【馴染まねば 治りもしない 五月病】第2話 リアルウイニングイレブン その1
明日からゴールデンウィークである。奇跡の5連休だ。幼い頃は学校に行かずともよいと心躍らせたものだが現在では休日には親しい友人たちと遊ばねばならない、という一種のステータスが必要なため、複雑な気持ちのため息が意に反して口から洩れるばかりだ。
学科の友人たちはキャンプだの飲み会だのと休日中も忙しさに追われる中、私は自室にこもって外界の一切を立ち、ひたすら米に文字でも書くのだろう。
「今度は第一競技場でテロだ!」
私の前を騒がしい集団が通り過ぎる。またハイジテロか、とため息をつき、渋々私もその集団を追う。しばらく歩くと、見慣れた背中が現れた。
「水原さん」
「曾根崎くん」
少し薄手のものに変わったものの、水原さんは今日もやはり軍服だ。
「ハイジさんがまた何かやったんですか?」
「『演劇部』の人たち40人と第一競技場へ向かったって……」
今にも泣きだしそうな顔で水原さんが言った。
「どうしよう、もう『神輿戦車シェリダンM.G』はないのに」
「いえ、まだ衛星からのアルキ……」
『しっかりアップしろ! 怪我してぇか!』
大音量のハイジさんの声が、スピーカーのようなものを通した少し割れた音で耳をつんざいた。
「やっぱりなにか物騒なことを……」
「さっきまでちょっと小耳にはさんだ情報だと、ハイジさんと『演劇部』の小林さんが第一競技場でリアルウイニングイレブン対決をするって……」
心配そうな声の水原さん。
「あぁ、それ知ってます。サッカーって言うんですよね」
「曾根崎くん、リアルウイニングイレブンよ?」
「えぇ、だからウイニングイレブンってサッカーをゲームにしたものですよね。いわばリアルじゃないサッカーがウイニングイレブンです」
「えぇと……」
え、わからないのか?
「アンナちゃんはそれ知ってるのかしら?」
『足止めんな! もう試合始まるんだぞお前それで胸張ってシャルケに帰れるのか!』
「これは、良崎もういますね」
「心配だわ」
私は水原さんのことも少し心配になってきたぞ。
第一競技場は既に大客入りだった。赤と黒のユニフォームがハイジ軍、青と黄色のユニフォームが小林軍らしく、ベンチサイドでそれぞれのユニフォームを着たハイジさんと小林氏が握手を交わしていた。
「ハイジさんの眠気が消し飛ぶほどのサッカーを我々がご覧に入れますよ」
と自信に満ちた顔の小林さん。
『ハッ! 言うねぇサックラー』
キーンとハウリング音の後、拡声器を持ったハイジさんが至近距離の小林氏に怒鳴った。客席にいる私や水原さんでさえ顔をしかめてしまうほどの音量だというのに、当の小林氏は身じろぎひとつせずにこれから始まる絶対に負けられない戦いへの高揚感が抑えきれないようだ。
ピッチに目をやると、どうやらスターティングメンバーはトップ下に紅一点の良崎がぽつんと立っている他はハイジ軍小林軍共に『演劇部』の構成員のようだ。良崎は自分が原因でハイジさんに『演劇部』を襲撃させてしまったためか、いつにもまして居心地は悪そうだが、長である小林氏が親ハイジ派であるせいか、『演劇部』の構成員達も今日ばかりは赤黒ユニフォームのハイジ軍の一員としてサッカーを楽しむことに努めるようだ。
『いいかーお前ら! 前半は前線の二人以外は引いて守って相手のスタミナ削るぞ! でもオフサイドには注意しろ! リーベルト、お前だけは中盤に残ってカウンターの準備しとけ! ただ、オフサイドには注意しろ! ディフェンス! 向こうの最も得意なパターンは司令塔の志村から高さのあるハウアーにつなぐパターンだ! オフサイドには気をつけろ! 志村にボール渡ったら三人までついていいからプレッシャーかけろ! しかし、オフサイドには注意しろ! ハウアーは高さはあるが足元は上手くないから、志村を焦らせて雑なパス繋がせて撃たせて疲れさせろ! ただ、オフサイドには注意しろ! 点は志村とハウアーのスタミナが尽きてきた後半に取りに行くから、前半は徹底的に守備! ただ、オフサイドには注意しろ!』
作戦全部言ってる。全部聞こえてる。それから、多分ハイジさんは未だにオフサイドが何なのかわかっていないのだろう。