぎる」
コーヒー牛乳で食パンを流し込む。
明日から、我々には長すぎる夏休みがやってくる。一か月以上にも及ぶあまりにも茫漠としすぎている余暇、一人で人生について考えるには長すぎる時間だ。一か月あれば、その気になればなにかをなすことも出来るし、自堕落に過ごして無駄な時間にすることもできる。「何故大学に入ったのか」「本当に学びたいことなのか」と自問自答をするのには持て余す時間だ。
「明日から夏休みだ。何しようかしら。お互いの抱負でも宣言してみる?」
自嘲気味に笑って良崎は続ける。
「仲間たちと海水浴旅行でファイト一発するやつらと違って、俺は暇なんだ」
「わたしだってそうよ。無為。ただ休むだけのあまりにも無謀な夏休み」
箸から蕎麦が滑り落ち、盆の上に広がった。良崎は飛沫を避けるために少し身を反らしたが、目を丸くして蕎麦を凝視した。
「笹の葉に 結ぶ短冊 おもうもの ハイジ」
落ちた蕎麦が、達筆な者が筆を執った文字のようになっている。
「七夕の短冊のこと?」
そういえば我々は、ハイジさんが大人買いしたパンダの餌を結局、パンダに貢ぐことはなく七夕の晩に各々短冊に願いを書いて吊るした後、誰一人として他の者の短冊に込められた願いを見るなんて言う野暮なことはせずに燃やした。
「確かにあの時に書いたものは正直だったわね。実現可能かどうかとか自分の能力とかを鑑みることもないし、所詮神頼みだし。つまるところ、自分のことじゃないこともあるし。好きな映画の続編が作られますように、とか」
確かに私も身の丈に合わない願いを書いて短冊に結んだような気がする。叶えてくれるかどうかわからないにせよ、神に頼んでみるとなると遠慮がない。ダメ元だろうと短冊に書いて笹の葉に結んだものこそ、本当に望んでいる、偽らざる本音なのかもしれない。
「でも、不言実行。やるまでよ」
ちゅるんと蕎麦を飲みこみ、少し間を置いて少し言葉を良崎の言葉を反芻した。
「俺もだ。恥ずかしくて言えん」
「恥ずかしいって理由で言わなくていいんなら、わたしも言わないわよ。だから不言実行なんでしょ」
【自己批判】
この「しめくくり」っていう寒い恒例行事をなくしたのは俺の功績。




