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うぉくのふぉそみつ リターンズ  作者: ムッシュ志乃
6月編
43/185

【然るべく 水玉模様と 雨粒と】第16話 対決大学 その14

「地獄に仏か。これで俺はまた一つ諺を実体験したぞ」


 ハイジさんは前かがみになり、スタート位置の二人を眺める。雑巾がけという競技の性質上、良崎と水原さんの二人はどうしても四つん這いになり、下半身を高く掲げるクラウチングスタートのポーズになってしまう。エロい。シチュエーションはともかくポーズがエロい。ハイジさんが前かがみになってしまうのもわかる。なんてこった、妙な吐息が止まりませんなぁ私と小林氏は赤面し、ハイジさんは鼻息を荒くして良崎を凝視している。


「ジャージなんか持ってこなけりゃよかったのにな」


 図らずも極楽の光景になっていることを水原と良崎に気付かれたら二人は辞めてしまうだろうとハイジさんも弁えて小声だ。確かにあのえんじ色のリーアム・ニーソン`sジャージがなければ良崎の美しい肢体が躍動するのを生でおがめただろうが、それまでやってしまうと対決大学は猥褻な意味で全十五回の行程を全うすることなく終了してしまうだろう。お預けがいいのだ。寸止めのお色気ぐらいが日常で味わう分には一番いいのだ。


『5限だヨ! 全員着席!』


「スタート!」


 チャイムと同時に小林氏が声高に宣言すると、奇跡の価値を試すエヴァンゲリオンのような信じがたい速度で良崎が灰色の廊下を疾走する。なんだあの速度は本当に雑巾をかけているのか。まるで滑空するグライダーのように何者の束縛も受けず自由に、しかし線路の上を走る新幹線のように正確に一直線を驀進している。

 水原さんはというと、やはり水分を多めに残す作戦が裏目に出てしまい、自分の雑巾から床に残る水分に足を取られ、滑る床の上を丁寧に進んでいる。最早勝負はついてしまっているのではないか!?


「行けーリーベルト! このまま逃げ切れ!」


 交代する気は最初からなかったのか、ハイジさんはスタート位置から動かない。


「水原さん交代しましょうか?」


 のろのろと進む水原さんの横を私はランニングで並走する。本当は早歩きでもこと足りてしまう速度なのだがそれでは水原さんのプライドを傷つけてしまうだろう。敗戦は明らかだがせめてもの情けだ。


「まだ大丈夫。スタミナは持つから」


 うぅむ、スタミナ云々の勝負ではないだろう。ウサギとカメの童話のような展開でも起きない限り逆転はないはずだ。

 目線の角度を床と鋭角にし、先を往く良崎の様子をうかがう。もう例のアレを堪能できるような距離にはいない。

 しかし、その良崎の行進は突如床に弾かれたように右にずれ、低空飛行のダイビングし頭から壁に激突した。

 ジャージエクスプレスリーベルト号脱線!


「リーベルト!」


 ハイジさんが慌てた声を出してたまらず駆け出すが、水原さんの雑巾の水で滑って仰向けに転倒してしまった。後頭部に多大なダメージを受けたはずだが何事もなかったかのように起き上がり、私と水原さんを追い越して壁際で動かない良崎の元へと一直線に向かう。


「棄権する!」


 良崎の顔を覗き込み、ハイジさんが声高に宣言した。あまりにもあっけない形で二連勝を収めてしまったが、勝負が終わった以上私も水原さんも学友の安否を案じ、良崎の元に急ぐ。

 良崎の脱線地点には何故か爪切りが思い切り蹴ってもビクともしないほど強力に固定されていた。

 なるほど、爪切りは横から見れば細長い三角形だ。良崎はこの爪切りに気付かず猛スピードで左手のみ接触し、その斜面をスロープとして左手が浮き上がりバランスを保てず右に舵を取られ壁にヘッドスライディングクラッシュしたのだろう。

 その本人の意識はあるようで右手で雑巾を力強く握ったまま離さないが、左の二の腕で目元を隠して仰向けに横たわったままだ。その良崎をハイジさんは抱きかかえ、帽子を深くかぶせて顔を隠し、背負う。


「頭打ってるなら動かさない方がいいですよ!」


 うろたえて何も言えない私と水原さんの空気を切り裂くように小林氏がハイジさんに突くような声を出して警告を出す。


「こばやっちゃん、サインペン貸してくれ」


 言われた通りに小林氏がポケットからサインペンを取り出し、訝しげな視線をハイジさんに向けるが、ペンは一瞬にしてハイジさんの手にかすめ取られてしまった。片手にペン、片手に背負った良崎の足を抱え、ハイジさんは少し歩いて階段との交差点まで行き、床に何かを書き始めた。


「えーとこの場合『麻』……いや『梔』? えーと、そうだ『芍』」


 中心に『芍』の字を書き、ハイジさんが何かつぶやくとピローンというレトロな電子音と同時に良崎の体から鮮やかな緑色の霧のような光が勢いよく吹き出した。


「ある程度は治ったかな。今日はまだ瞬間移動しか使ってないから神通力も残ってるし」


 その声に呼応するかのように良崎はハイジさんの肩を叩き、自分を下ろすように合図した。


「死ぬかと思いました」


 治ってる! 口元だけで激突のすさまじさを感じさせる先ほどまでの苦悶の表情とは打って変わり、完全に息を吹き返している。


「棄権させてしまいまして申し訳ありませんでした」


「んー、まぁ二戦連続戦犯なのは否定しないが命があってよかったな」


 良崎から帽子を受け取り、被りなおす。


『ビックリ人間チーム』 0勝 2敗

『努力家さんチーム』 2勝 0敗

区間MVP―なし


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