【馴染まねば 治りもしない 五月病】第1話 vsハッピーラッキー星人
黄金連休も迫ったある日、柏餅を片手に部室へ向かって歩いていると、見覚えのあるものが地面にアップリケのように張りついていた。
「ハイジさんがいます」
水原さんが制作したと思われる我が『演劇サークル』の勧誘チラシだ。なぜ今、ここに。もう五月だというのに。
その理由はすぐにわかった。もさっとした何かが、チラシを配っていたのだ。つまり、どこぞのゆるキャラのような着ぐるみだ。問題はそのキャラクターの容姿があまりにも生理的に受け付けないことだ。
大きく開かれた目に対し小さすぎる瞳孔、笑ったような二等辺三角形の口は何かがキマっているような無機質な表情を浮かべている。おそらくは親しみを覚えるにこやかな笑みを意識して造られたのだろうが、制作の力量が足りなかったと見える。藁の束を突き刺したような髪の毛に値する部分はなまはげのそれを連想させ、青く膨らんだ球体のような体から短い手と足が生えている。そんな心の狭くなるようなマスコットキャラクターが、毛布にくるんだような手からチラシを配っているのだ。
我がサークルは軍人水原さんをはじめ、元ゴスロリの暴れん坊良崎、サトウキビの精霊ネルソンと変わり者揃いだが、彼らは日々を真面目に生きている。普段からふざける気でいるのは最年長のハイジさんだけだ。
「ハイジさーん!」
私は奇声を上げながらその着ぐるみに向かって全力疾走し、
「オラァ!」
思い切り肘をマスコットの顔面に叩きつけた。マスコットは膝をかがませて苦しんだが、表情はキメこんでる顔のままだ。
「マンチェスターシティに飽き足らずサークルまでネガティブキャンペーンですかオラァ!」
今度はマスコットにローキック。なんだろう、なぜこんなに加虐精神を煽る表情をしているのだろう。
しかしマスコットは一通り苦しんだ後、友好を示そうとするかのように手を差し出した。私がその手を握ると、にわかに信じがたい握力で手を握りつぶされそうになった。
「痛いですよハイジさん!」
全身を使ってその手を振りほどこうとするも、万力のような手が私の手を離さない。そして、マスコットは体を思い切り捩じって私の関節を極め始めた。
「痛いって言ってるでしょう!」
物言わぬ顔面に肘鉄を何度も食らわせ、関節を外される寸前の腕をなんとかマスコットから助け出す。
「オラオラオラァ!」
ローキックを数発かまし、バランスが崩れたところで再び顔面に一発。マスコットが転倒すると手に持っていたチラシが宙に舞った。相手がいくらマンチェスターシティのユニフォームを着て『本物のロック』を聴けば致命傷さえも一瞬で完治させてしまう不死身の肉体を持つハイジさんとは言え、さすがにやりすぎてしまったと私は反省し、散らばったチラシを拾い集め、無理な体勢でよちよちと立ち上がろうとする不憫なマスコットに目を向ける。拉致以外方法で、曲りなりにもサークルの人数を増やそうとしているのだ。
「無駄ァー!」
手を貸そうとしたしたその瞬間、青い稲妻のようなものが目の前を通り過ぎた。
ハイジさんのドロップキックがマスコットの顔面をとらえ、再び地に転がる球になってしまったマスコットはついに動くのをやめてしまった。
「え、中身ハイジさんじゃないんですか!?」
「中身って、俺ぁまだ食われてねぇよ。コイツはハッピーラッキー星人だ!」
収まりの良い位置に帽子を被り直し、ハイジさんはハッピーラッキー星人の脇腹を蹴りあげた。
「やめてくださいハイジさん! 水原さんか良崎が入ってるんでしょう!」
「オラァ!」
「やめてください水原さんか良崎をそんなにいじめるのは! ひどい!」
「二度と俺の前に現れるなこのオオイヌノフグリが! 次にその面見せたらブラックラッキーくんをお前の故郷の星に送り込むからな!」
ハッピーラッキー星人と同じくらい異常な目つきでこめかみに青筋を浮き上がらせながら、行き場のない怒りをぶつけるようにハイジさん。
「あぁーあ! テアクソァ!」
怒りが収まらないのか、もう一発ハッピーラッキー星人の眼球(フェルト製)にパンチを入れ、ハイジさんはくるりと踵を返してサークル棟への帰路についた。
中身が水原さんなのか良崎なのかはわからないが、仮に良崎だったとしてもあの着ぐるみに身を包まれたままではハイジさんに手も足も出なかった。それに、ハイジさんにはまだ衛星からのアルキリアン砲もある。今は助けてやれない。転がったままのハッピーラッキー星人を一瞥し、私は心に澱を残しつつもハイジさんの背中を追うことにした。