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うぉくのふぉそみつ リターンズ  作者: ムッシュ志乃
6月編
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【笹の葉に 結ぶ短冊 おもうもの】第1話 ネバーエンディング昆布

 思うに、人の肘を見ることが出来るのは7月から9月までの非常に短い期間だけなのではないだろうか。私は冬でも半袖の強がりな小学生でもないからその間だけは半袖の服で人前に肘をさらすことになる。入学から三ヵ月、毎日合わせる顔も覚えてきて、服装の移り変わりによって裸の付き合いに近くなってくる。私が何を言っているかわからねぇと思うが私自身何を言っているかわからない。油断が生じる、とでも言っておけばいいだろうか。


「母さん、あっつぃなー」


 立小便をしていて通り魔に刺されて殉職する刑事のようなつぶやきを漏らし、空調の効いた部室に入ると良崎が一人でいた。


「取った!」


 白いカードを誇らしげに私に突き出して得意げな顔をする。指が不自然に免許証の一部分を覆い隠している。


「免許の写真ってやっぱり全員失敗するんだなぁ。あと、そこの指で隠してる部分にはやっぱり」


「フルネームが書いてあるから見せない」


 それを差し引いても嬉しそうに免許証をしまう良崎。


「最初に見せびらかす相手がお前なのはあんまり気分がいいって訳でもないけど、まぁいいわ。手伝ってほしいことがあるのよ」


「なんだ」


 エアコンのリモコンのボタンを押して気温を下げると、馴染のある「ピッ」という音ではなく「フランツフェルディナンド!」という少々長めの効果音がした。7フランツフェルディナンド! ほど気温を下げ、鞄を置いた。


「ハイジさんと銀さんがいないうちに、この部屋の謎を解き明かしたいのよ」


 と、良崎は人差し指を畳に向けた。青々とした畳。縁を踏まれるとハイジさんが激怒する畳。そして、裏返すと何かがいるというか、何かある謎の畳。ある時は平成18年の書類、ある時はマンチェスターシティのユニフォーム、そして最凶の伝説のスーパーサイヤ人ブロリー。サークル棟の二階に位置しながら、どういう空間が広がっているのか気にならなかった訳ではないが、開けてはいけないパンドラの箱なのだろうと好奇心を殺してきた。


「畳を裏返す」


 きゅ、と空気が引き締まる音が聞こえるほど強く直線的な口調で良崎は言い、立ち上がった。


「せぇーの!」


「待った!」


 掌を天高く掲げ、それを叩きつけようとする良崎を全力で制する。


「畳は多分、叩いたくらいじゃ裏返らない。忍者じゃあるまいし」


「……確かにそうね」


「それに、何が入っているかわからないんだぞ。また二足歩行のシーサーだの板の精霊だのベンツだの爆弾だのが埋まっている可能性を鑑みて、準備運動をするべきだ」


 と、ハイジさんか水原さんが帰ってきて良崎の制止に来るまでの時間を稼ぐために準備運動をする。準備運動がおえても、良崎のやろうとしている掌で叩いて畳を返すあれではまず畳は返るまい。だがコイツはバカだから、しばらくはそれにも気づかないだろう。しかし、安全とは言い難い。試したことがないだけで、本当に返るかもしれない。


「シャオッ!」


 しかしよっぽど待ちくたびれていたのか、良崎は準備運動にも一瞬で痺れを切らして畳を叩いた。ダンッ! と耳を塞ぎたくなるような音はしたが、ハイジさんが返した時の音とはどこか質が違う。ついでに音量もこんなものではなかった。当然、畳も返らない。


「やっぱり、曾根崎の言うとおりこれじゃあ返らないわね。かくなる上は」


 壁に立てかけられていたティンペーローチンの槍の方、ティンペーを手に取り、その刃を畳と畳の間に突き刺す。畳の縁を踏んだだけでもハイジさんはあれだけ激怒するのだ。大事な畳に琉球の武具を突き立てたとなれば山の一つくらいは消し飛ぶだろう。


「く……噴破ッ! 成った! ついに畳を剥がしたぞ!」


 かなり重かったのか、額に汗をうかばせながらも良崎は力任せにテコの原理でティンペーを手前に引き、乱暴に畳を引きはがした。


「……昆布?」


 浮き上がった畳を良崎が蹴り飛ばすと、畳の下には一面の昆布が敷き詰められていた。それも、驚くことにその一面の昆布は一枚の昆布だ。途方もなく長い昆布。その長い昆布の先端を見つけた良崎は好奇心のままに昆布を綱引きのように引きずり、どんどんと残っている畳の上に積み重ねていく。


「手伝って。終わりが見えない」


 ええい、ままよと私も半ば自暴自棄になり、床vs良崎の昆布引きに参戦する。パリパリに乾かない程度に湿った気色の悪い感触と湿り気がどんどん不快指数を上げていく。そして、終わりなき昆布は引けば引くほど積み重なり、部屋の中を埋め尽くしていく。


「終わりが見えない」


「終わりが見えない」


 同じことを念仏のように唱えながら、どんどんと狭くなっていく部屋で昆布を引く。


「ちょっと外に捨てないと」


 と、良崎は昆布の山を米俵でも抱えるように持ち上げ、扉を蹴り開けて部室の外に放った。汗をかいた私も長期戦を予想し、リモコンでまた5フランツフェルディナンド! ほど設定温度を下げた。


「あ、これ」


 少し引くと、昆布に黄色の横線を引かれた部分が現れた。


「掃除機のコードと同じだ! もうすぐ赤線が見えて終わるぞ!」


「勝てる、勝てるんだ!」


 捨て身で戦地に赴く兵隊さんのような声をあげながら、より一層の握力を込めて昆布を引くが、黄色線の次に現れるであろう赤線が見えてこない。もう黄色線が現れてからの方が長いくらいだ。私も袖をまくり、良崎も手ぬぐいを頭に巻いて開拓をするジャニーズグループのリーダーのようになっている。私はまた3フランツフェルディナンド! ほど設定温度を下げた。


「……もういいや」


 良崎が諦めにも似た言葉を漏らし、私を置いて部屋を出た。そんな、こんな昆布の山と一緒に置き去りにされても……。もう、剥がした畳もちゃぶ台も見えないほど昆布の部屋なのだぞ。これをどう始末してどうハイジさんに言い訳をすればいいのだ。

 どっどどどうどどどうどど。

 呆然と昆布に埋もれつつある私の耳に飛び込んできたのは、小林氏のガンセキオープンのエンジン音だった。小林氏の私物であるが、何故かいつもサークル棟前に駐車されている。その愛車に入用で小林氏が訪れたのなら、一緒にこの顛末の言い訳を考えてくれるかもしれないと蜘蛛の糸にも縋る思いで部屋を飛び出したが、運転席に乗っていたのは小林氏ではなく良崎だった。しかも、荷台に山ほどの昆布を乗せ、ロープで固定している。

 良崎はハイジさんに毒されてきている、と私は改めて恐怖した。良崎は、人力ではこの昆布には敵わないとガンセキオープンで昆布を引きずり出すつもりなのだ。「もういいや」発言は人力での勝負は「もういいや」で、エンジンを使うこともやぶさかではないという宣言だったのだ!

 ガンセキオープンが発進すると、進んだ分だけ昆布が引きずり出されていく……とでも思っていた私は次の瞬間に悲鳴を上げることになる。


「良崎ィイイイ!!! 昆布がちぎれた!」


 車が少し前進してぴょいーんと昆布が張り詰めた次の瞬間、ぶちぃと不快な音をたてて昆布はちぎれ、その断面からはギザギザの葉脈が見えてしまっている。


「昆布が……昆布が千切れっちまったぞー!」


 しかし、もう声が届かない距離まで行ってしまったのかそれとも独特のエンジン音にかき消されているのか。良崎が止まる気配は一向にない。西部劇のならずもののように昆布を車の後ろで引きずって土ぼこりを巻き上げ、彼方へと消えていく良崎とガンセキオープン。部屋に残された大量の一枚昆布と私。


「昆布が、昆布がちぎれたぞー! 良崎=リーベルト・アンナー! 終わりが見えねぇー!」


これ読み返したら結構良かったな。

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