【笹の葉に 結ぶ短冊 おもうもの】第2話 期末だヨ! たくさん集合! その1
我々の大学は非常に大きな規模を誇る。政界、経済界、食料自給、娯楽、流通。以前述べたように大学を一つの国として独立させるに足りうる『日本一籠城戦に強い大学』である。当然各分野で力を持つのなら、それを統括する人物たちがいる。
始まりはなんのことはない、ただの夕食だった。期末試験の日程をすべて終え、ハイジさんが
「てめぇら一年生が初めての定期試験を終えた褒美に好きなもん食わしてやるよ」
と、己の欲に忠実な畜生『ハイジさん』から、太っ腹で優しい『陣内先輩』の一面をのぞかせたことがきっかけだった。
良崎はハイジさんの経済力も行動力も知っていた上、最早遠慮するような仲でもないと焼肉を要求した。ハイジさんは浮かない顔をしつつも、自ら吐いた唾を今更飲むことは出来ないと渋々、良崎に先導されて近くの焼き肉チェーン店に足を運んだ。この時点でハイジさんの表情や足取りから我々は違和感を察し、安全策に出て焼肉は諦めるべきだったのだ。
平日だったからかさほど待たされることもなく席に通され、水原さんがとりあえずビール二杯とコーラを頼んだところまではまだよかった。なぜなら、この時点でまだメニューを開いていなかったからだ。
「モンスターハンターの『生肉』って魚からも取れたりするんですけどねぇ」
と、気分を良くして焼肉店とゲームのコラボに言いがかりをつけつつもメニューを開いた良崎。次の瞬間、ハイジさんはトイレに立った。
そして、20分経っても戻ってこなかった。さすがにおかしいと思った私はハイジさんを案じてトイレに向かったが、そこにハイジさんはいなかった。気になったのでハイジさんにメールを送ると、個室の向こうでレッド吉田の声で「トン! トン! ワシントーン!」とハイジさんの携帯の着信音が聞こえてきたので、もしやと思って声をかけると、涙に混じりのぐずぐずの声でハイジさんが返事をした。
「曾根崎……俺はもうダメだ。俺、この焼肉屋嫌いなんだよ」
「どうしたんですか?」
「このチェーン、マスコットキャラクターいるだろ。牛の角生えたヤツ。俺、あれ見ると『俺、こいつを食っちまったのか』ってすげぇ申し訳ない気持ちでいっぱいになるんだ」
扉のこちら側で私は思いっきり下唇を噛み、笑いを堪えた。
「……どうします? 別の店にしますか?」
「お前らがここで食いたいんならここでいいよ。すまん曾根崎、立て替えておいてくれ」
「ちょっと、良崎に他の店で妥協できないか相談します」
「くっ」だの「ぷっ」だの笑い声を漏らしながら席に戻り、このことを話すと案の定良崎は周囲の迷惑も鑑みずに大声で笑い、水原さんは心配そうな顔をした。
「かわいそうで、肉が食べられないって……」
笑いすぎてかっ、かっ、かっと不気味でさえある声を音に混ぜる良崎。
「そうだったの。ちょっと心配だったんだけど、ハイジさんそういうところあるから」
つられて笑ってしまうからか水原さんは良崎と私を直視しない。
「『コアラのマーチ』なんて食べられないどころか見ただけで泣いちゃうし」
「はっはっはっは!」
「かはぁ!」
『コアラのマーチ』を見ただけで泣いてしまう大人、というビジョンを想像しただけでもう定期試験なんてどうでもよくなってしまうくらい可笑しい。水原さんもあまりにも私と良崎が笑うので気をよくしてしまったのか、
「笑っちゃダメよ。うさぎに形に切ったリンゴも食べる時も一回肘を突いちゃうくらいなんだから」
と次のネタを提供し、含み笑いを浮かべてしまう。
「だから、笑っちゃダメよ! 重症なんだから!」
と、ビールの空きジョッキの向こうで顔を伏せ、肩を震わせ、
「だって、ふりかけの……」
そこまで言って両手で口を塞ぎ、笑いに負けてしまう水原さん。
「すき焼き味のふりかけの袋に、牛のイラストが描いてあっただけでもう食べられふははぁ!」
「ばは、もう、ハイジさん何も食えないじゃないですか!」
「チキンラーメンも食べられなふぅ、すみませんカシスオレンジお願いします」
ハイジさん抜きで大いに我々は盛り上がったのだ。トイレに閉じこもるハイジさんをそのまま二時間ほど放置し、十分すぎるほど焼肉を堪能し、ハイジさんネタでさっぱりとストレスも洗い流した。これから夏休み、前期の日程をこの上ない愉快さと笑顔で締めくくれたと思ったのだ。
ハイジさん改め『食べられてしまうがいるキャラクターがいる食べ物を食べられない』陣内先輩は、自分のその繊細すぎる感性は自分が悪いと感じている節があるのか、放置されたことに関しては文句の一つも言わず、代金を立て替えた私にきちんとお金を払った。ここまではよかった。しかし、この後が問題だったのだ。
調子に乗った良崎がこともあろうか、向かいのローソンで
「ハイジさん、何も食べていないでしょう」
とLチキ(鶏のキャラクターが描かれている)とカルビーのポテトチップス(ジャガイモのキャラクターが描かれている)を買って陣内先輩に笑いながら手渡したのだ。もし、これが良崎の純粋な厚意であれば、陣内先輩も苦笑いでもして断って事なきを得ただろう。しかし、笑いを押し殺せていない良崎と私、そして流石にやりすぎたと顔面蒼白になっている水原さんを見て陣内先輩はすべてを悟った。自分は、弱点を知られてその上からかわれていると。良崎は知ったうえで、厚意どころか悪意からその行動を起こしていると。
「てめぇ……」
陣内先輩は春先の西武ドームでもこんなに震えはしないだろうというほど全身をカタカタと震わせ、目と口からは赤い光が漏れ始めていた。
「てめぇ!」
ガチーン! という音の直後に『陣内先輩』は『ハイジさん』の形相に顔を歪ませ、膝を屈ませるとその直後にはもう姿を消していた。アスファルトの上には『香港発活劇エクスプレス大福星』と複雑な形のクレーターが残されていた。私と良崎もやりすぎたと反省はしていた。しかし、それでは反省として足りなかったのだ。我々はすぐにでもハイジさんを探し出して謝るべきだったのだ。そうしていれば、あんな事件は起こらなかっただろう。
そう、これこそ、ハイジさんをはじめをとした我が大学を代表する有名人たちが集合する『第三次陣内事変』勃発の原因である。
【自己批判】
7月編前編は黒歴史。




