【笹の葉に 結ぶ短冊 おもうもの】第18話 文学部のブルース その5
文学部校舎は暗い空気に包まれていた。焼けつくような太陽の下、文学部の紳士淑女が真っ黒な喪服を着こみ、『芥川龍之介先生を偲ぶ会』と掲げられた看板と大大大文豪の魂に一礼をして、重い足取りで会場へ向かう。
「なんだお前ら。冠婚葬祭のマナーを教わらなかったのか」
ちゃんとした喪服のハイジさんが冷やかしに来た私達を諌める。
「わたし達は文学部ではありませんから」
「故人を偲ぶ気持ちに学部の垣根はない」
尤もらしいことを言うハイジさん。会場には既に文学部の紳士淑女が集まり、線香のにおいに包まれている。期末試験はまだ終わっていないため、一刻も早く帰りたいのか、涙を浮かべているものもいる。本当の葬儀の際には遺族が座る位置に「文学部代表 水原銀子」、「学生寮代表 参座嘉文」の紙が下がっており、それぞれ水原さん、参座嘉文が喪服で座っている。会場入り口の受付では小林氏とハイジさんが喪章を配り、署名の管理をしている。
「醜悪な陣内のクソ野郎が葬式ごっこをやってる会場ってのはここか?」
突然現れた長髪にダサい服、ノートパソコンを持った男がハイジさんに話しかけた。
「陣内がクソ野郎かどうかはわからねぇが場をわきまえられねぇクソ馬鹿野郎のカマ野郎ならここにいるぜ」
芥川を偲ぶ会の発案者であるハイジさんも暑さで気が立っているようで、長髪の男に鋭く言い返す。
「ふむ、ルックスも悪くない。俺の配下になる資格は存分にあるぞ。よし陣内、かかってくるがいい!」
拳を構える男。なんだ、この長髪カマ野郎は。
「ケンカか。そうか、お前が『学生寮一パソコンに強い男』湯田」
「フフ、俺は美しい!」
いかにも、という代わりに長髪カマ野郎は甲高い声を上げる。パソコンに強い……。
「生憎、今日は芥川を偲ぶ日だ。貴様の相手は俺ではない」
ユダを挑発的に指さすハイジさん。余裕の微笑を浮かべたままのユダ。ハイジさんはその指を自分の眉間にスライドさせた。
「逃げるんですか!」
良崎が叫ぶ。そうだ。逃げるのか!
「僕は戦えませんよ!」
私も続く。
ピシュンッ!
「……逃げやがった」
「逃げたよ」
私達は肩を落とす。
「ん? 逃げたのか」
狐につままれたような表情のユダ。そうだろう。ハイジさんが戦ってくれるかどうかはわからなかったが、あそこまで会話が進めば戦いは、「あり」だろう。それなりに心の準備も出来た、という意味でユダは拳を構えたのだ。逃げられるにしても、走り去られるなら追いかけることもできるが消え去られるのでは追うこともできない。
「逃げましたよ」
「帰ってくるか?」
「わかりませんね」
「……俺は美しいッ!」
「献花していきますか?」
「俺は文学部ではないが?」
「故人を偲ぶ気持ちに学部の垣根はないそうですよ。わたしたちも文学部じゃないし」
余っている喪章を小林氏から受け取り、ユダに渡す。
「俺も教科書で『羅生門』を読んだ。俺の中学校では定期的に暗唱のテストがあった。それが『羅生門』の冒頭の暗唱だった」
感慨深く芥川の思い出を語るユダ。
「太く短く生き、後世に語り継がれる名作を遺しながらも若くして散った。花火のように儚く、そして美しい」
有資格者じゃないか。むしろ適任者じゃないか。芥川を偲ぶ会をやる意味は、あったのではないか。むしろ、文学部だけに絞るべきではなかった。
「受け付けはあちらですよ」
私も外で観ているだけじゃなくて参加するべきかもしれない。私も教科書で『羅生門』を読んだし、ついでにこの間『蹴りたい背中』も読んだ。芥川がいなければ芥川賞もなく、芥川賞がなければ綿谷りさの登場はもっと遅れていたかもしれない。芥川の意思は、70年間連綿と文学者に受け継がれている。
【自己批判】
久々の1500字切り。もう1話行きます。




