【然るべく 水玉模様と 雨粒と】第22話 対決大学 その20
「汚れっちまった敗北に 今日も小雪の降りかかる」
こな雪のようなかき氷にまみれて号泣する良崎の傍らに、ご機嫌取りのつもりかプロレスラーカードチップスの段ボールを携えたハイジさんがピシュンで現れるが、良崎はあまりの悔しさでそれすら目に留まっていないようだ。
「汚れっちまった人間には今日も地獄すら生ぬるい」
負かしたのは私達とはいえ、完全に今回の戦犯はハイジさんだ。しかも自分で負けた方は片眉をそり落とせとまで言った上でだ。取り残された良崎のことは考えなかったのか。
私は仁王立ちでハイジさんの前に立ち、そのつま先を思い切り踏んで手首を掴み、鍋を頭にかぶせて逃げられないように捕まえた。ハイジさんが暴れたり何がわめくたびに鍋を一発殴り鼓膜にダメージを与えてやった。
「良崎、コイツをどうしてやろう。コイツの眉毛はあのペンギンで剃ってやろうか」
「そうよ。ハイジさんが言い出したことなんだからアンナちゃんがやることはないわ」
と我々が良崎の孤独な戦いを称賛するも良崎は何よりも負けた自分を許せないのか泣きながら自分の右の眉毛を抜いている。
「やめてアンナちゃん!」
水原さんが後ろから羽交い絞めにして止めるがすぐに振り切られ、最終的にはハイジさんの鍋頭突きで失神したことで一度は大人しくなった。
「まぁなんだ。俺が悪かったよ」
あまりの惨状に小林氏すらその顔にもうほんの少しの笑みすら浮かんでいない。その場を収めるようにハイジさんが言った。
「でももっとマシな対決があったのではないかとここまでの四戦を振り返って俺はつくづく思うね。でも、まぁ今回は俺が悪かった」
「そう思うんなら鍋を取ったらどうですか」
「無理だ。俺はリーベルトに合わせる顔がない。ついでに言うとこの鍋はほんのり温かいし甘いいいにおいがする」
金属の鍋をくわんくわんと響かせてハイジさんは続ける。
「ただな。これは反則ではないか? かき氷早食い対決でこれはねぇよ」
今更か。本当に今更だ。お前がもっと早く帰ってそれを言ってくれれば良崎もここまで思いやむことはなかっただろうに。
「ですから、煮込みかき氷ですよ」
「それはかき氷じゃなくてなんか温かくて甘いお湯の間違いだろう。眉毛を剃る前に、この勝負への公正な審判と、勝敗の見直しを俺は要求する!」
ビシっと審判を務める小林氏+冷学部を指さすが、鍋を被っているので真剣みに欠ける。
「敵前逃亡した時点で不戦敗じゃね?」
審判団のざわめきを切り裂く鶴の一声がギャラリーからあがった。
「そうだ。反則の前に不戦敗だ」
「陣内一葉の敵前逃亡により、『ビックリ人間チーム』の敗北。戦犯の陣内一葉に片眉剃りのペナルティを課すものとする。また、良崎アンナは勝敗が決した後も果敢に戦ったことを考慮し、区間MVPを与えさらにペナルティは免除する」
ハイジだけ片眉決定!
こうして対決大学、怒涛の二日目の日程を消化。良崎壁クラッシュ、良崎地球と同化その後1Kgのそうめん顔面直撃、良崎ナメック星人の吐血と良崎にとっては受難の一日となった。不戦勝という形ではあるが我々は本日二つの勝ち星を獲得した。ここにきて勝ち星は『ビックリ人間チーム』が1。『努力家さんチーム』は3。惨敗が予想された全十五回の対決大学、ここまでで二つも勝ち越すとなると先は明るい。
「あと11もあるのか」
「やぁ曾根崎くんに良崎さん。体調の方は大丈夫かい? 陣内さんが作った『対決大学』予告篇をDVDに焼いてみたんだけど」
六月も半ばに差し掛かかり、自分で剃った両眉も生えてきた良崎と私のいる部室に我らが仇敵、小林氏が現れた。
「わたしはまだ眉毛が生えてないですし、まだ牛乳が怖くて飲めないです」
「僕も昨日、ファミソドレラの投与が終わったばかりです」
我々が全十五回戦で受けたダメージは大きい。それしか言えない。非常に大きい。
「そうかぁ。陣内さんも昨日やっと許してもらえたみたいだし、大変だったねぇ」
「そう思うんなら会員を分けてくださいよ」
あの対決の大義はそれだ。会員不足。5人いればこうはならなかったのだ。
「僕の一存じゃあ無理だね。まぁ、とにかく面白そうな出来になってたよ。またね」
自分の非を認めると弱点になるとわかっているのか、対決大学開戦以降小林氏は少し図々しい。
「見てみる? わたし達の血の滲んだ戦いを」
良崎が小林氏の置いて行ったDVDをPS3に突っ込む。水原さんもハイジさんもいないが、これが都合の悪いものだったら先に検閲として亡き者とするのも正義だろう。我々は公序良俗を謳って臭いものにはふたをする。
『あー、読書感想文書いていないなぁ。でも本なんか読んだことないし、どうせ読むならいいものを読みたいなぁ』
ん?
『だったら陣内文庫を読んでみたらいいんじゃない?』
背景の河原が淡い色がやたら頭に来る棒読み。なんだこのローカルのCMみたいなのは。しかも演者は誰だ。
右下に浮かぶこの広告はスキップできますの文字。
『じーんないぶー……』
良崎は無言でPS3のR1ボタンを押してすぐさまスキップした。
『人形町駅から徒歩5分』
「キングクリムゾン!」
やたら抑揚をつけて叫びながら良崎がもう一度R1を押す。なるほど、あのスタンドはそう解釈すればわかりやすいか。3部『一時停止』、4部『巻き戻し』、5部、『スキップ』6部『早送り』、7部『ダビング』。ビデオで学ぶ、誇り高き血統と悪の激闘の歴史。
『特報』
白黒の画面に白く太くそして角ばった文字が浮かび上がる。またこのパターンか。ハイジさんの好きな昭和中期の映画の雰囲気か。
ぎぃやああがぁあーん、と怪獣の鳴き声のような効果音。
『学び舎が阿鼻叫喚の地獄と化す!』
文字が浮かび上がる。バックには空撮での我が母校。
『誇り高き高等遊民の血統、陣内一葉! 生まれ持つ容姿と暴力センス今ここで見せろ気迫では負けはしない良崎=リーベルト・アンナ! 天賦の才を迎え撃つのは』
文字の背後で躍動する、第六回戦でのハイジさんの余裕の笑みと第二回戦での疾走する良崎。
『後天的な努力! 草の根かき分け泥水啜り前進する水原銀子! 人生を取り戻せ曾根崎忠! いい加減にしやがれ、クソ野郎ども!』
こっちは冴えない生徒証の写真。ひどいプロパガンダだ。
『先天vs後天! 天を割る闘いが今ここに!』
なぜか崩れ落ち炎上する大阪城。
『対決大学 近日公開』
…………。
『「ティンペーローチン」「死ねサノバビッチ!」「なんだ、お前は。DJか」 今なら先着! リーベルトサウンドロップを劇場でプレゼント!』
「これは恥ずかしい!」
わかる。最後のあれは恥ずかしい。




